Never Forget this Moment
担任と思われる教師の登場によって、騒がしかった教室が急に静けさを取り戻す。高校一年のこの時期ならではの現象だ。
その教師は特に何を言うでもなく、黒板に名前を書き始めた。御堂麗子。見た目から受ける気の強そうな女性、という印象とは違い可愛らしい名前だった。
「入学おめでとう。担任の御堂だ。担当は国語。よろしく。」労いの言葉さえあるものの、やはり気の強そうな口調に思えた。そこからはこの学校、桜坂第三高校や明日からの授業についての説明だった。その後は自己紹介なども無く、時の流れが速くなったかのようにあっという間に放課後になった。入学初日ということもあり部活の見学に行く生徒がほとんどだ。しかし、部活に入るつもりなど全く無い僕には行くあてが無い。誰かに話しかけようにも名前すら分からないこの状況では、非常に困難なことのように思えたため断念した。
「ねぇ、この後ひま?」最初は気がつかなかったが、この長身で茶髪の男子はどうやら僕に言っているようだ。
「部活は入るつもりないし、まあひまかな。」ひまだと伝えれば言いだけなのに、微妙な返事になってしまったことを後悔する。
「じゃあみんなで一緒に遊びに行かない?」みんなという言葉にひっかかって少し教室を見回すと、黒板の辺りに男子一人と女子二人がこっちの様子をうかがっている。うまくメンバーの確認ができた事を喜ばしく思った。
「いいね。僕も一緒に行くよ」そう言うと彼は嬉しさと安堵が混ざったような顔をした。
「よかったー。おれは大野秀貴!よろしくな!」茶色い髪色と同じような明るい自己紹介だ。
「僕は朝永空。よろしくね」彼のように明るくとはいかなかったが、基本の自己紹介はできた。僕の自己紹介が終わるころには、黒板の辺りにいた三人が側まで来ていた。
「朝永くんね。よろしく。おれは須藤将也」背が高くクールな印象だった。僕の予想では、確実にモテるタイプだ。
「私は朝倉紗月。よろしくねー。」長めの髪を後ろで一つにくくっているこの女子、幼い顔立ちのせいかとんでもなく純粋そうに見えた。男女両方から人気がありそうだ。
「最後は私ね。宮内雪乃。よろしく」さっきの朝倉さんとは対照的に、少しドライな感じがした。長く伸ばした髪ときっちり整った顔立ちのせいもあって、クールさがプラスされている。
「女子が一人足りなくなっちゃったなー。一人誘おうよ」朝倉さんが元気良く呼びかける。僕を誘わなければ人数が同じだったのではないかと感じたが、誘われたことが素直に嬉しかったため言う気にはならなかった。何秒かの沈黙の後、全員の視線が一人の生徒に集まった。僕の隣に座っていたあの子だ。次に僕に集まった視線が、誘って来いと言っている。確かに席は隣だが、まだ一度しか話していない女子に遊びに行こうと誘うのは、それなりの勇気が必要だった。軽く深呼吸をしてから彼女のところへ向かった。
「これから時間ある?みんなで遊びに行くんだけど一緒に行かない?」心臓はバクバクしているが、平静を装って尋ねる。
「え!?いいの?」明らかな驚きの後、すごく遠慮がちに言った。
「もちろん!!来てくれると嬉しい!」そう言うと、彼女は、僕と一緒にみんなのところへ行った。
こうして僕たち六人はまだ見慣れない校舎を出て、春の心地よい日差しの中を歩いていった。
――――春というものは実に不思議で、人の感情を良くも悪くもおかしくさせる。僕の場合は確実に前者だ。そして、その原因は春だけではなかった。彼女を誘ったときの表情が頭の中にはっきりと残っているからだ。この時僕には、いつまでも忘れることは無いという確信があった。
そう、あの美しく、どこか切ない彼女の表情を――――