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時空跳躍理論

 小山内と布裕美の華燭の宴から6年が過ぎた2095年。これまでの小山内の研究成果といえば、宇宙空間に光速を超える事実をいくつか発見したものの、宇宙ワープにつながる発見には至らなかった。


「人類が光速を超えることは不可能なようだ。移動するにはエネルギーが膨大だ、地球上にはこのようなエネルギーは存在しない」


 6年間の研究成果は全くなかったが、小山内はワープとは時空跳躍の事であり、超光速で移動することではないと考えるに至った。つまり、実際のこの世界を超高速で進むのではなく離れた空間を途中を飛ばして直接移動するということであるが、途中の空間を跳躍するということは分子構造に影響を与えるため実際には不可能のはずで、時間だけを飛ばして移動することだと考えたのである。


 例えば、A地点からB地点に移動するのに1時間かかるとしよう。自分は1時間歩いてA地点からB地点に移動しているのだから、A地点を出発してからちょうど1時間でB地点に到着することになる。ところが途中の空間のどこかで、時間が1時間だけ過去にずれているとしたら、今度はB地点に到着した時が、ちょうどA地点を出発した時間となっているので、周りの人からは一瞬で移動したように見える、つまりワープして見えるというわけである。ところがこの考えでいくと移動している人間はそれだけ年を取っている計算になる。つまり、1万光年の距離をワープする場合、その宇宙船が光の速さで航行できたとしても、1万年かかってしまう、ワープにより一瞬で移動したとしても、中の人間にとっては1万年経っているので、とっくに死んでいるということになってしまう。だから人間ではワープは不可能である。小山内の考える時空跳躍理論とはざっとこんなものであった。




 2095年の春、小山内はハーバードの町を布裕美とケインズ博士と3人で歩いていた。


「栄二さん、まだ、これからよ」


「そうとも、小山内、君のしていることは、人類に希望を与える偉大な研究だ。神だってそう簡単には助けてくれないさ、試練は続くだろうが、いつかきっと神の恵みがある」


ケインズ博士は小山内の才能を早くから認めており、常によきアドバイスをしてくれていた。小山内も、ケインズ博士の人柄、多才な能力に憧れ、尊敬していた。二人はよき親友であった。ハーバードの町は夜店が並んでいて、いつもの静かな町とは趣きを異にしていた。


 ちょうど、移動サーカスの夜店で、子供たちが射的ゲームに興じていた。 小山内は子供たちの射的ゲームをただぼ~っと見ていた。


「チャーリー、大きいものは、だめだってば、そんなの落ちないよ。もっと、小さくて軽いものを狙うんだよ」


「わかったよ、ジョージ。あのキャラメルにするから。」


今度は、小さなキャラメルの箱が、コルクの弾ではじき飛ばされた。


「ほんとだ、ジョージ。あんなに遠くまで吹っ飛んだ!」




このとき、突然小山内にアイデアがひらめいた。 突然の小山内の叫び声に2人が驚いて振り向くと、


「そうだ! ナノ物質と高エネルギーだ」


 小山内は、ナノ物質に高エネルギー分子を衝突させることで時空を跳躍できるかもしれないと考えた。


「人だから、エネルギーが足りないんだ。小さなナノ物質だったら、衝突実験で確認できるはずだ」




 分子の衝突実験には大掛かりな装置が必要となるが、ちょうど小山内の時代にはネバダ州に大規模なウルトラ・シンクロトロンが完成していた。徳井電子工業の高橋悟博士が開発したスーパー・サイクロトロンをベースにしたもので、スーパー・サイクロトロンの電子加速装置をサンノゼ・エレクトロニクス社が改良し、ウルトラ・シンクロトロンとして完成させたものである。


 徳井電子工業の最高技術責任者でもあった高橋博士は、もともと超音波技術の製品化を担当していたエンジニアで、超音波技術の世界的権威でもあった。そして布裕美の父親でもある彼は超音波の振動解析から、波動制御理論を確立し、微小波動のエネルギー変換を解明し原子力発電を不要にした物理学者として2073年にノーベル物理学賞を受賞していた。小山内の時代の建築の強度基準や耐震基準はすべて、高橋博士の解明した共鳴波動方程式に基づいている。

