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テクノクラート出現

 国際栄養推進機構は世界平和の象徴となり、翌2122年1月、世界政府が誕生した。世界中から優秀な、いわゆるエリート技術官僚『テクノクラート』たちが召集された。ニューヨークに世界政府常任会議が設置され、国際栄養推進機構もこの中に組み込まれた。そして、ケインズ博士は初代世界政府総裁に任命された。もちろん誰も異論を唱える者はいない、世界政府常任会議満場一致の可決であった。そして、総裁へ就任後のケインズの決断と行動は早く、人類滅亡を回避すべく直ちに対策案が検討され実行に移された。合成たんぱく質がさらに改良され、2月には世界各地に合成たんぱく質供給センターが設置されたのである。世界中に世界政府の合成たんぱく質供給センターができたことで、人類だけでなく人類に必要な動物までも新型合成たんぱく質の安定投与が可能となったのである。2月の雪の降る日、ケインズは世界に向けてゆっくりと話しかけていた。


「みなさん、今回のウィルスは確かに強力です。人類の脅威といえましょう。しかし、今我々は対策を打ち始めました。世界政府の最初の仕事は人類をこの謎のウィルスから守ることです。この新型合成たんぱく質を投与すれば心配することはありません。皆さんにお願いするのは、月1回の定期投与だけです。そしてさらにお願いですが、これは人類だけでなく動物にも必要なことなのです。どうか近くにいる動物、猫でも犬でも、もちろん牛でも馬でもどんな生き物でもかまいません、投与センターへ連絡ください。人類滅亡の危機は回避されたのです、人類も動物たちもみなこれまでどおりの生活が可能となるのです。我々人類は地球上のあらゆる生物の生存に責任を持つ義務があると思っています。」


ケインズの目線はすでに人類ではなかったのだ、地球規模で物事を考えて実行するという世界政府の理念を既に立ち上げ、自ら実行を始めていたのである。




 小山内はケインズの偉業を称えると同時に、自分も何とかケインズの役に立ちたいと願った。


(今のうちになんとか打開策を考案しないと、このままでは合成たんぱく質の生産には限界がある)


そこで、TMR素子による時空跳躍で過去から動物性たんぱく高分子を持ち帰れないかと考え、分子摘出機能を持ったナノマシンと、これを運ぶフラーレンの設計を進めた。奈津子の手術用に開発していた超精密ナノマシンと搬送用フラーレンをほぼそのまま流用することができたのである。2週間後、この結果を話そうとケインズに会ったが思ったよりひどい状況であると小山内は悟った。あの前向きで人前で弱みを決して見せないケインズが、テクノクラートたちを前に、疲労の色が濃く顔色も悪く鋭さがなくなっていて、希望を失った顔をしていた。こんなケインズを見たのは、小山内ははじめてであった。


「ケインズ総裁、ちょっと聞いてください。今のままでは、合成に必要な種となる動物たんぱくがどんどん減っていくことになります」


ケインズは、まさに図星とばかりにうなだれながら、周りにいるテクノクラートや小山内に力なく語りかけた。


「ああそうなんだ、これは単なる時間稼ぎに過ぎない。この間に根治的な治療法を開発しなくてはならないのだが、全く時間が足りない。友よ、今回はさすがの私もだめらしい、神は人類の滅亡を願っているかのようだ」


「いえ、そうではないと思います。私の提案した時空跳躍理論ですが、あれを使えるのではと思って来たんです。時空跳躍理論がこの時代に完成したのはこのためだったのだと思いませんか」


 テクノクラートたちは意味を理解できていなかったが、ケインズの顔にはにわかに血色が戻ったのがわかった。鋭く将来を見抜くその眼光がみるみる蘇ったことで、ケインズの頭のなかに新たな戦略ができあがったことを期待させた。


「おおなるほど、過去からもってくるのか。それはすばらしいアイデアだ。しかし、それでは歴史がかわってしまう危険があるが大丈夫なのか。たとえ1匹の動物でも過去から消し去ってしまうと未来はない、バタフライエフェクトが起こるのではないか」


「はい。消し去ってしまうとバタフライエフェクトの実証実験になってしまいます。消すのは実体ではなくて痕跡です。実体は残して、たんぱく質を取ったという痕跡の方を消すのです」


