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Restrict  作者: 幸来
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第5話 ~全ての始まり~

あたしが…陵を護らなきゃ。


そんな思いを胸に、あたしは部活へと向かった。

今日は朝からあんな目に遭うし、授業も嫌いな数学が2回もあった。

唯一、中学に入って楽しいと思える時間は、部活だけだ。


陵は野球部でセカンド。

あたしは、弓道で県大会には登り詰めれるであろう実力だった。

同じ部活の咲と和奈は、あたしほどではないけれど、そこそこ上手い。

まぁ…美香は、いくらお世辞を言っても、上手いとは言えない程度だ。


女子更衣室に向かうと、そこにはすでに和奈がいた。

剣道に比べれば軽やかな、白と赤の袴。

和奈は長い黒髪を、後ろで一つに束ねていた。

「そういや、今日美香、早退やと思うんや」

和奈がふいに、そんな言葉を放った。

「え…っ、6限居たじゃん」

「そら、知っとるけど…さっき帰るとこ見てん。」

あたしは、早退したと聞いて、ホッとした安心感と、罪悪感に包まれた。その時、

…何でだろう。

美香が居るわけじゃないのに、結衣が居るわけじゃないのに。

何かに…見られている気がした。


「…礼!」

去年全国大会で2位まで上り詰めた、弓道部で一番上手い部長が、号令をかけた。

その1秒後、部員がきっちり全員頭を深々と下げ、「終わります!」と言った。

タオルで汗を拭きながら、あたしは咲と並んで女子更衣室へ行った。

すると、女子更衣室の隣、男子更衣室に陵が入っていく姿が見えた。

「陵!お疲れっ!」

「おう、お疲れ。」

野球のユニホームは泥だらけで、陵は髪から、汗を滴らせていた。

きぃ…とドアの向こうに消えていった、陵の後姿を見届けると、

あたしも咲に続いて、女子更衣室の扉を開けた。


ロッカーを開けると、ハンガーには制服とスカート、ハーフパンツが下がっている。

一番下のカゴには、替えの下着、セーラーズシャツが入っている。

いつもの光景…のはずだけど、何かがおかしかった。

なぜなら…下着は、カゴになんか入れない。

恥ずかしいから、いつもエナメルの一番下に入れていた。

…なのに…何で?


あたしは少し、自分のロッカーに違和感を感じたけれど、気にしなかった。

…いや、ただ怖くて、現実から目を逸らしていたのかもしれない。

「…どうしたの、有希。顔色悪いけど…」

咲が心配そうに声をかけてきてくれたが、あたしは、ただ作り笑いして「大丈夫」と微笑んだ。

今、自分がどんな表情かおしてるのか、分からないけど、咲には、これ以上迷惑かけられなかった。


その日の帰り道――…

「じゃあな、陵!」

「おう、また明日!」

駐輪場で、自転車に鍵を差し込むと同時に、陵があたしの隣から、自転車を引いて行った。

いつもは、徒歩通学なのだが、今日は市内で一番大きい弓道場に行くために、自転車が必要だったため、朝は自転車で登校してきた。

陵は、数名の男子と遠く彼方に消えていった。

その陵の後姿は、朝の時みたいに、震えてはいなかった。

「あたしも帰ろっと…」

カシャンッという、自転車に足が当たるとともに聞こえてくる爽快な音が鼓膜をくすぐった。

サドルに体重をかけると、そこから、じんわりとした温かみが感じられた。

……え…?

