傀儡と進化と
「下がってていいぞ」
全方位を2,30匹のデスマンティスに囲まれながら、ファロは涼しい顔でそう言った。
「冗談でしょ?」
私はフォロをジト目で睨めつけた。私の声から滲み出た怒気に気付いたのか、ファロは慌てて釈明する。
「いや、これだけたくさんいるとさすがに危ないかなって思って……」
いくら、3日前から始めた初心者だろうと……。
「私だって、冒険者だよ!」
「おいバカ止まれ!」
ファロの制止を振り切って、一匹だけ前に出ていたデスマンティスに斬りかかる。他の個体が反応する前に、一瞬で鎌を砕き、脚を裂き、首を狩る。
素早く元いた場所に後退し、さあこい!ってな感じで気合を入れてヴァルメスを上段に構えて辺りを見渡して、私はやっと異変に気が付く。
「……あれ?」
「ん? どうした?」
あれほどいたデスマンティスが、一匹たりとも襲いかかってこない。一か所に固まって両方の鎌を祈るように合わせている姿は、何かを威嚇しているように見えるが……。
よく観察するとそれは違うことが分かった。怯えてるのだ。私の背後をじっと見つめるその目に映るのは恐怖。少しでも目をそらせば、一瞬でも瞬きすれば命はないとでもいうかのように、デスマンティス達はただ一点を見つめたまま微動だにしない。
私はファロが殺気でも放っているのかと考えて、それにしては少し変だなと思った。この前感じたあの底冷えするような殺気はまるで感じない。代わりに何故か熱気を感じて背後に振り向く。
森の一部が、背後に存在していたデスマンティスごと焼き尽くされていた。
ファロは先ほどとほぼ変わらない姿勢で立っている。ただ一つ違うのは、片手に炎を纏った短剣を持っていること。何でもありですか存在がチートですね……。
ガギッボゴッグザッドゴッと鈍い音が背後から聞こえてきた。後を振り向くと、大量のカマキリの死体が転がっていた。ぐちゃっとした黒い液体に塗れた大剣を引きずりながら西洋甲冑がゆっくりと歩み寄ってくる。軽くホラーだ。
「いったーい! 何するのよ!」
私が西洋甲冑に気をとられている隙に、短剣の鞘の表面積が狭い方で頭を叩いてきたファロに涙目で抗議するも、頭をポンポンと優しく叩くだけで取り合ってくれない。
「アホか。人には適材適所ってもんがある。こういう乱戦では多少傷ついてもいい傀儡を使える俺が相手にする方が安全だろ? 心配しなくても、魔法をガンガン使ってくるダンジョンモンスターなんかの相手とかは任せたりするときもあるかもしれないかもしれないから安心しろ」
「うー。そんなこと言ってどうせ一人で勝手に終わらせようとするんでしょー? かもしれないかもしれないって何なのよバカ!」
ヴァルメスで地面をつついていじけてると、ファロは真剣な顔をして「サニー」と呼びかけてくる。
「お前には、傷一つついて欲しくないんだよ。俺のために、もう少し自分を大切にしてくれ」
ファロは私の肩をつかんで、視線をそらすことを許してくれない。フォロの顔が心なしか少し近づいてきたような気がする。
私はゆっくりと目を閉じて、唇を突き出す。そして次の瞬間……。
「いったーい! 何するのよ!」
頭にチョップされた。
「お前こそ何寝てやがんだよ。真面目に言ってんだから真面目に聞けよ」
「うぅ……。ファロのバカァ……」
私がさめざめと泣いてもファロは全く気にかけない。
「さて、大元を狩りに行くぞ」
ファロは短剣を鞘に戻して、私を置いてけぼりにしてどんどん進んでいく。それでも、後ろで傀儡がしっかりと周囲を見張ってくれてるのに気付かないふりをして、急いで追いかける。
「おー。クエスト開始ですか! いよいよゲームらしくなってきましたね!」
「……お前も相当切り替え早いな。それと、クエストは受けないぞ」
「へ? なんでなんで? どうして? クエストってないの?」
「あるにはある。だけどそれはここの住人がギルドに依頼して報酬を用意したり、ギルド自体で報酬を用意してクエストを作ったりな。つまりギルドに依頼がくるってことは、もうすでに犠牲者が出た後なんだぞ? 誰にも気づかれないうちにクエストすら受けず困難を排除してこそ本物の勇者だ!」
「おお、ファロかっこいいよ! 惚れ直しちゃうよ!」
「まあ実際はできるだけ人に会いたくないだけだがな。無所属のままギルドホールの中に入れば必ず勧誘される。正直鬱陶しい。コミュショー舐めるな」
「おおふ……。今ので全部台無しだよ! 私のときめきを返して!」
「知るか。まあ最初に言った理由が第一ではある。ここまで大量にデスマンティスがいると、並の冒険者の護衛だと討伐しきれるかどうか……。恐らくは上位種のジャイアントマンティスが現れたことによる大量発生だろうから、そいつだけ殺せば何とかなると思うが」
そこで私はどうしても看過することのできない問題を発見してしまった。
「……ねえ」
「何だよ?」
「デスマンティスの方が名前的にかっこいいよ! 強そうだよ!?」
「……だからなんだよ? この世界のネーミングなんて適当なんだから一々気にするな」
「? 意味が分からないよ!?」
「例えば……。ヒールがあるだろ? あれってプレイヤーによってはホ○ミとかケ○ルとか叫びながら使う奴らがいるわけだよ。で、ずっとそう言ってるうちにいつの間にかスキル欄に書いてある名前も変化していたらしいぞ。効果は全く変わらんのにな」
「じゃあ私の身体強化もギ○2nd!とか卍○!とか叫びながら使っていれば名前変わるの?」
