9話 玄関前の罠
翌朝。 親父の助言に従って、俺は美紀と一緒に普段通り登校した。 校門をくぐると、なにやらいつもと違う雰囲気を感じる。
「なんだろね? 」
美紀も不思議そうな表情を浮かべて違和感を感じているらしい。 なにやら生徒玄関の付近が騒がしい…… 美紀と顔を見合せ、様子を窺いながら生徒玄関へ近づいた時だった。
「なんの騒ぎ…… んげ!? 」
んげ!? というのは失礼だったか。 玄関先で待っていたのは他でもない近江先輩だった。 玄関の柱の側に立ち、通学してくる生徒とにこやかに挨拶を交わしながら何かを探しているような素振りをしている。
「やっぱり俺達を探してるんだろうな 」
「俺達、じゃなくて春君をね 」
他の生徒にとっては学校のアイドルが玄関先でお出迎えをしてくれるのだから嬉しいのだろうが、今の俺達にとってはかなり気不味い。
「どうする? 」
「どうするって言ったって、玄関は一つしかないんだから行くしかないよ 」
美紀と軽く耳打ちし、悩んでいるところで彼女と目が合った。
「あ…… やべ…… 」
彼女は手に持っていた物と俺を見比べ、慌ただしくこちらへ走って近づいてくる。 可愛らしい走り方だが、それに見惚れてる場合じゃない。
「逃げた方がいいか? 」
「逃げた方が怪しいでしょ。 あの話じゃない事を祈ろう 」
心臓はバクバクだが、俺達はなにくわない顔で彼女を迎えた。 少し息を弾ませ、彼女は俺の前で立ち止まった。 彼女の行動に自然と周りの生徒達の視線も集まる。
「おはようございます、飛島君 」
ニコリとして挨拶をしてきた生徒会長にビクッと背筋が凍る。
「お…… おはようございます、生徒か…… いや、近江先輩 」
まさか名前まで覚えられてるとは思わず、額に汗を感じながら挨拶に答える。 その途端、周りの野次馬からどよめきが起きた。
そりゃそうだ。 超人気の彼女が慌てて側に寄ってきて、しかも名前付きで『おはよう』だから何かあるんじゃないかと期待しているのだ。
「あの…… 何か御用…… ですか? 」
俺の顔を笑顔で見たまま何も言わない彼女に恐る恐る聞いてみる。
「先日は危ないところを助けて頂いて本当にありがとう 」
彼女はゆっくりと手を前に揃えて深々と頭を下げた。 途端にどよめきは悲鳴に変わり、俺の顔からも血の気が引いていく。 この人はあの時の全てを覚えているんだ…… 助けたのが俺だと確信があるんだと悟った。
「あの…… ぐふっ!? 」
頭の中は真っ白…… 何を言おうとしたのか自分でもわからないが、口を開きかけたその時、美紀がみぞおちに肘を入れてきた。 思わず吹き出してうずくまる。
「と、とにかく頭を上げてください!! 」
美紀は近江先輩の肩を掴んで無理矢理上体を起こさせ、即座に離れて距離を取った。
「な、なんのことですかねぇー 」
美紀は白々しい事この上ない。 近江先輩はキョトンと不思議そうにしていたが、俺と美紀の顔を見比べてクスッと笑った。
「あ…… 」
かのじょが笑顔で差し出してきたのは一冊の生徒手帳。 ページをめくると、俺の生徒手帳だった。
「落とし物、ですよ 」
「あ…… りがとうございます! あはは…… どこで落としたんだろうなぁ! 」
震える手で学生証を受け取ろうとするとヒラリと避けられてしまった。 えっ……
「私の胸の上に落ちていたんです 」
呟くような彼女の言葉にドッと汗が噴き出た。 笑顔のまま彼女は俺の生徒手帳を自分の胸ポケットに押し込み、動けない俺の目の前に顔を近づけてきた。 距離にして10センチ程…… 近いって!!
「放課後、生徒会室で待ってますから 」
耳元でそう言うと彼女はスッと身を引いて校舎へと歩いていった。
「やべぇ…… 絶対バレてる…… 」
もう立っているのもやっとの状態。 目の前が絶望で暗転しそうになったその時、美紀が脇腹を小突いてきた。
「春君! 皆見てるよ! 」
ハッと気付いて周囲を見回すと、驚きの目線や冷たい目線が俺達に向けられていた。 これ以上注目の的になるのはヤバすぎる。 美紀に引っ張られながら、俺は校舎の中へと逃げ込んだのだった。




