表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Restrict  作者: 幸来
5/10

第4話 ~恐怖~

あの温もりが、あの感触が、まだ肩に残ってる。

屋上を出て、約5時間経っているのに、また心臓がドキドキいってる。

恐怖が入り混じった、心からの喜びと安心は、あたしの脳を支配していた。

先生の言葉なんて、耳に入らない。


『俺が…有希を護るから。』


そう言われたとき、たまらなく嬉しくて、もう、どうしようもなくて。

美香を傷つけてしまったことも、許されるような気さえした。


幼い頃から、何でか知らないけど、心からの友達は数少なくて。

その理由はいつも、相手があたしに恋愛感情を持つからだった。

あたし自身が、相手を壊しているような気がしていた。


だけど、陵に「もう自分を責めなくていい」。

そう言われたとき、心から解放された気がした。


陵に出会えたことが、人生で一番の幸せだと思えるくらいに。

これ以上の幸せはないんじゃないかってくらいに。

人生の幸運を全部使い果たしちゃったと思うくらいに。

陵を…好きになっていた。



「有希、今度カラオケ行こうよ!」

「おっ!いいね!いつ行く~?」

その日の帰り道も、いつもと同じように咲と並んで帰っていた。

あたしは咲と同じ弓道部で、まだ入部したばかりだが、かなり充実した日々を送っている。

しかも弓道部には、あたしと咲だけじゃなく、和奈と美香も居た。

今日は、ほんの少しだけ、美香と会うのが気まずかったけど。

「…そうだ、有希。こんなこと聞いていいのか分かんないけど…」

真っ暗な夜道の中、咲はひっそりと声を潜めて、あたしに問いかけてきた。

「あぁ…まぁ、答えられる範囲なら、別にいいけど。」

「有希さぁ…今日、美香となんかあったでしょ?…もしかして…告られたの?」

唐突過ぎる言葉。

あたしの心は、その一言でかき乱された。

美香の言葉、過去の結衣の言葉、そして、陵の言葉…

全てがフラッシュバックして、脳裏に張り付く。

「…はは、やっぱ凄いね、咲は。」

あたしは、無意識のうちに、咲から顔を背けてしまった。

だけど、咲はそんなあたしを、特に気にせず、話しかけてくれた。

「…あたしはね、有希が、結衣に犯されそうになったことも、葉に傷つけられたことも、全部知ってる。

だから、今回のことだって、辛くなったら、いつでも話してくれていいからね?」

咲の言葉は、じぃんと胸に沁みて。

こんな心友を持てた事も、あたしにとって最高の幸せだった。

…だけど、あたしはこの子ですらも、傷つけてしまうことになる。


「そういえばさ、今度の日曜日、稔、新人戦なんだって。」

「へぇー!じゃあ、見に行こうか。」

「私もいきたぁ~い!」

「いいよ!……え?」

咲と話していたはずの稔のバスケの新人戦。

小さいころから上手で、有志望されてきた稔の為に、前々から約束していた。

誰と?…咲と。

『私もいきたぁ~い!』

この声、この話し方、やけに馴れ馴れしい態度。

…当てはまる人物は、ただ一人。

「2人とも卒業してから冷たいから、会いに来ちゃった!」

…ゆ、い。…結衣。

何で、何でいきなり?

「ひ、久しぶりだね、結衣。何で、連絡してくれなかったの?」

咲があたしの気持ちに察してくれたのか、本心だったのか。

それは分からないけど、有難い質問の答えにあたしは耳を傾けた。

「だってさぁ、連絡したら、待ち構えちゃうでしょ?私…本当は…」

その時、結衣の口角はキュウッと吊り上がって、不気味に微笑んだ。

「…ユキニスキナヒトガイナイカ、調べに来たんだもん♪」

体中が金縛りに遭って、細い糸で、キリキリと締め付けられているみたいだった。

頭の中が、ガンと石で殴られるような、そんな痛みに襲われて。

束縛される、という恐怖を身に染みて感じられた。


「ねぇ有希!今からプリ行こうよ!」

「え…でも、もう暗いし…。」

「いいじゃん!いこ!…2人で。」

…怖い。

…怖いよ。

結衣、一体あたしに、何を求めているの?