弓道場から帰ってきて、もう丸々1時間は経っていた。

この冷え込む夕方、まだ体温が残っているとは、考えにくかった。

その時、ふと、一つの考えが、頭を過った。

『あたし、前から思ってた。有希、あんた危ないよ。』

『…分かった?今、自分がどんな状況に置かれているか。』

『誰かは分かんない…だけど、背格好的に男だと思うんだ。』

次々に甦る、咲の言葉。

それと同時に、背中に誰かの視線が突き刺さる。

…怖い。

肩の震えが止まらなくて、あたしは、ただ冷たくなった足を見つめていた。

ぎゅっと目と瞑ると、あの愛しい陵の顔が、声が、表情が、まぶたに映った。

『俺が有希を護る』といってくれた、力強くて、温かい温もり。

だけど、その温かみを、全て連れ去ってしまった恐怖から、あたしは『陵を護る』と誓った。

冷たくなってしまった陵の手の感触。

まだ、あたしの手の中に、微かに残っていた。


スカートの隠しポケットに潜むケータイに、手を伸ばせるほどの勇気はなかった。

…陵…助けて…。

心の中で、陵に想いが届くことを願うしかなかった。


その時、誰かの手が、あたしの肩に触れた。

「!」

あたしは、咄嗟に後ろを振り返った。

「おいおい、なんか様子おかしかったぞー?大丈夫かぁ?」

そこには、ハハハと白い歯を見せて、ニカッと陽気な笑顔を見せた葉が、立っていた。

…葉は…変わらない。

あの雨の日と同じ、あたしを恋に溺れさせた、屈託のない笑顔。

もう1度、その笑顔に引き込まれる様に、あたしの目は釘付けになった。

その表情は、陵と何処か似ていて。

誰といても、陵の面影を探してしまっていた。

「…あぁ…別に大丈夫!じゃあ、あたし帰るから!」

「そっか…じゃあな、また明日!」

葉の言葉を最後に、あたしは背を向け、自転車で足早に帰った。


やっとの思いでたどり着いた家は、あたしをちゃんと、現実に連れ戻してきてるみたいだった。

自転車に鍵を掛け、あたしは、軽快にドアを開けた。その時―…

『…有希…』

背後から、あたしを呼ぶ声が聞こえた。

その声は、どこかで聴いたことのある声で、あたしの心が異様に騒いだ。

…誰…誰…?

あたしは、そんな疑問を抱えながらも、後ろを振り返ることはできなかった。


「お母さん、おやすみ。」

お母さんにそう告げて、あたしはリビングを後にした。

部屋でごろりとベットに寝転がると、ふと目線の先には、真っ暗な闇に包まれている窓があった。

もうすぐ真上に上る満月が、少しだけ街を照らしている。

その時、あのバイブ音が、机の上から聞こえた。

「また…結衣…かな。」

重い上半身をゆっくりと起こし、白いケータイを手に取った。

サブディスプレイには『メール一件』と、青い文字で書かれていた。

開くと、差出人は『結衣』ではなかった。


『[件名なし]

本文:ずっと見てるよ -END-』


その画面に綴られた文字は、あたしの意識を奪っていくのには十分すぎるものだった。

全身が痙攣を起こしてるみたいで、ベッドのスプリングが、やたら軋んだ。

指先が、思うように動かなくて、そのままケータイをカタン...と落とした。

PiPiPi... PiPiPi...

