序章
茶色い鉄柵に胸を寄せる少女を、同じ屋上の隅から見ていた。カチューシャのように巻きつけられた赤いリボン。春の桜のように、風に揺れる薄桃色の髪先。それを押さえる小さな手……細い指先と、その奥の横顔。凛と可憐な佇まいにぼくは、見惚れてしまっていた。
端正な顔立ち、新雪のように白く透き通った肌。そして何よりも、物憂げに伏せられた双眸と、海の底のように深く輝いているガラス玉みたいな瞳が美しい。
俯いていた彼女が顔を上げて空を仰ぎ見たとき、電流のように体中を迸る甘い衝撃に打ちのめされた。……考えるまでもなく、これが一目惚れってやつか。
いてもたってもいられなくなったぼくは、彼女の元へと駆け寄った。ぼくを視界に捉えた彼女は、眉間にしわを寄せて訝しげにぼくを見据える。そんな瞳もまた、きれいだった。
「ぼくは天宮満という!あなたに一目惚れをしてしまった。名前を知りたいので教えてくれないか!」
……あとから聞いた話だが、悲しいかなぼくの第一印象は「不審者」だったらしい。
☆
恋心というものはどこまでもまっすぐで、それが引き起こす言動はときとして己でさえも理解できない。けれど嘘偽りないこの気持ちに、後ろめたさなど感じない。一目惚れだろうがなんだろうが、きっかけはなんであれ、ぼくは彼女が好きだから。どんなに高い壁が障害となっても、あの子のためなら、ぼくは。……きっと、彼女もそう思っている。