 ノーベル賞となった微小振動を高効率で電気変換する波動コイルを開発した業績は本当に大きく、これ以降はこの波動コイルを用いた波動発電方式が世界標準となり、2070年代にはタービンを使った発電方式が不要となったのである。このことはつまり、原子力や火力発電といった地球環境に負担を強いる発電方式を全て撤廃できたことを意味している、高橋博士の偉大な研究成果とはこのことを指していた。さらに、波動発電は並列発電を基本としているため、一台一台の発電装置は極めて小型で、安価であった。貧困国や極地での発電に威力を発揮、貧困国でも電気エネルギーを十分に利用できるようになった、これにより、資源を持たない後進国でも安価な電気エネルギーを得ることが出来、後進国でも可能な仕事が増え、失業率が極端に改善された。これに伴って医療レベルも上昇したのである。それだけではなく、ついに波動自動車にまで発展した。波動コイルへ微小振動を与えることで発電できるこの方法は電気自動車の発電装置としてはうってつけであったのだ。これらの成果から人類は化石燃料からほぼ完全に脱却できたのである。そして、この高橋博士の研究成果の一つとして分子加速振動という理論が出てくるのである。この理論に基づいて作られたのが、電子振動加速装置である。ちょうど超音波モータのようなものを並列に使って分子を共鳴させて加速する方式で、この加速装置を使って、スーパー・サイクロトロンが開発されたのであった。




 小山内は、シンクロトロン衝突実験を繰り返していくうちに、ついに、エネルギー吸収率の高い原子が分解後質量が合わなくなり、時間をおいてもとの質量に戻ることを発見した。この質量が欠損している時間は時空跳躍をしているのではないかという、時空跳躍理論の糸口を、ついにつかんだのである。そして、原子ではなく分子レベルでのエネルギー吸収率を分析し、吸収率は分子構造と与えるエネルギーの量と方向によってかなり変化することまで突き止めた。最後には、フラーレンという特殊な分子構造体が最もエネルギーを吸収し時空跳躍に適していることまで解明したのである。フラーレンとは、炭素原子が『かご型』の構造を成して結合しているもので、C60はサッカーボールに似た形状である。ナノテクノロジが実用化した2080年より、C60フラーレンは、医薬品や燃料電池、半導体素子など、さまざまな分野で応用されていた注目の構造である。


 ところが、フラーレンを用いた実験の途中で小山内の時空跳躍理論とはそぐわない現象ばかりが発生するようになった。


「おかしい、こんなデータはでないはずなんだが。これは私の仮説に誤りがあることを意味しているな」


 せっかくの期待を裏切るような実験データばかりが現れ始めた。小山内は焦りと不安の板ばさみの中、ケインズへ相談を持ちかけた。するとケインズは、


「友よ、私はその道の専門家ではないから、君の言っていることが理解できない。すまないが力になってはやれないよ。でもな友よ、その理論は本当に間違っているのかい、理論が正しくてそのデータも正しかったらどうなるんだ」


「ケインズ博士、それは論理矛盾しているので、あり得ません。実験データ通りに時空跳躍の運動方程式をあてはめると、フラーレンの中でも特殊な分子構造を持つものだと、時係数の次数が整数比となり、割り切れてしまうんです。これだと、時係数はだんだん負になっていって、ある点でそのままとなってしまい、現在の値である0に戻らなくなってしまうんです」


「言っている意味は全く分からないのだが、それはつまり、その、時係数とかいうものが負のままだとするとどういうことを意味しているんだい、私にも分かるように教えてくれないか」


 小山内は自分の理論の間違いをケインズが指摘してくれるかもしれないと期待しながら、自分ではあり得ないと考えていることを話し始めた。話すうちに、今となっては誰かに悩みを聞いてもらいたかっただけ、とも思えるようになってきた。


「ケインズ博士、時係数が負というのは現在からみたらその分子は過去の時間を示してしまい、そしてそのまま状態が無限に安定してしまう極値解を持ってしまった、ということです。この場合、過去に行ったっきり戻ってこないってことになります、これではワープは成立しない、つまりワープを定義した時空跳躍理論そのものが成立しないということなんです」


