天宮満 - (1)
弁当を片手にお日様の下、友人たちとの談笑の傍ら、考え事に耽る。この広い屋上のど真ん中にレジャーシートを敷いて、ぼくたちは3人で世間話をするなどしていた。もちろん考え事をしていたので、ぼくは適当に相槌をうつだけで会話の内容など右耳から左耳へとスッと通り抜けていくだけだが。
「そういえば、満って弁当なんだな」
「うん?ああ、今は一人暮らしだからな。自炊しているんだ」
急に話を振られてしまった。ぼくの弁当に興味を示したクラスメイト、この男は千曳近衛。すらっと長身のいわゆるイケメンである。野球部に所属しているらしい。明るい性格の男で、恐らく人懐っこいのだろう。転校してきたばかりのぼくに、一番最初に話しかけてきた奴だ。それも目を輝かせながら。
「へぇ、そりゃ意外だなぁ。料理ができる家庭的な男はモテるぞぉ」
コンビニで買ったというミックスサンドを頬張りながら、近衛は続ける。……ふむ、良いことを聞いたな。これからは料理が得意であることを積極的にアピールしていこう。
近衛の言葉を聞いたユズ……石破柚葉は、近衛の隣で子供のようにいたずらな笑みを浮かべて、ぼくに自分の弁当を見せつけてきた。
「料理ができるとは言っても、さすがに女の子には負けちゃうねぇ」
ユズもまた、クラスメイトである。近衛とは、友人として親しい関係であるらしい。
「ボクのお弁当、どう?」
首を傾げながら上目遣いに問うてくるユズ。そんなユズの弁当は……確かに彩り豊かで、めちゃくちゃ美味そうだった。特に玉子焼なんて、形も色もきれいで、しかも中にカニかまが巻かれていた。食べたい。
「完敗だ」
「やったぁ!」
垂れそうになる涎を抑えながら一言、そう告げた。ぼくは、玉子焼もカニかまも大好きなのだ。喜ぶユズをよそに、ぼくはなんとなしに屋上を見渡した。……彼女がいた、あの場所を視界に捉える。
『……春川志緒よ。1年生』
彼女はあのとき、満更でもない様子で、ぶっきらぼうに名乗ってくれた。昨日の時点でぼくは編入初日、ピチピチの2年生。だから、一応は春川の先輩ということになる。風に揺れる横髪を手で押さえながら、興味なさげにぼくを見据える春川。やがてその視線は、淡く赤みを帯びる夕焼け空へと移される。彼女は思い出したように携帯で時刻を確認し、そしてその視線は再びぼくへと向けられた。
『迎えに行かなければいけない人がいるの。時間だから失礼するわ』、そう言って春川はぺこりとひとつ会釈をして、ぼくの真横を通り過ぎて屋上をあとにした。まっすぐにピンとはった背筋、細っこいその後ろ姿を見送りながら、ぼくは立ち尽くす。ぼくが告白した好意に興味すら示さず、彼女はどうでもいいとでも言いたげな瞳でぼくに一瞥くれたのだ。振られてすらいないこの状況に、一体どんなリアクションをすれば良いというのか。呆然と、ぼくはオレンジがくすぶる夕焼け空を仰いで打ちひしがれた。
初恋は実らないって、言うよなぁ。うすぼんやりとそんな言葉を思い出しながら、ネガティブに打ちひしがれる。以上で回想終わり、けど後ろ向きに走り出した気持ちは止まらない。雲一つない今日の青空を見上げて、はぁぁとでっかくため息をつくと、近衛とユズが頭上に疑問符を浮かべながら顔を見合わせた。
「なんだなんだ、何か悩み事か?」
上半身を乗りだして近衛が言う。
「いや、悩み事というほどのものでもないのだが」
「気になる!聞かせてよ」
近衛以上に半身をこちらに寄せて、さも興味ありますと言わんばかりに瞳を爛々と輝かせるユズ。昨日から思っていたが、彼女は少々無遠慮なたちのようだ。相手の気持ちなんかより、自分の欲望や好奇心を優先したがるというか。裏表がないぶん、こちらも気安く接することができるので彼女のような人は嫌いではない。むしろ付き合いやすいので好きだ。彼女と親しいという近衛も、恐らく彼女のそういった性格を気に入っているのだろう。
「まぁ、口にするのは少々気恥ずかしいが、隠すほどのことでもないからな」
思案したのち、ぼくはそう言いながら腹を据えた。一呼吸おいて、頬を人差し指で掻きながら言葉を続ける。
「昨日の放課後、この屋上で一目惚れした女子に告白したんだ。けれどぼくは返事を貰えなくて、告げられたのは名前と学年だけ。どうしたものかと思ってね」
近衛もユズも目を見開いていた。沈黙、そしてまた2人はお互いの顔を見合わせる。次の瞬間、ぼくは弾丸のような質問責めを浴びることになる。
「編入初日に一目惚れした女子に告白!?面識ないんだよな?緊張しなかったか?告白する度胸ってのはどうやったら身に付くんだ?」
「脈あり!?脈なし!?その話聞いただけじゃ判断つかないから、進展あったら報告よろしく!振られてないけど名前教えてもらったんだよね?なんて子?先輩?後輩?それとも同級生?」
耳を塞ぎたくなるくらいの声量だ、2人とも。興味を示された以上、ある程度の反応や質問を受けることは想像していたが、それにしても食いつきすぎではないだろうか。
「告白する度胸については知らん。一目惚れした彼女だが、彼女は後輩……1年生らしい。名前は……」
春川志緒。その名前を口にした途端、近衛とユズの顔が引きつった。