「変わるかもしれんが……。著作権的にやめてくれ」
「? 意味が分からないよ!?」
「大丈夫だ。俺も自分で自分が何を言ってるのか分からなくなった。(ちなみに大半のモンスターの名付け親は俺だから突っ込まないで)」
「ん? 何か言った?」
「いやなんでもない気にすんな」
前を進む西洋甲冑は、さらに量が増えたデスマンティスをバキボキとリズムカルになぎ倒していく。途中からデスマンティスは怯えて逃げ出す始末だ。
しばらく森の中を進むと、前方に巨大な影が見えてきた。
「こいつにジャイアントマンティス以外にどう名前を付ければいいか教えてくれるか?」
「ジャイアントだね」
全長10mを優に超える、カマキリのような何かがそこにいた。驚くべきは体長と同じくらいある巨大な鎌だ。
「だろ? こいつはボス級モンスターだから、ヘタに近づくなよ? 俺はこのバカでかいカマキリを倒すのに専念するから、その間近づいてきたデスマンティスから身を守ってくれ!」
「りょーかいしました!」
ジャイアントマンティスは、10メートル以上ある巨大な鎌を、ファロが操る西洋甲冑に向けて振り下ろす。西洋甲冑は身の丈ほどもある巨大な剣でそれを受け止める。一回り大きさが違うのに、それを全く感じさせない。
私は言われた通り自分に近づいてくるデスマンティスだけを1匹ずつ慎重に倒していく。近くにファロがいると、やっぱり違う。自分でも驚くほど落ち着いて戦うことができる。
「炎よ、我が傀儡に纏え!」
その言葉とともに、西洋甲冑の持つ大剣が炎に包まれる。今まで力押しで鎌を振り続けて傀儡に攻撃の隙を与えないようにしていたジャイアントマンティスは、その巨体に似合わない速度で後ずさった。熱いのはどうやら苦手らしい。
それにしてもファロは反則だった。傀儡を操る能力を持ちながら、魔法属性攻撃、回復呪文にいくつかのバフまで使用することができる。この前教えてもらった冒険者の基準から大きく逸脱している。
しばらくこちらの様子を伺っていたジャイアントマンティスだったが、突然、何だかよく分からない叫び声をあげはじめ、光に包まれる。思わず目を瞑ってしまい、顔をあげてジャイアントマンティスがいた場所を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。ジャイアントマンティスが大きくなっていたのだ。
「フフフ。フハハハハハハハハ!」
「ファ、ファロが壊れたぁ?!」
「壊れてないさ。壊れてないとも。俺はいたって冷静だ。わざわざ俺が戦っている最中にレベルアップしてくださりやがった30級ボスモンスターをほぼソロで狩らなければならない状況とか、ここら辺の治安維持が主な仕事のはずのウォルケンブルフがこの状況になるまで放置してたこととか、ダンジョンモンスターじゃないくせにいきなりポ○モンのように一瞬で進化しやがるようにしてくださったGM様とか、いつもいつも面倒事に巻き込まれるこの体質とか、そもそもすぐ近くにいたはずなのに全然気づかなかった自分自身に対しても何も文句はない。……今からこいつの名前はクソカマキリになるから」
「えぇ!? それはないよ! 絶対嫌だよ! ゲームの世界観ぶち壊しだよ!」
「じゃあなんだよ、サニーは何かいい名前でも一瞬でつけられるのか? 5秒以内な。3、2……」
「え、私が? って何で3から始まってるのさ!?」
「5って言った時からすでにカウントは始まってるんだよ。というわけで5秒過ぎてるからこいつはクソカ……」
「わー、ちょっと待ってちょっと待って! ええと、ええと……そう、ギガマンティス! それでいいでしょ!? いいよね!?」
「……ちっ。お前のネーミングセンスだって結構テキトーじゃねえか」
「そんなことないよ! ギガってすごく大きいんだよ! ギガマンティス大きいでしょ? ぴったりだよ!」
「……まあいいか。ネーム、ギガマンティス!」
ファロはギガマンティスを指さしてそう叫んだ。
「え、なに今の?」
「だから名前付けるって言ったろ? 発見者に名前を付ける権利が与えられているんだ。生物とか星とか遺伝子とか発見すれば勝手に名前がつけれるだろ? それと同じ。実際はあいつらのただの手抜きだがな」
「……そこのカマキリさんはあと少し遅ければホントにクソカマキリになってたの?」
「ああ」
衝撃の事実だった。
「私ナイス! 世界に誇れるいい仕事したよ!」
「そうか。よかったな」
進化したギガマンティスは、炎にも物怖じせずに鎌を振り回す。圧倒的な力に西洋甲冑はどんどん後退していく。
「どうするの? 何かセイちゃん苦しそうだよ!?」
「おいセイちゃんて何だ。まさか西洋甲冑だからセイちゃんだとか言わないよな?」
「……西洋甲冑ですので、セイちゃんなんですよ!」
「自分では変えてるつもりかもしれないが何も変わってねえよ」
そうこうしているうちに、ガキーンと金属同士を激しくぶつけたようなけたたましい音が鳴り響き、さらに木が折れた鈍い音がして思わず耳をふさぐ。
近所に7階建てのマンションがあったけど、それに迫る大きさのギガマンティスの攻撃には、5メートルほどの大きさしかない西洋甲冑では耐えられなかったようだ。
「……仕方ない。これは最終決戦までとっておくつもりだったんだが……」
ファロは高々と右手を挙げ、それを一気に振り下ろす。
「メテオ」
次の瞬間、辺り一帯に轟音が鳴り響き、地面が揺れた。