 ケインズは小山内の、その万人に理解し難いような説明をじっと聞くと、しばらく考え込んでいたがやがて、ケインズには珍しく高揚した声でゆっくりと話しはじめた。はやる気持ちを抑えているかのように。


「友よ、時空跳躍理論もデータも正しいとすると、特別な構造をした分子構造体は特別なエネルギーの与え方をすることで、過去に行ったっきり帰ってこなくなることを証明しているということになるよなぁ。何が間違っているのかなぁ、もしもの話だが、間違っているのは時空跳躍理論ではなくて小山内、君自身の常識ではないのかね」


 小山内は、ケインズの良く分からない指摘にまたもや反論が必要であると思ったが、あまりにも理解できない指摘であったので、


「ケインズ、それはどういうことですか。私自身の常識って、私の何が間違っていると?」


 ケインズは、自分がワクワクするのをもう抑え切れなくなってしまった、ついに笑いながら大声でこう言い放った。


「ドクター小山内!間違っているのはお前だよ、君なんだよ!時空跳躍理論はワープ航法を可能にするための理論ではなかったんだよ、もっとすごい発明だったんだ!時空跳躍理論はタイムスリップを実現するための理論、つまりタイムマシンを作る理論だったんだよ!友よ、ついにやったんだ、人類始まって以来の大発明だぞ」


 小山内はケインズの言っていることを、言葉としては理解したが、実感はなかった、タイムマシンなんてできるわけがない、ないからタイムパラドックスやバタフライ理論など創造の論理が成立しているのである。しかし、ケインズの言うとおりに時空跳躍理論をタイムスリップを実現するための理論としてもう一度考え直してみると、確かにその通りなのである。


(確かにそうなる、そうなるぞ、これはひょっとして、本当にやったのか)


「ケインズ、確かにあなたの言う通りかもしれない、あといくつかの実験を行えば最適なフラーレンの構造が明らかになる。そこで実験結果がもし、フラーレンの全質量が消失することを示していれば、その可能性は大いにある」




 その後、小山内は、特別なフラーレン構造を持つTMR素子の特定に没頭していった。精密な衝突実験と複雑なデータ解析、難解な論理検証を繰り返しながら、、、。そしてそこで、昔の記憶を思い出すこととなったのだ。


「最も有力なフラーレンの構造がC60@C240@C520型多重フラーレンとは、、。これは、あの時のウィルスメールだ。あれは、ウィルスではなくて宇宙からのメッセージだったんだ!」


小山内は、6年前に来たウィルスメールのタイトルを思い出したのであった。


 74年前の2021年3月、春彦がMITのスプリングスクールに参加していた時のことであった。春彦は小山内に日本語でメールを書いてしまっていた。春彦の用意したサーバは2バイト対応ではなかった。21世紀の当時は日本とアメリカでは文字コードが違っていたため、メールは文字化けを起こしていたのである。春彦の設置したサーバや、MITの校内に隠されたサーバはほどんどが撤去されてしまったが、いくつかは残り、当時の内部クロックのまま再起動がかかるまで眠っていた。そして、生き残ったサーバが再起動し、サーバから発信されたメールがMIT内のサーバをさまよい、2089年の小山内に届いたのである。しかし、小山内の時代は文字化けなど無いユビキタスITの世界だったので、小山内は、これをウィルスと勘違いして、大学に削除を依頼したのであった。これがもとで春彦が隠した生き残ったサーバは全て見つけられて撤去されてしまったのだが、結果としてこれが良かった。C60@C240@C520、これしか確認できなかったメールはウィルスのサンプルとして、MITのサーバに10年間保管されることとなったからである。


 文字コード変換して復元した2021年に発信されたメールのメッセージは驚くべきものであった。もちろんこれは春彦からのメッセージである、宇宙からのものではなかったが、《春美》という未来の女性から夢でメッセージを受け取ったこと。そして、多重フラーレン構造を持ったTMR素子が時空跳躍に対する耐性を有していること。フラーレンの中に、ナノマシンを封入することで、タイムスリップを現実のものにすることなど、小山内のこれからの研究を裏付ける内容が書かれていたからである。ところがせっかくのメッセージを小山内はウィルスメールとして指摘してしまったため、発信源のメールサーバはあのときに撤去されてしまっていた。