「そんな、神業が本当に時空跳躍理論で可能なのか」


「ええ、フラーレンの中に、0.7ナノの機械蚤ナノマシンを封入して過去へ転送するのです。時空跳躍装置を使うと、フラーレンは過去に一瞬だけ停滞した後フラーレンの中身だけ置いて現代に引き戻されます。したがってフラーレン自体は歴史に影響を与えません。ところが、過去にはフラーレンの中身である機械蚤ナノマシンだけが残っています。ナノマシンは人間に寄生してたんぱく質の高分子を摘み取り、そのあとナノマシンの座標に空のフラーレンが回収に行くというわけです。」


ケインズと彼を取り囲むテクノクラートたちは皆うなづき、彼の革新的な提案に喝采を送った。


「そうが、その手があったか。高分子レベルならバタフライエフェクト量子誤差が使える。友よ、君はやっぱり天才だ、人類を救ったのは間違いなく君だ」




 ケインズは小山内の偉業を称え、直ちにナノマシンの量産と時空跳躍装置の開発を進めた。十分な栄養を蓄えていた過去の人間からだったら、分子レベルのたんぱく質をどんなに摂取してもその人間へのダメージはない。もともと栄養過多であり数秒で回復してしまうからである。シミュレーションコンピュータも、直後の人間の排泄物が数ピコグラム減少する程度で、歴史への影響はないと答えていた。たとえ分子レベルでも、過去のあらゆる時代から動物性たんぱく質を何度でも入手することが可能となるのである。事実上、無尽蔵といってもいいのである。2122年7月、世界各地の合成たんぱく質供給センターに時空跳躍装置が設置され、同時に多重フラーレンに封入された高分子たんぱく質摂取ナノマシンがあらゆる時代に向けて放たれ、一斉に動作を始めたのである。小山内はケインズの役に立ちたい一心で今回のプロジェクトを提案したのであるが、数十億のナノマシンが過去へ放たれる様を見るとやはり不安は抑えられなかった。


(ナノマシンが誤動作すれば歴史を変えてしまう。第2、第3の奈津子さんが出てしまう)


歴史の崩壊を食い止める為には、別の方法を考える必要があった。


 しかしケインズが開発した『合成たんぱく質』が人類を絶滅の危機から救ったことで、世界はケインズの偉業を称え、世界平和に向けて大きく動き出していたし、その中核を担っているのはまぎれもなく世界政府であり、ケインズ率いるテクノクラート集団であった。しかしそれでもケインズは自分の業績を自慢することはなく献身的に働いた研究所の研究員を称え、小山内が真の功労者であると世界に報じた。


 人類滅亡の危機は回避されたのであるから、世界中がケインズを賞賛するのは当然である。そして小山内は、ケインズが人類救済のために自ら夜を徹して働いていたのを目の当たりにしており、その献身的で的確でスピーディな判断と行動は小山内に再び感動を与え、ケインズへの敬愛やまぬところとなった。小山内は、ケインズを友と持ったことだけでも神に感謝したいほど誇らしかった。もちろん、これによりケインズはアメリカ大統領以上の強大な権力を手中に収めることとが可能となったが、既に地球規模の目線にあるケインズはそんなことを善しとはしなかった。


「世界政府総裁は各国の政策に干渉はしません、総裁が各国の政策決定権を持つことは独裁の温床となります、そんなことを世界政府は望んでいません。世界政府は国際連合の意思を継ぎ各国の代表による理事会にて決議を継続することとします」


 各国の首脳陣の一番の懸念事項であったことをケインズは先回りして解決してしまい、各国と世界政府との絆は一層深まることとなった。このようなケインズの人徳はすでに世界に広く知れ渡っており、人類は彼の会社の財政状態を心配こそすれ人望の厚いケインズ博士の野心を疑う者はなく、世界政府の誕生により、人類の滅亡回避という事態は好転しているように思われた。




 しかし、ケインズだけでなく、世界政府に集められた世界中からのテクノクラートたちまでも国際連合に変わる大きな権力を持つようになってしまっていた。このテクノクラートたちはどう見ても、小山内にはあの時ケインズに言われた《奇妙な性格を持つ人間》としか思えない集団であった。ケインズ率いる世界政府とテクノクラートたちは、結果として膨大な利益を貪り富を蓄え始めていたのである。


