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20話 彼女の狙い

 ゆかり先輩の自宅を訪れてから2週間。 美紀にも本條恵の事を話し、彼女に監視されていないか警戒してもらったが、彼女の姿を見ることはなかった。


 ゆかり先輩も屋上で昼御飯を一緒に食べる以外は俺に近付かず、本條恵の動向を探っているらしい。


「彼女、またお休みみたいです 」


 美紀の卵焼きを美味しそうに頬張るゆかり先輩情報では、本條恵は体調不良で欠席が続いているらしい。 あの顔色の様子からして、病弱なのかなと思える。


「それと、これをお渡ししておきますね 」


 ゆかり先輩が差し出してきたのは薄紅色のファイルだ。 中を見ると、本條恵の情報と二週間分の監視記録が挟まれていた。


「凄…… 先輩、ちゃんと休んでます? 」


「休んでますよ。 彼女との持久戦ですから、根をつめてもこちらがバテてしまいます 」


 勉強に生徒会に、対本條恵のレポートまで。 細い体なのにパワフルだ。


「ミキちゃんの方はどうですか? 」


「姿すら見ませんよ。 あっ…… 一回だけ購買横の自販機で見たかな 」


「春翔君の正体に気付いた、というわけでは無さそうですね。 少し安心しました 」


 ゆかり先輩は『ごちそうさまでした』とベンチから腰を上げる。


「あれ? もう戻るんですか? 」


「はい。 学校祭も近いですから、少し書類の整理を 」


 彼女は軽く笑って、『それでは』と屋上出入口へと歩いていった。


「あ…… 」


 その向こうには、こちらを覗く本條恵の姿。 何事もなかったかのようにゆかり先輩とすれ違い、俺達の横を素通りして欄干に寄りかかっていた。


「春君 」


「ああ 」


 ゆかり先輩も気付いていると思うが、警戒する素振りを見せないのは流石だ。 俺達もゆかり先輩を見習って、なにくわぬ素振りで彼女の動向を窺う。


 相変わらずの真っ白な血色のない肌、目の下のくま。 足取りはしっかりしていたが、見るからに具合が良くなさそうだ。


 彼女は少し屋上の風を浴びた後、すぐに校舎へと戻っていった。 どうやら目的はゆかり先輩っぽい。


「春君、先に戻ってて 」


 美紀は弁当箱を俺に押し付けて、彼女を追うつもりらしい。


「余計なことはするなよ? 」


「わかってるよ 」


 覗き見する美紀ファンの相手も欠かす事なく、美紀もまた出入口へと消えて行った。


「おっと…… 忘れるところだった 」


 誰もいなくなった隙をみて、タブレットケースから薬を一粒取り出しお茶で流し込む。 押し付けられた弁当箱を綺麗に包み、俺は真っ直ぐ教室に戻る事にした。




 成長遅延薬を飲んだ午後の授業は満腹感も後押しして堪らなく眠い。 片肘をつき、襲ってくる強烈な睡魔と必死に闘いながら午後の授業を受ける。 ノートにミミズを何本も書き、何度も船を漕ぎながらも午後一発目の授業をなんとか耐え凌いで机に突っ伏す。 あと一時限…… ピークは乗り切ったが、体力回復の為に少しでも目を閉じる。


 すぐ側に人の気配を感じて片目を開けると、そこにはクラスメイトの高坂 絵里(こうさか えり)が俺の机の前で仁王立ちをしていた。


「ん! 」


「ん? 」


 俺の目の前には二枚のチケット。 じっとそのチケットを眺めていると、高坂はしゃがんで俺と目線を合わせてくる。


「ん? じゃないわよ。 はいこれ 」


「いや…… デートの誘いか? 」


 高坂とは中学校からの友人で、お互い特に恋愛感情はない。 少しクセの強い髪をポニーテールで強引にまとめるような、ちょっと勝ち気で雑な奴だ。


「あたしじゃないからね。 頼まれたのよ 」


 彼女は教室の出入口に向かって顎をしゃくる。 目で追うと、隣のクラスの女子生徒だろうか、三人組が揃ってこっちをジッと見ていたのだった。


 水族館の入場チケット二枚。 ははーん…… そういうことか。 こいつは昔から、困っている人を見ると放って置けない性格なのだ。 チケットを持ってきた経緯が読めた気がして、少しからかってみる。 そういう仲なのだ。


「…… 俺とお前の分か? 」


 予想通り彼女の右眉がピクピクと吊り上がる。


「ミキの分よ! 頼まれたって言ったでしょ。察してよね! 」


 ご丁寧に俺の指の間にチケットを一枚ずつ挟むと、彼女は『渡したからね』と言って立ち去ろうとする。 詰が甘い…… 逃がすものかと、俺は背中を見せた彼女のカーディガンの裾を掴んだのだった。

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