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黒幕

 小山内は、拒たんぱく質症への有効処方として、人間の体内にてウィルスがたんぱく質を分解するよりも早いスピードで、たんぱく質を自力生成することができるようになるたんぱく質加速組成剤Gプロテインの研究を進めていた。取り返しのつかない事態、バタフライエフェクトを引き起こす前になんとか合成たんぱく質に頼らなくてよい方法を考案する必要があると切羽詰っていたからである。また、最近のケインズとテクノクラートの動きは、小山内には疑問に思うことが多くなってきており、強大な権力を持ったテクノクラートとケインズとの対立は時間の問題と考えていた。


「急がなくては、もしテクノクラートが暴走してケインズと対峙することになったら、彼の命が危ない」


 Gプロテインの構想はもともと運動嫌いの小山内がメタボ対策に考えていたもので、フィットネスセンターで布裕美と一緒にランニングマシンを使っているときにひらめいたものである。つまり、Gプロテインは、《大した運動をしなくても筋力が付いて有酸素運動が活発になり、無駄な脂肪を手っ取り早く燃焼できる健康食品》というわけである。このときの構想を元に、たんぱく質の分子構造を小さく改良して吸収しやすくしたものを開発したのである。もともと健康食品として一般に市販されていたプロテインの組成を改良し、分子構造を小さくしたことで体内への吸収速度を高めたもので、製造プロセスは既存のプロテイン会社の製造装置がそのまま使え、開発後の量産にあまり時間をかける必要がない。そしてその効果であるが、体内への吸収速度は従来の400倍以上に高まり、たんぱく質増強速度はウィルスがたんぱく質を分解する速度よりも多少早いことが臨床実験の結果明らかとなった。さらに多少歩く程度の運動で分解速度の1.5倍のたんぱく質増強速度が得られたのである。開発は成功し、2124年に完成を見た。Gプロテインの量産を提案し、更にケインズの身の危険についても対策を講じるべきであると進言しようとしていた小山内であった。




 しかしこの研究成果に対して、以外にもケインズは渋い表情であった。国際栄養学会にてGプロテインの効用が発表されることで世界は急に色めきたつであろう。


「時空跳躍を使った動物性たんぱく摂取の必要性がなくなってしまうじゃないか。」


「君の時空跳躍理論は完璧だ、今さらなぜGプロテインなんだ。合成たんぱく質を提供し続ければ人類は問題ないじゃあないか」


「永遠に過去から動物たんぱくを調達するつもりですか。人類への供給もままならないこんな状況ではいつか本当に歴史を傷つけてしまう。そんなことになったら一瞬にして人類は滅んでしまいます」


「そうじゃないんだ友よ、それではだれも喜ばない。歴史は金を払ってはくれないんだよ」


 彼の周りにいるテクノクラートたちも同じ意見であった。権力と利権はいつの間にかケインズさえも変えてしまったのだろうか。アメリカ大統領よりも強大な権力を持つと言われるケインズ、世界政府は特権階級の利権優先戦略により進むべき道を誤ったとしか言いようがなかった。


「友よ、考え直してくれ。各国の政界だけでなく軍部も含めて、ここにいるテクノクラートたちの同志が首脳を務めているんだ、世界政府がイニシアチブを取り、世界と協力して平和で住みやすい地球を作り上げることができるんだ。今、合成たんぱく質が不要になったら各国は世界政府の言うことを聞かなくなってしまう。もう少しなんだ」


「ケインズ博士、その考えもあるでしょうが、私が気にしているのはそんなことではありません。そのためにテクノクラートたちは利権をむさぼり、事実人類を破滅の危機に陥れようとしているじゃあないですか、これはあの、奇妙な性質を持った人間そのものだと思います」


「小山内、彼らは違う。これこそが正しい人類の未来なんだよ、彼らは実に優秀だ。その働きにふさわしい利権が集まるのは当然なんだ、Gプロテインなんて作っても誰も喜びはしない」


 ケインズの話に合わせるようにテクノクラートたちも口を合わせて小山内を説得しようとしてくる、ケインズ自らテクノクラートを扇動し小山内を引き込もうとしているのであった。小山内は、ケインズとテクノクラートとの対立の危険を危惧していたのだが、実際には逆であった。ケインズこそが黒幕で、彼が作り上げたテクノクラート集団は世界政府という肩書きの中で、絶対的な特権階級を作り上げていたのであった。


 


 この絶対的特権を維持しようとすると合成たんぱく質供給センターの存在は必須となる。なぜなら、人命に直接的な影響を与える合成たんぱく質の供給優先順位の話し合いは、どの国でもトップシークレットであり、国家最優先事項でもあったので、供給センターの存在により世界政府は大儀を持って、いつでも各国へ入国することができ、政策へも関与することが可能となっていたからである。そして、すでに送り込んだ各国首脳との対話も秘密裏に進めることができ、官僚のすり替えや要人の抜擢もすべて世界政府で決定することが可能となっていたのである。もちろん、そのための富裕層との癒着や利権の確保はどんどん進んでいき、世界政府はまるで華やかなセレブの社交場と化してきていた。ここにきて、突然Gプロテインが開発されたので合成たんぱく質供給センターは廃止します、とはなるわけがない。利権をむさぼるルートが確立された今、Gプロテインによる人類救済策というものは、世界政府にとっては、経済地盤を揺るがす脅威としかみえなかったのだ。当然、このGプロテインの存在が世界に公表されてはならない、ケインズ率いるテクノクラート集団はなんとかこれを阻止しようと小山内の懐柔を試みたわけである。