 そして、短波による通信装置を通して春彦から詳しい状況をきけるようになってから、奈津子の事故の原因は自分の開発したナノマシンとは異なるタイプのようであることが分かってきた。ナノマシンは誰にでも開発できるものではない、凡庸にしか見えないテクノクラートたちでも中には精鋭もいて、小山内の開発したナノマシンを悪用することになるのではないか、と小山内は考えていた。とはいえ結局は自分の研究の結果であり自分が原因で起こった事故であることに変わりはない。


(奈津子さんの影響がどれほどのものか計り知れないものがある。一刻も早くナノマシンを過去に送り込むことを止めなくては。万が一を考えると、ナノマシンと多重フラーレンを破壊するための攻撃フラーレンを開発して、更には合成たんぱく質に頼らない別の手段も講じておく必要があるな)


このとき小山内は、たんぱく質を体内で加速的につくりあげる物質、Gプロテインの研究をはじめようとしていた。




 小山内の心配通り、世界政府に集まったテクノクラートたちは各国の大臣を兼任し権力を欲しいままにしていった。ケインズの統制下で、テクノクラートたちは最初はおとなしくしていたものの、派手なパーティや豪邸の購入、高額収入などむちゃな行為はしだいに各国メディアの批判を浴びていくことになった。しかし不思議なことに各国からの正式でも内密でも遺憾の意が表明されることはなかったのである。これはつまり各国の首脳陣のほとんどがテクノクラートたちに取って代わられていたということである。メディアがこのことを嗅ぎ付けるよりも先に、今度はテクノクラートたちが先手を打ってきた。世界政府への人材登用の公正化のため登用試験を開始したのである、登用プロセスが透明化されたことで、政府の大臣も世界政府の人材も登用に関して不正は一切できなくなった。メディアが嗅ぎ付ける要因がなくなってしまったのである。確かに正しいことをやっているように見えたわけであるが、これも実は登用されれば、自分の家族に優先的にたんぱく質を提供できるし年収も上がるという仕掛けになっていた。一部の特権階級はこぞって登用試験を受けるようになった。そして登用試験はもちろんタダではない、事前研修期間なども含めると登用に要する費用はかなりの高額になり一般民間人ではおおよそ受験は不可能なのであった。さらに裏工作がないと合格はままならず人工たんぱく質の優先提供が始まっている現状では富裕層だけを対象とした政策であったことに間違いなかった。そして各地にはそのお金で貧困層でも利用できるテーマパークが次々に立てられ福利厚生面での成果をアピールすることとなった。しかし、このテーマパークという愚かな政策くらいしか一般人への恩恵はなかったのである。


 ところが、これだけに関していえば、子供料金はゲームのスコアで割引になったり、テーマパークの内容が素晴らしいなど、なかなかに評判が良いのである。テーマパークでは、科学技術、数学、社会科学の概念が取り込まれ、遊ぶ間に勉強ができるように工夫されていた。無能なテクノクラートが考え出したアイデアとは思えない、子供目線に立った斬新で楽しいアイデアであふれており、学校へ通うことを嫌がっていた子供が喜んで学校へ行くようになったり、貧困層の子供たちも無料で楽しく遊べ学習効果を挙げて、就学希望へ転ずるものが少なくなかった。子供向けのアイテムにしては近年の教育施策を覆す画期的な政策であったといえる。またテーマパークの維持メンテ業務にはその日の生活に困っている貧困層を雇用することで、彼らの生活も救うことができたのである。


 一見なんともお粗末な政策であったがそれなりの効果も出ていたため、世界政府に逆らう国はなく、中にはこの政策を絶賛しこれにより失業率が2ポイントも減少したと発表する国まで現れた。逆にこれを批判しテロが発生する国も少からずあったが、世界政府はこれを批判するわけでもなく、全く関与せずに国内無干渉を通した。ところが、表向きは中立の立場をとっていても裏では世界中の武器を提供しここでも暴利をむさぼり、さらに各国の軍部の閣僚をテクノクラートへと置き換えていったのである。



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