1
右の頬になにか冷たいものを感じて僕は目を覚ました。
そんなに長い時間寝ていたとは思わないがとても深い眠りについていたようだ。寝起きがずいぶんとすっきりとしている。
頭をかきながら此処はどこだろうと思ったが、無機質な壁が目に入りすべてを思い出し始める。
此処は『三千年機構』と呼ばれる組織の一室。
その組織は人類が3000年まで、否、それ以上の未来までも生き続けられるように日夜世界の裏で働く国家権力の元活動をしているらしい。
詳しいことは分からないが僕が聞いた話では、地球温暖化を抑える物質の開発や年々増える砂漠での環境下でも育つ植物を生成(遺伝子操作などもしていると聞いたのでここは生成と記しておく)などをしているとか。
これだけ聞くと未来のために頑張っている人達と思えるが僕にとってはどうでもいい。
僕がいるのはそんな機関の一室。
いや、部屋と言うよりは倉庫と表現した方が想像しやすいだろうか。少なくとも人が過ごすように設計された場所ではない。長方形の窓が上部に取り付けられ、硬くて丈夫な床や壁なんかを見るといかにも倉庫として設計されている気がする。
唯一取り上げるべきはこの倉庫の広さだろうか。多分、高校の頃に僕が通っていた教室よりかは広い。ここで過ごすのに必要な家具を入れていてもキャッチボールくらいは出来そうな広さがある。ドッジボールやりたい…
まぁ、僕がこの三千年機構で過ごす場所としてここを選んだ張本人なのであまりどうこう言うつもりはない。
普通の部屋よりもここはなぜか落ち着くし、何よりこの床は元々が倉庫だからなのか水をはじく鉄(僕は鉄だと思っているが分からない。アルミ、なわけはないだろうし)なので掃除もしやすいのだ。だから基本この倉庫は綺麗だ。
床が綺麗だとついつい横になってしまったりしないだろうか。お茶目心などで。
僕は今日、床で眠りについていてしまったようだが、どうやらそんな童心にかえっての理由ではないようだった。
身体を起こして右の頬に触れる。
その手には真っ赤な液体がべったりとついていた。
「…またか」
よく見ると僕の周りは赤い血で染まっていた。血溜りの孤島のように僕は真っ赤な絨毯の上で寝ていたようだ。
その光景を見て僕の寝ぼけていた意識はすぐに覚醒した。
思い出した。
僕は昨日、ここで首をナイフで切った。
頚動脈を一刀両断した。
今まで寝ていたのではなく、ただ気絶していただけだと言う事もいまさらながら把握する。
僕はそのまま首を触って切り口を確認する。
首にはナイフの切り口らしき感触は無い。
いや、無いのではない、もうすでに再生しているのだ。
確かに僕は自らの首から血が噴出すのを見た。
致命傷だ。
だけどそんなことでは僕は死なない。
死ぬことは無い。
死ねない。
不死者。
それが僕。
これが僕がこの三千年機構にいる理由。
『死なない研究』をしている部署の研究対象として僕は今此処にいるのだった。
僕の不死性は生まれ持ってのものではなく、後天的にこうなってしまったのを知った機構はすぐさま僕に接触し、色々とあって今に至るんだった。
「回想終わり」
最後のほうはおざなりな回想になったがもうこの辺まで思い出したからもういい。
僕の自殺癖はいつものことだし、毎回自殺するたびに記憶を思い返さないといけないのにも飽きた。
毎回、死ねないくせにこんなこと繰り返しても意味がないし。
それよりもまずは掃除をしないと。
雑巾ももったいないし、もうこの上着でいいや。
残りはティッシュで十分だろう。
僕は上着を脱いで周りの血を拭き始める。
見る見るうちに上着は赤く染まっていくが床はすぐに綺麗になった。
本当に掃除が楽でいい。