表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Restrict  作者: 幸来
3/10

第2話 ~出会い~

…また、あの日のこと、思い出してしまった。


あたしは、この思い出を封印しようとしていた。

だけど、「結衣」と書かれた画面を見るたび、どうしても思い出してしまう。

…怖い。

ただの自意識過剰かもしれない。

だけど、すぐそばに結衣がいる気がして、怖い。

いつ、どこで、また何をされるかわからない。


あたしは、脅えるほど恐ろしい気持ちを皆に分からない様に隠し、

震える指で、メールを開けた。

『おはよう♪今日は入学式なんだって?おめでとう。…私も行きたいなぁ、有希のところに。』

卒業式の日から、毎日のように送られてくるメール。

1時間おきには「何してるの?」というメールが来る。

あたしを束縛するようなメールは、毎日届いていた。


「どうしたん?早く行こうや。うちら1組やよ!」

和奈の独特の方言が、あたしの耳に響く。

…あたしがこんな目に遭ったのは、少なからずとも和奈のせいでもあるんだけど。

それ、分かってんの、この人。

でも、そんなこと言えるはずもない。

「あー!ごめんごめん!行こうか!」

あたしたちは、足並みそろえて、玄関へと向かって行った。



「12:30から、入学式です。それまで、班で自己紹介を進めてください。」

教室へと着くと、あたしの席は左から4列目の、前から3番目。

前の席は美香で、後ろの席は和奈だった。

斜め前は稔で、一人挟んで隣が咲。

新しいクラスの席は、あたし的に上々だった。

「おい、男子共、早く座れ―。」

先生は廊下でざわついている男子に向かって、大声で言った。

男子たちは、いそいそと自分の席を確認して、座り始めた。


斜め後ろのヤツは、見た事のない顔だったから、多分違う小学校の奴だ。

隣はー…葉、だった。

「よ…う…。」

無意識のうちに、ポロリと声が出てしまった。

ハッとなって、あたしは右手で自分の口を押えた。その瞬間、

「…久しぶりだな、有希。」

「…うん、久しぶりだな、葉。」


…好きだよ、葉。

今でも、あたし、葉のこと好きだよ。

あんなに傷つけられたけど、今更嫌いになんてなれないよ。


「なぁ、自己紹介始めようや!じゃあ、そっちから順番にな!」

和奈が早速リーダーシップを取って、あたしたちに指示をする。

指を差された美香は急におろおろしながら、「え…と…」とだけ言った。

「美香、大丈夫。落ち着いて言いなよ。」

あたしは、美香を落ち着かせるために、微笑みながら言った。


すると、右斜め前の見知らぬ男子が大声で笑って言った。

「お前、デブでブスだなー!しかも暗いとか、最悪ー!」

うん、勿論、このあたしが黙っているわけがない。

「ちょっと、お前!何言って…」

「おい、そういうこと言うの、やめろよ。人それぞれだろ?」

あたしが言う前に、聞いたことのない、男子にしては高めの声が聞こえた。

「え…っ?」

「誰かお手本やってやれや。えーっと…有希、だっけ?」

その声の主はあたしの斜め後ろの席のヤツ。

「はぁ?じゃあお前がお手本、すればいいだろーが。」

「うっわ、マジ怖えー…。」

「…何か言った?」

「い、言ってません!何も言ってませんよ、僕は!」


…なんかこいつと話すと、調子狂うな。

あたしは、名前も知らないヤツのことを、そんな風に考えながら自己紹介を始めた。

「初めまして。まぁ、ほぼ知り合いだけどさ。あたしは有希。1年間、よろしく!」

そういうと、和奈は「ヒュー!男前!」と冷やかしを入れる。

…まったく、調子の良い奴だ。


そして、それを聞いた美香が再チャレンジした後、和奈、葉、と自己紹介が終わった。

「…初めまして。陵といいます。将来の夢は……「陵」という名を歴史に残すことです。」

りょう


これが、君との出会いだった。



それから、しばらくもしないうちに、あたしと陵は仲良くなった。


陵は、正直言って、地味でパッとしない。

授業に積極的に参加するわけでもなく、密かに陰で支えている様な感じだ。

顔だって、そんなにかっこいいわけでもない。

ただ、結構身長があって、必要以上に細いというのは、一つの特徴とも言えるかもしれない。


「俺、ロックバンド好きなんだ。」

「ロックバンドォ?何それ、今時はJ-POPだろ。」

「お前ってやつは…ロックの良さを分かってないな。」

「分かるわけねーだろ、バカ。この時代遅れが!」

「時代遅れ!?世界中のロックファンに謝れ!」

「だって、実際、時代遅れじゃん!!」

あたしは、和奈と喋るついでに、後ろを向いていた。

でも、和奈と喋る時間より、陵と喋る時間の方が、明らかに長かった。

何でかは、自分でもよくわからない。

だけど…何だか、安心できる心地よさというものを感じられる一時だった。


でも、その時陵は気づいていたのかもしれない。

…美香が、恐ろしい眼で、あたしたちを見ていたことに。



「なぁなぁ、テスト何点やったぁ?」

新入生テストが終わり、その結果が返ってくる時期になった。

もうすぐ、6月。

雨が降る度、あたしはあの日を思い出すのだろう。

先生に呼ばれて、あたしはテストを受け取りに行った。

和奈は、自分の点数に満足しているのか、誇らしげな顔をしている。

「えーっと、あたしは…98点!」

あたしは、自分で言うのもなんだけど、元々成績も良い。

特に英語なんかは、3歳から英才教育を受けているおかげで、帰国子女並みの英語力だ。