「2021年の滝沢春彦君にメッセージを送らなくてはならない。」


 小山内は、他人に知られないように春彦と通信するため、そして、その春美と称する女性についてもっと知るために、今は利用価値のほとんど無くなった短波放送を使った、ピンクノイズに偽装した通信手段を考え出した。そしてこれをどうやって春彦に伝えるのか、それは小山内には分かっていなかったが、春美という人物がその役目を持っているのだろうと小山内は考えた。そこで、小山内は必要なデータを準備して春美と言う女性との接触を待つことにした。




 さて、世紀の大発見をしたこの年、小山内は当然のことながら、人生最高の時を迎えることとなった。この3月で、31才になったばかりの小山内である。彼は、MITの超越時空学研究所の教授兼研究所長という異例の昇格をモノにしていた。そして今、彼は研究者にとって最高の栄誉である、世界科学アカデミーの優秀論文賞を受賞し、記念講演の壇上に立っていた。


「多重フラーレン構造を持ったTMR素子の特性が解明されました。


 実験の結果は、TMR素子が時空跳躍に対する耐性を有していることを証明しております。


 私が確立した時空跳躍理論により、多重フラーレンを用いて時空を跳躍させることが、


 可能となりました。


 これは、人類のタイムトラベルへの第一歩です。


 以上で研究成果の発表を終わります。


 ご清聴、有難うございました。」


MITのクレスゲ・オーディトリアムのホールに、ゴーッという、うなるような拍手が響き渡った。


天才科学者・小山内栄二が誕生した瞬間である。




 壇上から降りる小山内を一人の科学者が迎えた。


「おめでとう、小山内。君は私の誇りだよ。」


ケインズ博士が満面の笑みで祝福していた。


ケインズ博士は、小山内が最も尊敬する偉大な科学者であり、研究の指導者であり、人生の師であり、親友であった。


小山内はケインズ博士と固い握手を交わして言った。


「ケインズ、あなたの指導があったからです。 本当にありがとう。」


グレートドームの前で記念式典が催される中、当の主役である小山内は、プルデンシャル・センターのレストランに居た。


「ここのクラムチャウダーは最高だね。」


前に座っている女性が、にっこり微笑んで言った。


「おめでとう。素敵よ、あなた。」


小山内は、彼女を見つめて言った。


「全ては君の支えがあったからだよ。布裕美、ありがとう。」


 布裕美は、小山内栄二の妻である。多くの人から祝福を受けるに値する偉業を成し遂げた小山内であったが、小山内は、まずはこの祝福を布裕美と二人だけで分かち合いたかった、そのための二人だけのゆったりとしたディナーであった。一介の大学の准教授から、世界が認める天才科学者への転身である。二人にとってもっとも祝福すべき瞬間であった。


 突然、PRU.RU.RU.RU...携帯が鳴った、助手のサンドラからだった。


「博士、タイムトラベルの可能性について、各界と新聞社からのインタビューがきていますよ。


 研究室の電話とFAXがとまりません、メールだって。


 うぁあ、サーバがパンクしそうです、どうすればいいんですか!」


 小山内は、パニック状態のサンドラを落ち着かせるように話していた。


「想定内だよ、予定通りあと48分で戻る。」


くすっと笑い、布裕美は言った。


「あなた、48分は中途半端ね。」


小山内は答えた。


「そうじゃないさ、君とあと14分話しをして、車に乗るのに3分、


車で移動に13分、大学の駐車場から研究所まで歩いて7分、


エレベータを待つのに4分、研究室まで歩いて6分、


それに確率的不確定誤差がプラス1分だよ。」


すべてがこの調子の小山内であった。




 そして、、、

 幸せの絶頂の5年間を過ごした2100年、小山内に子供が生まれようとしていた。




「ねえ、もし女の子が生まれたら春美と名づけたいわ。いいでしょう?」



 幸福の絶頂にある小山内を恐怖のどん底に落とし入れる強大な稲妻のように、布裕美の言葉が小山内の頭を押さえつけた。


「え、なんだって!」


 春美という名前。小山内は驚愕の表情を隠すことで必死であった。そして同時に、脳裏に重要な記憶が浮かび上がっていた。まだ生まれていない春美に関する重要な情報であった。なぜ自分がこんなことを突然思い出すのか小山内には理解できなかったが、これは自分だけでなく、家族にも人類の危機に関する重大な秘密があることを確信させた。