顔が上がらなくて、結衣の顔を見るのが怖くて、ただ俯くことしかできなかった。

足が震えてる。視界がぼやける。

唇が思うように動かなくて、あたしは言葉を発することもできない。

「あ!有希!今日って有希のお姉ちゃんの誕生日会だったよね!」

「…あ、うん!そうだった!早く帰らなきゃ!」

咲の出してくれた助け舟に、すがるようにあたしは言った。

…本当は誕生日会なんてないけど。

「そっかぁ…。じゃあ、明日、学校に行くね。」

「……え」

「その時は…有希に変な虫がついてないか、調べるから、ね?」

その笑顔は、まるで悪魔に支配されたような濁った瞳が、上半月を描いていた。

真っ黒の光一つない瞳に、吸い込まれる様にして、あたしの目は釘付けになった。

遠ざかっていく結衣の後姿は、あたしを恐怖から解放してくれるようだった。



「おっはよう、有希!」

学校に着くと早々、校門の陰から結衣が飛び出してきた。

隣に居た咲は、目を丸くして「もう居るの?」とでも言いたげな顔をした。

「お、はよ。結衣…。」

「もぉ、どうしたのっ?元気ないなぁ!」

結衣はポンポンとあたしの肩を叩いた。

その後、するりと肩から手首までを撫でるようにして、手にそっと触れた。

「有希の手…細くてきれいだね。」

結衣の手が、指が、あたしの手に絡みついた。

ピクンと肩を震わせると、結衣の手はさらに激しく、撫でまわした。

「や…めてくれる?苦手なんだ、そういうの。」

あたしがそういうと、結衣はおとなしく手を引いた。

でも、その顔は物足りなそうな顔で、あたしはぞっとした。

あたしは、結衣から逃れるように、早足で玄関を通過し、教室へと向かった。

「学校公開週間」ではないから、生徒以外は学校には入れない。

それが不幸中の幸いだと思って、学校に逃げ込むようにした。


すると、教室に入ろうとしたところで、誰かに腕を掴まれた。

ぐいっと、引き寄せられた元には、…美香がいた。

「…ねぇ…有希…あの子…誰?」

あたしは、その美香の顔が、目が、哀しみで溢れていることに気付いた。

ひしひしと、力が込められていく、美香の手に、あたしは必死に耐えた。

…今、振りほどけば、美香は傷つく。

痛みが走る腕を、緊張で固まってしまった足を、必死に「大丈夫」と唱えて元に戻そうとした。

「ねぇ…誰なの。」

美香は目に涙をためて、あたしに訴えてきた。

「誰…誰なの…教えてよ…私には…教えられない、大切な子なの?」

「ち、違うって。そんなんじゃ…」

「ねぇ…私を見てよ。…私じゃ…ダメなの?」

自由だった右腕までもを掴まれて、真正面から見つめられた。

だけどあたしは、その視線から目を逸らすことしかできなくて。

「有希…は、陵が好きなの?…あの子が…好きなの?答えてよ」

「み、美香…」

「私が…こんな醜い姿だから、有希は振り向いてくれないの?」

美香の目から、涙が零れ落ちた。

あたしの腕に、冷たい涙が落ちて、一瞬凍りついた。

「有希…お願い…私を…好きになって?」

その瞬間、美香の体が、あたしの方に近づいて。

美香の唇と、あたしの唇が重なりそうになった。

唇と唇の間が、1センチあるかないかくらいのところで、美香の体は止まった。

「有希、来い!」

美香に掴まれていた、腕を振りほどいてくれたのは…陵だった。

「りょ、う…!」

そのまま腕を連れられて、来た場所は屋上に行くときに使う、裏階段。

12段目のところで、腰を下ろすと、陵は立ったまま「馬鹿!」と叫んだ。

「え?」

「お前、マジ馬鹿だろ!何で逃げねぇんだよ!俺が助けなかったら…」

はぁ、と陵はため息をついて、あたしの隣に腰かけると、腕で顔を埋めて言った。

「…無事で…本当に良かった…。」


「……っ。」

…ヤバイ。

…そんなこと言わないでよ。

胸がドキドキしすぎて、破裂しそう。

あたしみたいな、こんな奴が、こんな女みたいな感情持っていいのかな。