「えぇぇっ!?うそや~…ウチ、絶対勝てると思ったんにぃ!」

和奈は残念そうに肩を落としている。

「え!でも和奈も92だ!すごいな!俺、87だぞ!」

葉は、和奈の手に握られていたテストをのぞき見しながら言った。

「ねぇ陵!お前、何点だった!?」

あたしの予想では、あたしと張り合えるぐらいの点数。

「人それぞれ」なんていう、心の広い、大人な感覚を持っているくらいだ。

勿論、頭だって、きっと良いに決まっている。


「えぇっ!無理無理無理!」

「な、何で!?」

「だって、俺、頭悪いし…!」

そういって、陵はテストを自分の後ろに隠した。

だけど、本当にそんなことで、あたしからテストを守れるとでも思ったのだろうか。

速攻で、陵の左手から、テストを奪い去る。

「あぁぁぁぁあぁぁっ!」

「よっしゃ!ゲット~!」

パラ...とテストを開いてみると、驚きの点数が赤色で記されている。

「プッ!30点~!?」

「こっ、声がデカいんだよ!」

ヤバイ、笑いが止まらない。

陵といると、何もかもが面白くて、目に映る世界が輝いて見える。

大袈裟かもしれないけど…でも、少なくとも結衣のことを考えることは無くなった。

それだけで、あたしは十分だった。


いつの間にか、失恋の傷…、葉への想いが、あたしの心から消えていた。


「なぁ、美香は何点やったんやぁ?」

和奈が美香に明るい口調で、話しかけている。

いつも、孤独だった美香も、あたしたちと打ち解けてから、少しずつ明るくなっていった。

「あの…私…22…点、だった…。」

「あ……。」

和奈は気まずそうに、目を泳がせて、返事に困っていた。

あたしは、それに助け船を出すように「じゃあ、今度勉強教えてあげるな!」と言った。

すると、美香は「家に来るの?」と、当たり前のことを聞いてきた。

「うん。何言ってんの、そうに決まってんじゃん。」

「え、あ、うん…。楽しみにしてるね?絶対…来てくれるんだよね?」

耳まで真っ赤にした美香は、少ししつこいくらいに、あたしに何度も聞いてきた。

あたしは、それを少しも疑問に感じず、「うん、絶対!」と言った。

この約束が、のちのち悲劇をもたらすとも、知らずにー…。


先生が、出張だからということで、テスト返しの後は自習となった。

その瞬間に、またあのバイブ音が鳴る。

さぁっと、血の気が引いた。

…また…結衣だ。

ケータイを皆には見えない様に、そっと取り出し、画面を見た。

やっぱり、思った通りだった。

画面には「メール一件」と表示されていて、差出人は「結衣」だった。

『ねぇ、今何してるの?授業中?…まさか、好きな人ができてたりしないよね?そういえば、最近、有希ったら、メール冷たいよね。これからは絶対に、5分以内に返して。』

遠くにいるはずなのに、結衣がやけに近くにいる気がする。


…怖い。怖いよ。

あたしのこと、束縛しないでよ。

あたしは、好きな人ができることさえも許されないの?


『ごめーん>< 今、授業中なんだ!だから、また後でね!』

さっと、適当に返事をして、ケータイをパタンと閉じた。

そのケータイを、またスカートの隠しポケットに入れようとしたとき、誰かがケータイを奪った。

「…どうした、肩震えてる。」

「りょ、陵…?」

すると、陵はあたしのケータイの電源を落とし、そのまま自分のポケットに突っ込んだ。

「ちょっ、陵!?」

「何があったか知らねーけど、そんな辛そうな顔されて、黙ってられるわけねーだろ。」

陵は、そういって、くるりとあたしに背を向けると同時に、口をまた開いた。

「せめて、俺が近くに居る時くらい、嫌な事、忘れればいいだろ。」


そう言われたとき、あたしの心はふいに軽くなった。

地味で消極的な陵だけど、たまに、人の心をじんとさせる言葉を言う。

陵にとっては、当たり前の事かもしれないけど…

…あたしにとっては、とてつもなく大きな心の支えになっていた。


「そういえばさ、有希って葉の事好きなんだよなぁ?」

同じ小学校出身の男子グループが、そういってからかってきた。

「ちっ…違うって!そんなの昔の話じゃん!」

「おいおい…有希、お前喜べよ!葉も有希の事好きなんだぞ!」

「お前らって、両想いだよなぁ~。」

あたしは、一瞬だけ、ぱあっと心が明るくなった気がした。

…届かなかった想いが、やっと届いた。

結衣は今、遠くにいるんだ。あたしを束縛するものは何もない。

…あたしは、この初恋を叶えられることができ…

そう考えていた瞬間に、ふと、目の端に陵の姿が映った。

「…有希、葉の事…好きなのか?」

陵の顔は、どこが寂しげで、あたしは見ていられなくなった。

それは、陵を傷つけたことに対して、後ろめたさを感じてたわけじゃない。

陵に対して芽生えていた気持ちが急に咲き誇って、嫉妬してる陵を愛おしく感じたからだ。


…陵。


出会ってから、まだ数週間。

葉との思い出の方が遥かに多くて、一緒に居た時間だって長い。

だけど、一緒に居た時間なんて関係ない。

それ以上に、これから思い出を作っていけばいい。


まるで、何かの運命のように。

たとえ、それが神様のほんの気まぐれで起こったことだったとしても、

あたしは、君に出会えたことを感謝する。


…神様、あたしと陵を出会わせてくれてありがとう。


でも、この気持ちが、これからどんな風に変わっていくのか。

この気持ちのせいで、皆が傷つき、あたしは大切なものを失っていく。


…そのことに気が付いたのは、3ヶ月後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