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時空戦争

 地下研究室の前にはテクノクラートから指示された秘密警察が立っていた。彼らは、レーザ銃を持ち、体にはレーザー反射スーツを身に着けていた、ここにいる保安部長はテクノクラートで、上のテクノクラートたちからケインズ総裁拘束の命令が出されていた。


「ケインズ総裁、身柄を拘束します。反抗すると射殺しなくてはなりません。その場で両手を挙げて後ろを向いてください」


部下の2人はケインズ拘束には反対であったようだ。


「博士、非常警戒体制が発令されましたよ、下手に動き回るとセイラに射殺されてしまいます。どうか動かないで、残念ですが身柄を拘束します。上からの命令で、すいません」


「いやあ、構わんよ、ちょうどあいつらに会いに行くところだったんだ。エレベータのドアを開けておいてくれ。じゃあ、保安部長、いきましょうか」


2人が先頭に立って、エレベータに乗り込んだ、次にケインズ、後ろからは、保安部長がレーザ銃をケインズの背中に当てていた。2人の警察官がエレベータに乗り込むと、突然セイラが反応しだした。


「非常警戒体制中です、移動は制限されています。異常行動は制裁措置の対象になります、行動を制限します」


セイラは突然、エレベータのドアを閉めた。ケインズと保安部長の2人はエレベータに乗り込めず、外に置き去りにされてしまった。


「おい、どういうことなんだ、セイラ開けろ、私は保安部長だぞ」


「無駄だよ、セイラは自分で判断して動いている、もうこのドアは開かない。はぁ、階段でいくかね、ちょっとこの年だとこたえるなぁ」


「総裁、無駄口はやめて指示に従いなさい。両手を挙げて、ドアに手をつきなさい。反抗すると射殺しますよ、私には武器は通用しませんからね」


「はいはい、仰せのとおりに。そういえば、レーザ銃はきみの反射スーツには効かないんだったねぇ」


 ゆっくりとケインズは両手を挙げるふりをしながらピストルを保安部長に向けた。保安部長はもちろんピストルを見たことが無い、これが何なのか理解できていなかった。


「ボスッ、ボスッ、ボスッ!」


 鈍い銃声はPSSサイレントピストルの音であった、 春美がドアごしに外を見ると、研究室の前で保安部長が倒れていた。レーザを完全反射する薄い反射スーツはレーザ銃には有効であるが、100年以上前のピストルの弾には何の役にも立たない。


「レーザは反射するが鉛の玉は反射しないんだよ、君は知らなかったみたいだね、これでは保安部長失格だ」




 しかし、次の瞬間、春美も死を覚悟しなくてはならなくなった。銃を持ったケインズが部屋に入ってきたからである。


「ついに来たのね、ケインズ博士。あなたは狂っているわ」


ケインズは無表情で、春美に言った。


「急いでここから出なさい、奴らにばれた」


「えっ?」


春美にとってその言葉は意外なものであった。


 セイラの人工知能も、ケインズのピストルが武器であると学習した。テクノクラートからのケインズ拘束命令は抹殺指示へと変わっていた。ケインズは春美を連れて、世界政府ビルを出ようとしていた。

 2人は地下駐車場の階に来た、しかし、駐車場へ出ることは不可能である。もちろん駐車場の出入り口のシャッターも閉まったまま、世界政府の道路のゲートも閉ざされている。


「春美君、こっちだ」


ケインズは地下駐車場への出口へ向かった。


「博士、ここはセイラが閉鎖しているわ、出られない。車へはいけないわ。なぜ博士が狙われているのですか、これはどういうことなの」


 ケインズは春美の質問には答えず、春美の腕をがっしりと掴むと、開くはずの無い、閉鎖されたドアに向かって走った。そして、ドアのすぐ横にある鉄の扉、非常口と書かれてある壁を押した。


