傀儡と冒険者と
「ねえ、これさ、単位が一つ間違ってるんじゃないかな? 1シルバーの間違いだよね? 1ゴールドとか消耗品の値段じゃないよね? こんなの、こんなの絶対おかしいよ!」
「アホか。ゴールドとシルバーを間違えるやつなんてどこにいるんだよ」
鍛冶屋を出た私たちは、現在薬屋さんにいた。そこで私は信じられないものを目の当たりにする。
「ここにいます! ここにいますよ! だって1万円だよ!? 回復薬一個で! おかしいでしょ!」
「あ、これとりあえず5個ください」
私を完全に無視して、ファロは店主に金貨5つを渡しながらおいてあった見本を見せる。
「あああああああああああ5万円がああああああああこんなに簡単に消えてってるううううううううううううう……。私の1年分の給料(おこずかいとお年玉)より多いお金があああああああ……! さっき向こうで1シルバーの売ってたよおおおおお! でもそっちもそもそも1000円する時点で高いからあああああ! なんでそんなに高いの買うのおおおおお!?」
さっきから私の月々のおこづかいを軽く上回るお金をそれこそ湯水のように使っていくファロ。私、半狂乱。
「アホか。値段が違えば効果が違うだろ。それとこの薬は魔法が込められていないからな、その分即効性の薬を買うとなると自然とこれくらいはする。あと騒ぐな。目立つだろ」
「うぅ、私、実家に帰らせてもらいます……。これ以上金使いの荒い亭主とは一緒に暮らしていけません……」
「いつから俺は亭主になった。帰りたければ帰れば? 困るのはサニーだろうけど。それとそろそろ黙れ」
「さらに亭主関白です……。あ、でもこれはなんかいいかもですよ?」
「SなのかMなのかはっきりしろよ……」
「? だからそのSとかMとかは何なんですか?」
「いいよもうサニーはそのままでいて……」
この前もなんかはぐらかされたし、今度お父さんとお母さんに聞いてみることにしましょうか。
「今後のことも考えると、サニーのその金銭感覚は何とかしといた方がいいと思うぞ」
「ファロにそんなこと言われるなんて……。世界の終わりです……」
「とりあえずよく聞いてくれ。この世界はそもそも気候が安定してる。さらに麦、米、玉蜀黍、馬鈴薯に似た、というかほぼ同じな作物もある。育種も行き届いている。肥料さえたくさん与えれば、日本で育てている作物ともたいして変わらないくらいだ。まあそもそも半矮性遺伝子の作物は今のところないようだから肥料はあげすぎても困るが……。いやでもさっきも言ったけどここの気候は安定だから大丈夫かな? ああでもリン鉱石とかはこの世界にはないかな? あったとしてもいずれはなくなるんだからやっぱり人口を増やしすぎないのが一番いい方法か……。そういえばこの世界の平均寿命は50代後半で、人口もある程度管理されているようだったな。まあ以上の理由により食べ物の価値はそこまで高くない。ここまでは分かるか?」
私はフルフルと首を振ることしかできない。ファロがまた外国語を話し始めました。誰か助けてください。
「馬鈴薯はジャガイモのことな。育種ってのは……。例えば畑に種をまいて、実りの多いものがいくつかあったとする。そしたらその実りの多いものは食べないで、次の畑に植える種にする。こういう作業を繰り返して、人間にとって都合のいい性質をもった……。なんだよ?」
「スミマセン。モウギブデス」
私はちょっとグロッキーになりながら、ようやくその言葉を絞り出した。このまま話を聞き続けていたら、大切な何かを失いそうな気がしたから……。
「まあ結論をいえば、一食はたしかに5カッパーで足りる。しかしそれは外食はしないで自炊した場合で、さらに食料の値段は安いから、1シルバーで100円くらいに思っといたほうがいいな。1ゴールドで1000円、100ゴールドで10万円だ。そう思うと、鍛冶屋のおっちゃんがいかに気前がいいかわかるだろ?」
私は自分自身を納得させるために無理やりコクコクとうなずいた。最初からそれだけを話してほしかったよ……。そのあとで「ま、それもあくまで冒険者基準だが……」と聞こえた気がしたが、幻聴だと決めつけた。そうでもしないと私の精神が危ない。庶民舐めんな。
数千円する解毒薬数種と、そのほかにも色々と買って何故かご機嫌なファロとともに私は薬屋さんを出た。
ファロについていくつか分かったことをあげると、まず金遣いが荒い。次に恥ずかしがり屋。そして変態。ヒキニートだったらしいが、何故かめちゃくちゃお金を持ってるし、フードで顔をすっぽり隠してるし、私に色々と買い与えて餌付けして楽しんでるし。そこで私はある可能性を思いつく。
