プロローグ
「あの子達は早急に破棄せよと直々に言われたよ。 プロジェクトも永久に凍結するそうだ 」
薄暗い研究所の一室の設置された培養カプセルを見上げて、白衣を羽織った白髪の初老の男は言った。
「あの事件が原因ですか。 それではカプセルの中のこの子は…… 」
その男を後ろから見守るように、同じく白衣を着た若い男がカプセルを見て目を細める。 カプセルの中は水色の溶液で満たされ、膝を抱える格好で男の子が漂っている。 年の頃は4、5才くらいの子供だ。
「やむを得まい。 政府に見放された我々には、もうどうすることもできんよ…… 」
初老の男はカプセルに背を向け、コントロールパネルの真ん中にある非常停止の赤いボタンを押した。 酸素を供給していたと見られるカプセルの底から出ていた泡が止まり、仄かに照らしていたライトが非常事態を知らせる赤色に変わる。
「教授、これからどうするつもりですか? 」
「あの子達に罪はない。 生まれてきたのなら、人であろうとなかろうと生きる権利がある。 私の生涯をかけて足掻いてみるよ 」
教授と呼ばれた初老の男はゆっくりと研究室を出ていった。
「この子だって、もう生まれたも同然じゃないか。 破棄だなんて…… この子達は道具じゃない 」
若い白衣の男がカプセルを見上げると、薄目を開けた男の子と目があった。 会話が聞こえていたのか、男の子はフワッと寂しげに笑う。
「心配しなくていい。 君は僕が命を懸けても守るから 」
若い男はコントロールパネルに向き、迷わず排出の緑色のボタンを押したのだった。
人口10万人程の港街『神橋市』。 二本の大きな川が街の両端を流れ、そこから分岐する支流が中心部や市街地を走る。 扇状に広がる街並みを上下に分断するように大都市間を結ぶ幹線道路が跨ぎ、その道路に沿って大型ショッピングモール等の商業施設が立ち並ぶ。 その商業施設を取り囲むように住宅街が広がり、更にその周りを緑が取り囲んでいた。
公共施設やコンビニ等も程よく点在し、暮らすには大きすぎず小さすぎずの住みやすい街だ。
「それじゃ、行ってくるよ 」
制服のネクタイを少しゆるませた高校生の彼は、朝早くに家を出る。
「気を付けてな。 くれぐれも…… 」
「わかってるよ 」
少しめんどくさそうに彼は答え、バス停に向かって歩き始めた。
「早いものだな…… 無事高校は卒業してほしいものだ 」
遠ざかっていく息子の姿を見送りながら、父親の彼は穏やかな表情で呟いた。
この物語は、あの研究所が閉鎖されたあの日から10年後の、緑に囲まれたこの街から始まる。