10話 確たる証拠
校舎内に逃げ込んだ俺達は、各々の教室には行かず階段下で作戦会議を開いていた。
「まさか玄関前で待ち伏せされてるとは思わなかった…… 」
「春君、生徒手帳落としてたなんて聞いてないよ! 」
「俺だってさっきまで気付かなかったよ 」
顔だけなら他人の空似で誤魔化せようが、生徒手帳は現場にいた決定的な証拠だ。 しかも彼女の上って、ショッピングモールの植木にダイブしたあの時しかない。
「あの話し方だと、助けた相手が春君だってもうバレてるね。 『放課後生徒会室で』って、気を遣ってくれたのかな? 」
「やっぱりそう思うか? 」
バレちゃマズいことは恐らく彼女は知らない。 じゃあなんでわざわざ生徒会室に呼び出したんだ?
「徳間研究所の関係者…… とか? 」
「まさか…… 」
可能性は0ではないが、彼女がクローンの事を知っているとは思えない。 とここで始業の予鈴が鳴った。
「とにかく呼ばれた以上は行ってくるさ。 手帳も回収しないとだし 」
「言葉には気を付けてよ? 彼女の意図はわからないけど、チカラを知られないに越したことはないから 」
「わかってるよ。 まともに話しても辻褄が合わなくなるだろうから、ふざけて答えてごまかすか、怒らせて話を打ち切るか…… 先輩の出方で考えてみるさ 」
予鈴に急かされて、俺達は各々の教室に走ったのだった。
放課後、静まり返った生徒会室前で深く深呼吸する。 2階の廊下の一番奥に位置する生徒会室は俺には一生縁のない場所だと思っていたが、こんな形で訪れるとは思いもしなかった。
「はぁ…… 」
隣に美紀はいない。 耳打ちで俺を誘ったということは、俺だけと話がしたいということだろう。 美紀がチカラを知っている事も伏せておきたかった。
いきなりチカラの事を聞いてくるのだろうか。
押し倒したあの時の状況の説明を求められるのだろうか。
いずれにせよ、ここで考えていたって何も進まない。 意を決してドアを2回ノックすると、生徒会室の中から『どうぞ』と彼女の声が聞こえた。
「失礼します! 」
ドアを開ける前に返事を返し、ゆっくりとドアを開ける。
「おわっ!? 」
ドアを開けてすぐ近江先輩の顔がそこにあった。 びっくりして仰け反ると、彼女に手を引かれて生徒会室の中に引き込まれた。 彼女はすぐにドアを閉めて鍵を掛ける。
「お待ちしていました。 こちらへどうぞ 」
彼女はにこやかに応接用のソファセットへと案内する。 鍵を掛けられて焦ったが、監禁という訳ではなさそうだ。
「先ずはこれをお返しします 」
先導していた彼女は俺に向き直り、胸ポケットから手帳を取り出して両手で丁寧に俺に差し出した。 曖昧な返事で手を伸ばすと、今度は素直に返してくれた。
「朝は意地悪をしてごめんなさい。 こうでもしないと、お誘いしても断られそうな様子だったので 」
苦笑いをした彼女は一度姿勢を正すと、おもむろに深く頭を下げたのだった。
「えっ! ちょっ! 」
「改めてお礼を言わせてください。 今ここで立って居られるのも…… 飛島君、あなたのお陰です 」
ここで『どういたしまして』と言ったら、チカラの事を暴露する羽目になりかねない。
「なんの事…… かな…… 」
「まだ認めてはくれないのですね。 私を先日の事故から守ってくれたのはあなたです。 あの時のあなたの顔はハッキリと覚えていますし、その生徒手帳はどう説明するんです? 」
ですよね、すぐ行き詰るのはわかってました……
「立ち話もなんですからこちらへどうぞ。 今お茶淹れますね 」
そう言って来客用のソファを勧められ、彼女は奥の給湯室らしき部屋に消えていった。
「やべぇ、完全に彼女のペースにハマってる…… 」
どう言い訳すれば納得する? 考えろ…… 彼女のペースに飲まれないよう両手で頬を叩くと、フワッとりんごのような甘い香りが漂う。
「お待たせしました。 カモミールなんですけど、お口に合うでしょうか? 」
ティーセットを持ってきた彼女はその場でティーカップに注いで俺に手渡してくれた。
「ん! 美味い! 」
仄かに香る甘い匂いがスーッと気分を落ち着かせてくれるようだ。 鼻で大きく息を吸う俺を見て彼女はフフッとにこやかに笑う。 ヤバイ……可愛いぞ。
「今朝あなたにお礼と手帳をお渡しするつもりだったんですが、思いの外皆さんが集まってしまいまして 」
「まあ、近江先輩は人気がありますから 」
少し警戒しながら返事を返すと、彼女は頬を染めてティーカップに口を付ける。
「あの…… どうして呼び出しなんてまどろっこしいことを? 」
「飛島君、あの場からすぐ逃げてしまったでしょう? 今朝の雰囲気といい、何か事情があるのではないかと思いまして、二人で話がしたかったんです 」
鋭い…… さすが噂の才色兼備! なんて感心している場合じゃない。
「その理由、聞かせてもらえませんか? 」
落ち着いていた心拍数は跳ね上がり、額には脂汗が噴き出る。 俺の頭の中には絶体絶命の四文字が浮かんでいた。