「ねえ、ファロはさ、もしかして私のこと好きなの?」
ファロは何も飲んでいないのに思いっきりむせた。私の方を向いて何かを言おうとして口をパクパクさせていたファロは、前を歩いていた人に思いっきりぶつかってしまい、その拍子にフードが脱げた。
「あ、すみませ……」
ファロはとっさに謝るが、運の悪いことに、ぶつかったのはガラの悪そうな冒険者3人組だった。
「あ? てめえ、傀儡じゃねえかよ」
「おいおい、どの面下げてこんなところに来てるんだよ」
「クズはカビ臭い真っ暗な部屋でずっと寝込んでるのがお似合いだぜぇ?」
冒険者3人はどうやらファロのことを知っているらしく、ファロを見るといきなり罵詈雑言を浴びせはじめた。
「黙ってくれないかしら?」
その言葉は自分でも驚くほど自然と出てきた。
「お嬢ちゃん、何言ってんの? もしかして初心者かぁ? なら教えといてあげるけどよぉ、そいつはある日突然”もうこんな世界なんてイヤ! 戦うのコワいの!”って言いだして、永遠と自宅警備員してるようなやつなんだよ。現実世界のすべての人間を見捨ててな!」
「絶対に危害が加えられない安全な始まりの町に籠ってのうのうと生きてやがるんだぜ?」
「クズはクズだろ? 本当のことを言って何が悪い?」
「クズは、あんたらでしょ? それ以上喋ったら、斬るよ」
その言葉を聞くと、冒険者3名はゲラゲラと笑い声をあげた。私は鞘から剣を抜いて、リーダー格の一人に剣を向けて睨みつけた。
「あなたたちに、この人の何がわかるの? 何も知らないんでしょう?」
「……っ」
「お、お嬢ちゃん、ここはね、始まりの町といって、ひぃ、苦しい……。どうやっても危害を加えることはできないわけ。ドゥーユーアンダスタン?」
リーダー格の冒険者は、私の変化に気付いたのか静かになってくれた。左にいた冒険者は、未だに笑っている。今喋ったのは、右側か……。私は右側にいた冒険者に剣を向ける。
「この人は、私を助けてくれたよ。この人がいなきゃ、今頃私は死んでた。面倒だからって、目を背けることもできた。でもこの人は、私を助けてくれただけじゃなくて、私の置かれた状況を自分のことのように心配してくれて、色々と助けてくれている。もしこの人がクズなら、世界中の人間は全員クズね。あなたたちは例外よ。クズにしてあげるのももったいないわ」
漫画なんかでよく表現される殺気というものが、どういうものか理解できた気がする。こういう時に放つものなんだろう。それを受けて冒険者はとっさに剣を構えたみたいだが、もう遅い。私は一瞬で距離を詰め、のどを掻き斬ろうとする。
「サニー、やめろ!」
私を止めようとするファロの声が聞こえたが、今の私には目の前の冒険者を斬ることしか頭になかった。首元に剣先がつき、あと数cmも切り込めば確実に命を奪う。その段階になって、大きな衝撃が私を襲い、数mほど吹き飛ばされた。ファロは何故か分からないが、どこかホッとしたような表情を浮かべた。
「これ以上、俺とサニーを怒らせるな。とっとと失せろ」
倒れた私を優しく抱きかかえると、表情を消してファロはそう言った。気温が一気に5℃ほど下がった気がする。ファロが出す静かな殺気が籠った声は、冒険者3人以外にも、周囲にいた野次馬全員を凍りつかせた。私が放った殺気とは比べるのもばかばかしいほどの殺気だった。
冒険者3人組が逃げ出すのを見届けてから、ファロはやっと殺気を消した。周囲で固まっていた人たちの時間がやっと動き出して、どこかぎこちない雰囲気を残しながらも、辺りは再び喧騒に包まれる。
「お前さあ、もう少し考えて行動しろよ。もし始まりの町が魔術で守られていたら、今頃アカネになってるぞ。ああいうやつらは相手にしないに限る」
「う、ごめんなさい……」
ファロは「分かればいいんだよ」といいながら頭を撫でてくれた。その手は大きくて、暖かくて、私を本気で心配してくれていることが伝わってくる。
「でも、ありがとな」
「ど、どういたしまして?」
「何で疑問形なんだよ」
「だって、だって……。ふふ」
「3日以内にはレベル10にして、一人前の冒険者にしてやるから、覚悟しとけよ!」
ファロが照れ隠しに何気なく言った言葉が、私に重くのしかかった。
3日、それは、私がこの始まりの町にいる時間のタイムリミットとなるだろう。
その時は、ファロと別れなくてはならない。
『俺とこの部屋で、一生一緒に暮らさないか?』
初めて会った時にかけられた言葉が、一瞬脳裏をよぎる。
私はそれを必死に追い払って、先をどんどん進むファロを追いかける。
まだ3日ある。そんな風に、現実逃避をしながら。