 ところが、小山内はタイムスリップが奈津子の事故の原因であることから、バタフライエフェクトによる人類の瞬間的崩壊を一番危惧していた。今ならなんとか間に合うはずだと小山内は考えていたのであり、ケインズとも何度も話をしてきたはずであった。いつこの世界が崩壊しても不思議ではない状況にあることを一番良く知っているのはケインズのはずであるのに、世界の崩壊を回避するより利権を優先するとは。小山内は憮然としていた。


「あなたはこんな人ではなかった。奈津子さんの事は十分理解しているはずだ、今この時点で世界の崩壊が始まっていないということは、奈津子さんの事故はまだいままでのフラーレンによる事故ではないということです。ですが、次のフラーレン、つまり10秒後のフラーレンが事故を起こしたフラーレンだとしたら、人類はあと10秒しか生存できないことになるんですよ」


「友よ、その考えは極端だ。すでに私たちは話しはじめてから1時間以上たっているんだよ。何も変わらないだろう、これからも変わらないんだ、あのフラーレンの事故が起こっても起こらなくても奈津子さんはああなったのかもしれない。結果として歴史は傷つかなかったし、今の世界崩壊も始まっていない。いつ始まるかわからないバタフライエフェクトを恐れるあまり、見当違いの政策を打つ方がよっぽど危険なんだ」


「危険なのはフラーレンの方です。まちがいなくテクノクラートたちは人類を破滅の危機に導いています。あんないい加減な政策がいつまでも通用するわけはありません」


「それだけじゃないよ、小山内、奈津子さんの事故原因は小山内の開発したフラーレンとは構造が違うそうじゃないか、あれを今の技術でつくれるのは小山内、君しかいない」


そういうと、ケインズは小山内の方をじっと見つめてゆっくりと諭すように話しかけた。


「友よ、おかしいとは思わないか、君しか作れないフラーレンが違う構造に組み替えられて過去に飛んで事故を起こした。そしてそのためのバタフライ・エフェクトはこの時代には及んでいない。つまり、まだ発生していないということになる、つまり今から未来の誰かがフラーレンの構造を改造したことになる。それは未来の誰なのか、誰が一番可能性が高いのか。もうわかるだろう、友よ」


小山内は頭の片隅にあった、その可能性を否定することはできなかった。


「そうかもしれない、でも、だからといって、フラーレンを使い続けるのは危険だということです。奈津子さんの事故がある以上、未来のどこかで歴史がきずつき、世界が崩壊する日がくるのは間違いないのです」


「友よ、はっきり言おう。未来の君がフラーレンを改造してそれを過去に放ちその結果奈津子さんの事故が起こったという可能性がもっとも高い。これを回避するための最善の方法は、君が世界政府のやることに口出しせずおとなしくしていることなんだ。仮に、ここでセンターを閉鎖したとしよう、Gプロテインの効果が上手く得られずセンターを再会することになったりしたらどうなる。そこでフラーレンを今より良いものに改造したとしたら、それこそ奈津子さんの事故との関連が強くなるじゃないか、そんな事を君にさせるわけにはいかないんだ」


 ケインズの主張はもっともであった、もちろん小山内はこの事ばかりをずっと考えてきたのである。


(奈津子さんの事故の原因となったあのフラーレンを作ったのは誰か)


 もちろん一番可能性の高いのはケインズの言うとおり未来の自分である。しかし、もう一人このフラーレンを改造するだけの知識を持っている人間がいるのだ、それはケインズ博士である。小山内を悩ませているのは、もしケインズ博士が犯人ならば、なぜ彼が新しいフラーレンを作る必要があったのかということが分からないからである。今現在のフラーレンと時空跳躍装置を自分に触らせない事を見ても、やはりケインズ博士がもっとも怪しいと小山内は考えていた。


(Gプロテインの大量生産を急がないといけないな)


そういう小山内の思いを先回りするように世界政府の圧力は凄まじいものがあった。その夜、まるで待機していたかのように、世界政府の秘密警察がGプロテインを開発した栄養科学研究所を包囲し、研究所は閉鎖された。そして実験データや製造方法の全てを世界政府に奪われてしまったのである。 小山内はタイムスリップの管理運営という名目で世界政府の監視下に置かれることとなった。もちろんGプロテインの製造に関するデータや資料は全て消去されたし、Gプロテインの製試作品と実験用の昆虫も廃棄されてしまった。




 しかし、命令を文面どおりにしか実行しない官僚部隊が行った『廃棄』とは、Gプロテインと実験用昆虫を一緒にして裏山に、廃棄というより放置しただけだった。普通の昆虫はGプロテインを食べないため、放置されたGプロテインは土にかえって行くはずであったが、一緒に放置した実験用の昆虫はGプロテインを既に投与されていたため、Gプロテインをえさと認識し食べるようになっていた。そして、この昆虫はGプロテインを摂取した事から当然の結果ではあるが、たんぱく質の摂取速度が増強されており、同時に優れた成長力も持ち合わせてしまっていたのである。このためGプロテインは昆虫たちの格好のエサとなり、異常な繁殖となっていった。そして翌2125年の夏にはGプロテインを過剰摂取し、巨大化、肉食化した昆虫が世界中で確認されるようになっていた。




 Gプロテイン、またもや小山内の業績は人類の滅亡を早めただけにすぎないように見えた。なぜなら、肉食昆虫のエサは、、、


 人間


であったからである。



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