「こっちだ」


その非常口は上り階段があるだけで、下はない、もちろん駐車場への出口もなかった。


「どこへいくの」


「ついてくればわかる、急ぐよ」


2人は、非常階段を上へ上へと上っていった。何十回登っただろうか、


突然ケインズが止まった。


「ここだ」


そこは12階の総合警備室で、セイラの制御システムがある。もちろん厳重なセキュリティで、ケインズでも入ることはできない。


ケインズが携帯をかけると、ふしぎなことに、すうっとドアが開いた。


「こっちだ」


「え、ここって」


 二人は、セイラの制御システムの手前の部屋、警備管理室へ入っていったのだ。 警備管理室は警戒態勢発令のため、全警備員が出払っており部屋は空っぽだった。そこには上の総裁室へいく直行エレベータがあった。 ケインズがゆっくり春美の腰に手を回してきた。


「あれに乗ろう」


「え、でもセキュリティーゲートがちょっと、やめて」


「さあ」


「きゃあ」


ケインズが突然、春美に襲い掛かってきたのである。春美に襲い掛かり、抱きつくとそのまま床に押し倒そうとした。


「博士、やめて」


そして、そのまま倒れこむようにセキュリティゲートをくぐって、エレベータへ転がり込んだ。


 エレベータが、上昇を始めた。春美は襲い掛かってきたまま動かなくなったケインズをどけようと狭いエレベータの中でずるずると横によけていった。ケインズの背中が温かくぬるっとしていた。


「あ、これは、博士。博士、しっかりしてください」


 春美が叫んだ。セキュリティゲートでセイラから攻撃を受けたケインズの背中が血で染まっていたのであった。ケインズはゆっくり起き上がると、総裁室に入り、2人は、総裁室の非常脱出口から世界政府ビルを抜け出した。ケインズはもう歩くことはかなわず、座り込むのがやっとであった。薄れかけていく意識の中で、ケインズは春実にゆっくりと話し始めた。


「春美君、私たちは今、戦いの真っ只中にあるんだよ。これは時空戦争だ」




 それは、未来と現代と過去との戦いであった。




「今、この時まで、奴らに悟られてはならなかったのだよ」


ケインズ博士にとっての時空戦争、それは、、、、ケインズがゆっくりと春美に語った。


「世界が崩壊しないこと。紛争が発生しない人類を作り上げることが目的だったのだよ」


「え、何それは。自分で人類を破滅の危機にさらしておいて、よくもそんなことが言えるわね」


「政府の役人のほとんどは、利権に目がくらんだテクノクラートだ。」


ケインズにとっての戦争は、彼らとの戦争であった。


「奴らは権力の影に隠れて、利権を貪り、人類を破滅へと導いている。」


「奴らって、彼らはみんなあなたの仲間じゃないですか。あなたが集めたテクノクラートたちじゃないの」


「そうだな、だが、私の真の友は1人だけだよ。げふっ」


 ケインズの生暖かい血が、春美のスーツを赤黒く染めた。それでも春美は人類を破滅の危機にさらし、ただの利権のためだけに父まで殺害したケインズの言うことをなど信じようとは思っていなかった。次のありえない一言を聞くまで、、。




「春美君、奴らは、、、人間じゃあない。クローンなんだよ」


「え、博士、何を言ってるんですか。一体どういうことなの、あなたは一体何をしようとしているの」




ケインズの声は途切れ途切れで、春美にこうささやいた。


「小山内は世紀の大発明をした。私と小山内はこの発明を人類の存続のために使いたかった。しかし、私も小山内もいない未来ではそうはなっていなかったようなんだよ。彼の発明のために人類は滅びようとしている、しかし、彼の発明がないと人類を破滅の危機から救えない。これはタイムパラドックスだね、こんなことはあり得ないはずだった。しかし、このパラドックスは現実に存在しているんだ。このパラドックスが実在することの解明は小山内に託そうと思う」


