プロローグ 冬・白
拝啓、クソ親父。
元気にしてますか? 毛根はあとどのくらい残っていますか?
一応、勝手に出てきたことを謝っておきます。ごめんなさい。
あたしは今、とある町のとある居酒屋で、住み込みで働かせてもらっています。家にいたときはなんにも気にしてなかったけど、働くっていうのはけっこう大変です。
お店の人はみんないい人です。ダメだったり無口だったりかわいかったりするけど、いい人です。よくしてもらってるし、仕事も教えてくれるし、割と楽しくやってます。
お母ちゃんが死んでから親父がどれだけ苦労してきたか、自分で働いてみてほんの少しでも分かったような気がしました。自分ひとり養うのも大変なのに、親父はあたしだけじゃなくて会社の人みんなのことも守らなきゃいけない。今は、あんまり親父のことハゲだってバカにする気もなくなっていく気がしてます。
ああ、なにが言いたいのかな、あたし?
心配させてるかもしれないけど、あたしは帰ろうとは思ってません。
親父はよく言ってました。仕事はとても大切だって。それがあたしのためだって。
仕事は大切だって、今なんとなく分かる気がしないでもないです。
それをもっとよく分かりたいから、もっとここで働きたい。あたしのために。
心配かもしれないけど、親父の娘です。そう簡単に負けたりはしません。
ハゲる気もありません。
とにかく、あたしは元気でやってます。それでは、頭皮の状態に気をつけて。
PS いつか、あたしの働く、このお店に飲みに来てください。
PSのPS 最初の給料が出たから育毛剤を買って一緒に送ります。
PSのPSのPS バーカ!
はあ、と息を吐くと、それは白く広がってすぐに無くなった。
あたしはその時よれよれのコートを着ていて、髪はぼさぼさで、寒くて、本当に死ぬかと思っていた。一昨日から何も食べていない。のども乾いている。
雪がちらつき始めた。手足の感覚が鈍くなっていく。そのくせ痛い。とても、痛い。
あたしはもう一度、白い息を吐いた。鉛色の空に溶けて消えていく。
はかないな、と思う。
そうやってただぼんやりと、広場の片隅で空を眺めていたときだった。目の前に立った一人の女性があたしを覗き込んで、こう言った。
『貧乏臭いね』
うるさい、と思う。同時にそうだな、とも思った。
『寒くないの?』
寒い、と答えた。当然だ。寒くないわけがない。
『だったらほら、これ飲みなよ』
そう言って彼女は持っていたビンをあたしに差し出した。何も考えずに一口あおると、強烈な感覚がのどの奥に流れ込んでいった。
げほげほとむせて、何飲ませるんだとあたしは怒鳴った。
すると彼女はけらけらと笑って、
『元気出たじゃん』
と言った。
あたしはしばらく彼女をにらみつけていた。彼女は何が楽しいのか、興味深そうな目であたしを睨み返してきた。
それから、こう言った。
『ねえ、行くとこないならうち来てみない?』
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