 小山内の子供は双子であった。長女はナオミ・オサナイ、次女は高橋春美と命名された。そう、高橋春美は、春彦の夢に出てきている女性である。彼女は日本で育ち、29才になってから、2020年の春彦の夢に出てくるようになるのである。さて、アメリカでは、小山内は一人娘、ナオミ・オサナイだけを授かったことになっていた。春美は日本の布裕美の実家、高橋博士に預けられ、出生の事実は隠蔽された。小山内は春美がこれから将来、自分の研究のことを過去に知らせることになるのはなぜかをずっと考えていた。


「私の研究に関係して何かが起こった、そのために春美を使って、過去に連絡を取る必要があったわけだ、でもなぜ2021年なんだ」


何度考えても思いつく結論は一つであった。


「滝沢春彦だ、彼に2021年に何かをさせるためだ。そうしないとこの世界が崩壊するからに違いない」




 そして、10年後の2110年、小山内栄二は46才となっていた。2095年の優秀論文賞の受賞から15年の時を経て、小山内はようやく時空跳躍理論の実証実験 として多重フラーレンを用いたタイムスリップの実験結果を発表したのである。


「多重フラーレンによる時空跳躍の理論と実証実験の成功です。」


「時空跳躍といっても、まだまだで、時空を跳躍できるのは、ナノという非常に微細なレベル、分子ほどの大きさです。」


宇宙でのタイムワープ、人間のタイムトラベルというものはついに実現しなかったとはいえ、人類は、過去と現在を往復できる術を手に入れたのである。


「時空跳躍TMR素子の発明から15年の歳月を経て完成したこの理論ですが。この15年の研究成果は、次の3つに集約されます。」


世界が小山内に注目していた。


「それは、多重フラーレンの外膜に電磁コーティングを施して時空跳躍の耐性を強化できたこと。これにより、TMR素子は過去と現在を行き来することが可能となりました。


次に、高エネルギー球を衝突させることでタイムスリップを発生させるしくみです。エネルギー量と方向の制御でどの時代まで遡るかを制御できるようになりました。そして最後に、タイムスリップさせる時間は速度の二乗に比例していて、10秒単位で制御可能としたことです。つまり、何度でもタイムスリップが可能となったわけです。 」


 


 しかし、これらの小山内の研究の素案は、15年前のTMR発明当時に既にほぼ完成されていたものである。なのになぜ、15年も研究発表を遅らせたのであろうか。実は、それは春彦からのメッセージが原因であった。春美が生まれることを知ってから、小山内は春彦が人類存亡の鍵を握ることになると考えていた。自分の作ったメッセージが将来、春美によって春彦へ伝えられていれば、そして、春彦の手によってあの通信装置が2020年で作られていれば、春彦からなんらかの連絡がくるはずである。小山内がMITのあの研究室を離れない理由はここにあった。そして、春美が生まれてからまもなくして、春彦からの通信をようやく受け取ったのである。




 春彦から受け取った17.10MHzの局間ノイズから検波されたメッセージは、小山内と布裕美を驚愕させるものであった。奈津子の容態のことが書かれていたのである。


「恐れていたことだ。」


 時空跳躍は歴史を傷つける、決して発明してはならないものであることが明白となった。しかし、奈津子の手術をするためには、時空跳躍を完成させ、更に、自動手術ナノマシンを開発し、春美にこれを過去へ送り込んでもらわなくてはならない。小山内は奈津子の治療を春彦がやるために春美が必要なのだと理解した。


「奈津子さんの手術に備え、必要な準備をしなくては。」


 タイムスリップを実用化させる前に、奈津子を救う手立てを確立させておく必要があった。小山内はこれに15年の歳月を必要としてしまったのであった。




 研究をやめれば歴史が変わる、研究が完成すれば歴史を変える。


 小山内は、天才の名と偉大な科学者の名誉を手中に収めながらも、悲惨な人類の終焉を自ら招き、それを黙って見過ごすしかない無力感に襲われていた。



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