 ほとんど聞き取れないようなかすかな声を聞き取ろうと春美はケインズを抱きかえて言った。


「博士、何を言ってるの、父を殺しておいて今更何を!テクノクラートって、クローンって何なんですか」


「春美君、奴らの実体は、未来の中産階級のテクノクラートたちなんだ。奴らは自分の時代では中流で、富とは縁のない、ごく普通の二流官僚たちだ。 そこで、彼らは、老いて死ぬ前に、時空跳躍のシステムを不正に使い、過去のあらゆる時代でクローンを製造したんだ、そして自分たちの記憶をそのクローンへ移植して、第2の人生を楽しんでいる。クローンは、時代、時代の利権を貪り、裕福で快楽な人生を楽しむためだけに過去の歴史に登場し、その無責任で身勝手な行動は、いつも人類を破滅へ導いてきた。」


春美の手をしっかりと握り、ケインズは最後の力をふりしぼって話し続けた。


「テクノクラートをこの時代で全て抹消し、正常な歴史に戻さなくてはならない。そうしなければ、世界政府は存続しない。馬鹿げた争いは無くならないんだ」


 ケインズは、テクノクラートが長い時を経て作り上げた、クローン技術を使った歴史支配のしくみを破壊して、しがらみから歴史を開放しようとしていたのである。これが、ケインズ博士のやろうとしていた真実であった。


「急がないと。テクノクラート・カウントダウンが始まっている、カウントダウンが終われば、もう人類はどうしようもない。肉食昆虫の異常繁殖によって、テクノクラートの世界支配が完結してしまう。その前に、まだ私たちの仲間がいる間に。春美君、小山内の元へ、早く」


ケインズの春美を握る手の力が抜けていくのに、なすすべのない春美、ケインズ博士を抱きかかえたままどうしていいのかわからない状態であった。


「春美君、後を頼む。早く、あの家へ」


最後にケインズの手から春美へ携帯が渡された。


「博士、博士」


「ちょっと、何がどうなっているのよ!全然分からないわ!テクノクラートが人間じゃないですって!小山内のもとへ?父はあなたに殺されたのよ、今更何を。父の家に一体何があるっていうの」


 春美は疑惑を抱え、混乱したまま、小山内の家に急いだ。ケインズが自分の命と引き換えに作動させたサーバールームのシステムは稼動を続けており、3つのカプセルの生命維持装置は再生プログラムを実行中であった。その一つのカプセルには、初老の老人が眠っていた。春美は、ケインズに言われたままに、小山内の家の跡に行った。


「ここだわ。ああ、ママ、ナオミ。ケインズ博士はなんてひどいことを!」


 春美がケインズの携帯を焼け跡の前に差し出すと、青い光が玄関の敷石に向かって光った。そして、あの階段が現れた。


「なんてこと、こんなしくみがあるなんて。パパ、あなたはいったい何をやろうとしていたの」


春美は急いで小山内の地下研究室に入っていった。そこには春美の信じられない光景が展開されていた、それはケインズの真実を語る光景であった。


「え、こんなことが、まさか。ケインズ博士とパパが?私がここへ来なくてはならなかったのはこのためね」


 地下研究室といってもかなりの広さである。サーバールームの奥には3つのカプセルの生命維持装置が作動していた。そして、更に奥には時空跳躍装置と、分解酵素製造システムを設置するためのスペースと必要な機材がそろっていた。そして更に奥には、、、そこは通信制御室になっていて、各国の国防副長官室とテレビ会議システムで繋がっていた。


 彼らは人間である、上司や政府高官の挙動不審に疑問を持っていた。最近では高官たちは緊急対策の召集と称して、スーパーヘパシティに逃げ込み、日常の政務についていなかった。各国の国防副長官にしてみれば、あれはリゾートマンションのはずである。あんなところでどんな緊急対策会議が開かれるというのであろうか、しかも、世界中の高官が同じような行動をとっている。


(まるで、世界が滅びる前に、マンションに逃げ込んでいるようだ)


こういう疑問をもちはじめた世界中の副長官と連絡をとっていた小山内が、このしくみを作り上げていたのであった。ケインズには秘密であったが、彼にしてみればこれくらいのことは想定内であったのである。実験室のセキュリティキーが春美が入るときは自動オープンになるように改造したのもケインズであった。