「ひゃぁぁあぁぁあぁっ!!」

足元に落ちたケータイが急に鳴り出し、あたしは悲鳴を上げてしまった。

半開きになっているケータイの白い光が放たれている画面は、色を変え、切り替わった。

「誰…誰…っ…!?」

動かない指を、必死に折り曲げて、ケータイを手に取った。

そこには、さっきとは違って『結衣』と書かれていた。


『有希 だぁいすき❤きっと誰よりも、私が有希を好きだよ』


変わらない結衣のメール。

結衣の想いが込められた、あたしにとって重いメール。

凍えきった心に、さらに氷を植え付けるような、熱くて冷たいメール。

どうしようもない、冷え切ったやり場のない思いは、あたしの心全てを占領していた。



夜が明け、また新しい一日が始まろうとしていた。

いつもの通学路には、もうすでに何人もの生徒がいた。

「あっ、おはよう有希!」

あたしが玄関を出たところで、丁度出くわしたのは、咲だった。

「おはよ、咲!」

あたしと咲は、他愛のない会話をしながら、学校へと続く道を歩んだ。

その時、ストーカーに繋がるような話題には、一切触れなかった。

…あたしの大切な人は、あたしのせいで傷つく。

…あたしが皆を…陵を、咲を、護るためには、これしか方法はなかった。

あたしはなんて…無力なんだろう。


教室に入ると、まだクラスメイト達は来ていなかった。

その中で、ポツンと一人、本を読みながら座っている姿があった。

「…おはよう、美香。」

あたしは、その寂しげな後ろ姿に向かって、声をかけた。

いつもより増して、黒々とした長い髪を振り乱して、あたしの方に振り向いた。

その顔は、とてつもなく明るくて。

心のどこかであたしは、美香を傷つけてしまったことを後悔した。

だけれど、傷つけなければ、陵は護れない。

そう自分に言い聞かせて、あたしはゆっくりと心を落ち着けた。


その時、美香は急に立ち上がった。

「…有希…っ、話があるの。」

目に涙を溜めて話す美香の顔を見ると、胸が締め付けられた。

あたしは、静かにうなずいて、美香の後について行った。

…美香の選ぶ場所は、いつも屋上だった。

「…有希…」

切なさと愛しさが入り混じったような声で呟いた美香の目は、潤んでいた。

美香は、そぅっとあたしに近づいてきて、あたしとの距離が30センチぐらいのところで止まった。

「私…有希が好きなの。本気で好きなの。」

美香からの2度目の告白。

あたしは、ただ無言で、美香の目を見つめていた。

「もう…どうしようもないの…このままだったら、私、欲望を抑えきれない。」

美香の目が一瞬、下を向いた。

「有希…っ、私のことを好きになって…私に…愛情を注いで…っ」

そう呟くように言った美香の、脂肪で包まれた腕は、あたしの背中にまわった。

陵の腕とは違って、ぐにゃっとした腕で、あたしは包まれた。

美香の体温が、あたしの体中にまとわりついた。

「ん…っ…美香、離して…」

「嫌だよ。絶対…離さない。」

すると、何か温かいものが、あたしの制服の中に入ってきた。

…それは…美香の手。

「いっ、嫌っ…美香、やめて!」

美香の手は止まることを知らず、あたしの胸に、そっと美香の手が触れた。

「やめ…て…っつってんじゃん…!」

そのあたしの言葉に腹を立てたのか、美香はものすごい力で、胸を掴んできた。


「…っ…陵っ…」

…怖い。

助けて…お願い…助けて、陵。

「有希っ!!」

その時、屋上のドアが開いた。

そこに立っていたのは、あたしの大切な大切な人。

あたしは、自分の想いが届いたような気がして。

怖くて、たまらなかった美香の迫力から解放されて。

ポロポロ、涙を零してしまった。

「な…なんで、陵が…!」

力を緩めた美香の腕から、咄嗟に逃れたあたしは、すぐさま陵の胸に飛び込んだ。

「りょ…う…」

多分、酷い泣き顔だったと思う。

だけど、陵はあたしを、あの力強い温もりで、抱き返してくれた。

「…有希の泣き虫。」

「バカ陵。なんで、早く迎えに来てくれないの!」

あたしは、陵の腕からバッと離れて、陵に対して怒りをぶつけた。

…陵は悪くないって、分かってるのに。

「ごっ、ごめん!まさか、こんな酷い目に遭ってると思わなくて…無神経でごめん。」

いつもの気弱な陵は、あたしに気迫負けで、ペコペコ頭を下げた。

あたしは、その下げられた頭をペチンと叩いた。

「何で…酷い目に遭うかもしれないのに…助けになんか来るんだよ…」

矛盾、してる。

あたしは、何でこんなに、こんな時でも、可愛らしく振る舞えないんだろう。

何で素直に、ありがとう、って言えないんだろう。

「陵のバカ!」

その時、陵の腕の力が、一層強まった。

きつく、苦しいくらいに、抱きしめられた腕からは、陵の熱い体温が感じられた。

「…バカは有希だろ…?」

震えた声で言う、陵の顔が見えない。

「お前…ストーカーに遭ってんだろ?今だって…犯されそうになったんだろ?」

ねぇ…今、どんな顔してる?

なんで、こんなにも優しくしてくれるの?

なんで、バカみたいに、真っ直ぐにあたしを大事にしてくれるの?

「俺…有希が好きだよ。だから、護りたいんだよ。俺って…そんなに頼りないかな」

ドクンッと心臓が飛び跳ねた。

…陵は、頼りなくなんかないよ。

そう言いたいけど、言えない。

あたしに、勇気がなくて、言えない。

「俺…一生懸命、頑張るから。有希の事…絶対護って見せるから―…。」

こんなこと、言われたの、初めて。

陵が、初めて。

今まで、あたしは一度だって護られたことはなかった。

あたしがいつも、護る側だったから。

ねぇ、陵?

あたしのこの想い、どうやったら伝えられるかな。

あたしも陵みたいに、素直で、真っ直ぐになれたら、その時は言うね。

…“好きだよ”って。


「そっか…陵が、有希のことを護るんだね…誰から?」

美香の暗く沈んだ顔が、見えなくても、背後から感じ取れた。

「…私?私から有希を護るっていうのね、陵は。」

美香の女子にしては低めの声が、あたしの耳を突き抜けた。

「答えてよ…ねぇ?私が、有希を傷つけてるとでもいうの?」

…歪んでる。

美香は…歪んでる。

女同士での恋愛は、一般常識で嫌がられるって事、知らないの?

あたしが傷ついてること…気づいてくれてなかったの?

「有希に降りかかる不幸から、俺は有希を護るだけだよ。」

「じゃあっ!私の行為が不幸だっていうのね!?」

美香は…自分のしてる行為を人々は認めてくれないって事…知らないのかな?

美香は…結衣に似てる。…ううん、結衣以上に、歪んでる。

「…そうだよ。」

「陵…貴方、おとなしかったのに…言う様になったじゃない。でもね、私も変わったの!」

美香は声を張り上げて、陵に向かって叫んだ。

「私は有希と出会って変わったわ!だから、私も有希を変えてあげるの!」

体中に虫唾が走った。

あたしが陵に加える力が、強くなってるのが、自分でもわかった。

「人々が認めなくたって、私達は、愛し合えるはずなんだからね!」

美香の叫び声と同時に、予鈴が鳴った。

その予鈴は、あたしたちに「これが現実だ」と言っているようだった。

屋上に鳴り響くチャイムが、鼓膜を震わせても、あたしたちの足が動くことは、なかった。


その時、あたしはある疑問が、ふと浮かんだ。

たったの一瞬の出来事だったけど、その疑問がのちのち、嵐を巻き起こした。


陵は、美香にはあんな風に言えるのに、結衣には、言えなかったんだろう…って。


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