前
「時人、大好きだよ。」
その名前を呼ぶ声を一度でいいから、聞きたかった。
僕は母とあまり関わらない。
夜にふらっと外に出ては朝にご満足の顔で帰ってきて、そして僕に冷凍食品をだして仕事へと向かう。
僕は父と関わらない。
一日中いない。
もう声を忘れてしまったかもわからない。
最後にあったのはいつかわからない。
それでも、まだ父は僕の父であり、母は僕の母だ。
近くの幼稚園に一人で行っては幸せな家庭に生きている事を演じ、それは今、小学生まで続いてる。
好きなものを買っていいよと渡される小遣いは全てゲームに使い、たくさん、たくさん遊んだ。
クラスで流行っている魚は買ってもつまらなくて焼いたら意外と美味しかった。
アレは、僕の珍味になるかもしれない。
最近は漫画も好きだ。
あれほど嫌いだった学校も好きになってきた。
学校には温もりがある。
まずい手作りのご飯がある。
僕の存在を認めてくれる人がいる。
「あ、僕の星座一位だ。」
今日はいいことがあるかもしれない、と朝飯を片付けながら考えた。
今日も一人でご飯を食べた。
「いってきます。」
リュックを背負い、誰もいない玄関に笑いかけた。
イイコトは訪れた。
捨て子を拾った。
家に持ち帰ってよく見るとなんだか苛立ってきた。
捨て子のくせに、僕を可哀想な目で見てくるのだ。
なんだか悔しいから昨日みた映画と同じようにしてやろうと思った。
カッターを首にあてると捨て子の肌は柔らかく、それだけで少し切れ目が入った。
途端に捨て子は泣き出した。
僕はそれが怖くなり、カッターを持つ手に力を入れた。
映画で見たよりも少し勢いは弱く、ドクッ、ドクッ、とテンポよく赤い血が吹き出し始めた。
捨て子はまだ泣き続ける中僕は耐え切れずその場で吐いた。
昼食で食べたうどんが消化しきれてないまま出たのを見るとなんだか笑いがこみ上げた。
ガムテープで口を塞ぐと多少は泣かなくなった。
そのまま捨て子は動かなくなった。
手に触れるとまだ生暖かいのが冷たくなるのを感じてまた吐いた。
今度はうどんはあまりでてこなかった。
落ち着いてから、お母さんにバレる事に気づいて、涙がでた。
怖い。
目を開いたままの捨て子がこちらを見ている気がして口に貼り付けたガムテープをとった。
剥がした口元の皮膚が少し赤く滲んでいるのを見て、よだれかけでふくとき「はな」という名前が書かれているのに気づいた。
僕はやっと人を殺したという実感が湧いた。
「はなちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
どうしようもなく涙が止まらなかった。
母が帰ってきたらちゃんと殺した事を伝えて僕も殺してもらおう。
ガチャリと鍵を開ける音が聞こえた。
いつもより、はやい気がする。
「何、これ。」
帰ってきたのは、父だった。