 このテレビ会議システムの前に立つ春美の後ろに、カプセルから起き上がった一人の男がゆっくりと近づいてきた。


「春美、待たせたね」


「あなたは誰?パパなの?あ、博士が、ケインズ博士が」


「ああ、分かっている、私がここにいる、ということは、そういうことだ」


春美は抱きつきながら言った。


「そうだ、早く、奈津子さんを説得しなければ」




 春美は奈津子に向けてフラーレンを放った。2021年6月、奈津子は奇跡の回復を遂げていた。春彦は5月まで脳死状態だったが、6月には既に帰らぬ人となっていた。春彦のいない現実に生きようとは思わない奈津子のはずである。春美は急いで、奈津子の命を繋ぎとめる為のメッセージをフラーレンに託したのであった。その日の奈津子の病室には光がいくつも光っていた。奈津子と春美はお互いを分かり合った。奈津子は、自らの使命から、最愛の春彦を失ってなお、過酷な人生のために死ぬことを諦めねばならなかった。春美は、自らの使命から、生きることを諦めねばならなかった。奈津子は春美のために、春美は人類のために、それぞれの、過酷な使命を受け入れたのである。




「今度はこっちよ、テクノクラートたちは驚くでしょうね、これでも食らいなさい」


 世界中の合成たんぱく投与センタにある、タイムスリップ装置に向けて小型フラーレンが転送された。あらゆる時代に飛んだナノマシンの座標は管理されており、そのすべての座標にこの小型フラーレンが転送されたのである。過去の空間でたんぱく質やインフルエンザウィルスを採取して留まっているナノマシンやフラーレンと同じ座標に転送された。同じ空間に2つの物体が存在することはできない、つまり両方とも消滅してしまうのである。ほんの一瞬の出来事であったが、世界中の時空跳躍装置、現在と過去のあらゆる時代のフラーレンとナノマシンが消滅した。




 一方で、ケインズの抹殺に浮かれているテクノクラートたちは、安心しきっていた。警戒態勢も解除され、カウントダウンも残すところアメリカ大統領だけとなっていた、これも世界政府新総裁が兼務するのは時間の問題である。もちろん、彼ら特権階級はスーパー・ヘパ・シティへの避難を完了しており、毎日を面白おかしく暮らし始めていた。スーパー・ヘパ・シティへ入ろうとしなかったごく少数のテクノクラートたちもいたが、彼らはいつの間にか姿を消していた。クローンとしての役目を終え、消滅したようであった。


 テクノクラートはケインズなきあと、新総裁を選出、文字通り、テクノクラートによる理想的な特権階級優先社会の完成まであと一歩というところまできていた。新総裁は世界に向けて新しい声明を発表した。


「ケインズ総裁は偉大な指導者でした、残念ながらケインズ博士自ら重度の拒たんぱく質症に感染しており、自らの命を引き換えに合成たんぱく質を開発されました。私、ロジャースは亡きケインズの遺志を継ぎ世界政府をまとめ、世界の平和に尽くします」


 新総裁就任は、肉食昆虫の大繁殖が始まる2週間前という土壇場であったため、様々な政策が次々と、急ピッチで進められた。しかしそれらは、スーパー・ヘパ・シティの内部優先政策ばかりであった。しかも、一般人への昆虫の被害は報道規制されたままとなっていた。しかし、一部のメディアから情報が漏れてきて、ようやくXデーと騒がれ始めた。スーパー・ヘパ・シティの分厚く高い遮蔽壁の前にはデモ団体が押し寄せ始めていた。


「うるさいやつらだ」


ロジャース新総裁がめんどくさそうに呟いた。それでも周囲の高官たちは余裕の表情であった。


「ロジャースそう言うな、あと10日もすれば、金を持って並ぶようになる。お客様には大切にしないとな、ハハハ」


「そろそろ昆虫の異常繁殖が始まってきたようだ、人間への被害もこれから爆発的にふえていくだろうな」




 小山内の地下研究室では、Gプロテインの分解酵素の製造システムが完成しようとしていた。そして、世界各国の中央空軍基地では副長官の指示で、極秘任務として特別長距離攻撃機が整備に入り始めた。ケインズと小山内の思いがつながり、一切が破壊されようとしていた。



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