隣で、俯いている陵の横顔は、とても綺麗で。

無意識のうちに、心臓がどくん、どくんと大きな鼓動をたてていて。

顔が熱くて、体中が火照りそうだった。

そんな幸せで心がいっぱいになっていた時―…


「…有希、その男、誰?」

正面を向くと、そこには見覚えのある姿が、立ちはだかっていた。

暗く、沈んでいくような声。目には輝きがなく、手は小刻みに震えていた。

「ねぇ…誰なの?」

隣の陵も、その人影に気付いたのか、顔をあげていた。

陵の目は、みるみる不安な色に包まれていった。

「有希…答えて。…その男は、誰?」

見覚えのある姿―…結衣は、そういって、あたしの顔に手でそっと触れてきた。

「…まさかとは思うけど…そいつのこと、好きとか言わないよね?」

「…え…っ…」

「…言わないよね?…ね、有希。」

結衣の顔が、美香の顔と重なる。

2人とも、あたしに好きな人がいると知ったとき、酷く哀しい顔をする。

その歪んだ顔を見ると、胸が締め付けられる思いだった。

「結衣…ごめんね。」

あたしはそれしか言えなくて、ただ、結衣の顔を見るだけで精一杯だった。

それに気づいてくれたように、陵は、あたしの手をそっと握ってくれた。

それだけで、あたしは安心できた。

「…『ごめんね』って…どういう意味なの?…好き…なの…?」

あたしは頷かなかった。だけど、首を左右に振ることもなかった。

ずっと、結衣の目だけを見て、結衣に想いが届くことを願った。

…そうだよ。

…あたし、陵の事好きなの。って。

「…ねぇ…何でそんな真っ直ぐなの。…否定、してよ。」

結衣の目が、きらきらと輝き始めた。

それが、涙だということは、見ていればすぐに分かった。

「…ねぇ…っ…お願い、『違う』って言って。…『結衣、大好き』って、言ってよ。」

美香と同じように、結衣の涙は頬を伝って、零れ落ちた。

次から次へと落ちる涙は、あたしを一瞬躊躇させた。

「小学校の時みたいに…私のこと想ってよ。…私を一番に…考えてよ。」

「…ゆ、い…結衣…ごめんね。」

「あやま、らないでよ。…『好き』って言って…言ってよ…。」

「…ごめんね。」

あたしが謝ると、結衣は、その度にポロポロと涙を流した。

結衣の涙は、止まることがなくて。

「…有希…有希がその男を好きって言うなら…」

俯いていた結衣の顔は、あたしにまっすぐ向けられた。

あたしもそれに応えるように、顔をしっかりあげて、結衣を見た。

「…その男を、殺していいよね?」


結衣の言葉。

美香の言葉。

それは、どちらも『陵を殺す』という意味だった。

2人は似ている。

あたしを束縛するために、あたしを護ってくれる、大切な人を殺そうとしている。

…あたしのせいで、陵が危険な目に遭う。

そう考えるだけで、血の気がさぁっと引いた。


「…有希…よく考えて。」

結衣の手は、あたしから離れて、結衣の体の横に戻った。

「…その男を選ぶか、私を選ぶか…。」

結衣はくるりと後ろを向いて、歩き始めた。

少しずつ遠ざかる結衣の後姿。

前とは違って、その後姿が遠ざかると、不幸がかわりに近づいてくる気がした。

「…どちらを選べば利口か…ちゃんと考えてね…有希?」

頭痛がする。

もう、何も考えられなくて、あたしはただ、呆然とすることしかできなかった。

あたしの手を握ってくれていた陵の手は、ガタガタと震えていた。

陵の顔は、青ざめていて、今にも泣きだしそうだった。

…そうか、1番怖いのは、陵なんだ。

…あたしが、陵を危険な目に遭わせてるんだ。


「…陵。」

あたしは、真っ直ぐ前を見ながら、陵に言った。

「今度は、あたしが陵を守ってあげるね。…だから、大丈夫だよ。」


そういって、陵の冷え切った手を、あたしは握り返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