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テクノクラート・カウントダウン

 2130年6月、ほとんどの人類は、これまでと変わらない生活を営んでいた。一見平和であるが、危機を知っている一部の特権階級は、Gプロテインを服用し、スーパー・ヘパ・シティに転居を終えていた。肉食昆虫の襲撃で命を落とす人間が報道されるようになっていたが、交通事故死のニュースほどではなかった。昆虫の大繁殖で人類、動物の滅亡が始まるまで、あと4週間である。春美は世界政府の地下研究室で、3年近い年月をかけて自分の遺伝子分解方法と分解酵素の量産プロセスの設計に取り組んでいた。事務しかやったことのないOLであったが、天才の娘もまた天才ともいえる才能を持っていた。それは《熱意》という才能である、決してくじけない熱意、誰でも持ち合わせているがこく僅かの天才にしか大成できない天賦の才であった。3年の年月の中で遺伝子工学を理解し、分解酵素の製造プロセスを確立させ装置設計までできるようになっていたのである。3年かかったとも言えるが、わずか3年で良くぞここまでとも言えた。


 この3年間、ケインズやテクノクラートたちはほどんどこの地下研究室を訪れることはなく、春美は自由に研究できた。これは、春美の存在価値がほとんどなくなっていたことを意味していた。小山内栄二亡き後、ケインズのシナリオ通りに世界は進んでおり、歴史はテクノクラート支配の構想で動き始めていた。もう少しでそれが完成するというところまできており、肉食昆虫の大繁殖さえもテクノクラートの収入源の一つでしかなかったのである。世界政府にとって春美は特に命を奪う必要すらない一般人の一人でしかなかった。世界中のスーパー・ヘパ・シティはすべて完成しており、テクノクラートたち特権階級は全員が入居を終え、日夜パーティやカジノで贅沢三昧に明け暮れていた。すでに世界政府をはじめとする各国の政府機能もすべてシティの中で完結しており、いまさら肉食昆虫が駆除されようがされまいが、この体制がくずれることはなかったからである。ケインズはテクノクラートたちに、


「好きにさせておけ、殺虫剤好きの変わった女、ただそれだけのことだ」


と軽いジョークを飛ばしていた。確かにケインズの言うとおり、いまさら春美が何かを変えてどうにかなるものではなかったのである。




 世界政府が、というよりテクノクラートたちが小山内を殺害しなくてはならなかった理由、それはGプロテインの副作用にあった。Gプロテインの過剰投与により肉食化してしまった昆虫であり、肉食昆虫のえさは人間であったため、最初、好物はGプロテインだと考えられていた。ところが、ケインズの研究チームの報告により、そうではないことが分かったのである。肉食昆虫から身を守るために研究が続けられる中、この肉食昆虫から身を守るもっとも確実な方法がGプロテインであることが分かったのだ。Gプロテインを摂取した人間を肉食昆虫は同類とみなすことが分かったのである。Gプロテインを摂取した人間を肉食昆虫は食べなくなっていた。この事実をタイミングよく公表することで、4週間後に人類滅亡が始まった後、Gプロテインはシティの外にいる人間に高く売れるようになるであろうと考えたのであった。一部の特権階級が更に巨万の富を欲しいままにできるとの読みである。これが小山内が命を落とした本当の理由であった。


「そんなに投与したら売る物がなくなるんじゃないか?」


「そんなことはないさ。普通のプロテインにG酵素を混ぜ合わせるだけだ。いくらでも製造可能だよ、ケインズがそう言ってたんだ」


「そうか、じゃあ長官にも」


「あいつはもうとっくに服用しているさ」


ケインズがGプロテインの効果を明らかにしていくにつれ、Gプロテインはケインズの読み通り、テクノクラートたちに次々と服用されていった。




 世界政府の総裁室にある世界地図の横には、数字パネルがあり、数値がカウントダウンされていた。


「このカウントダウンも、残すところあと5カウントか、もう少しだなぁ」


<テクノクラート・カウントダウン>それはテクノクラートが政権を制圧していない国の数を示していた。つまり、世界中にあと五カ国しかないというわけである、その5カ国とは、アメリカ、イタリア、ベトナム、フィリピン、ハンガリーの5カ国であった。これ以外の国では首相から政府高官まですべて、テクノクラートによって乗っ取られていたのであった。世界政府の閣僚会議では、日本の次の首相について議論が交わされていて、世界政府常任会議の議長が言った。


「さて、そろそろ日本の総理は私の番だね」


「ああそうだね、でも任期はこれだよ」


そういって、世界栄養機構センター長がサイコロ2つを出してきた。サイコロはもちろん1から6までしかない。つまり、日本政府の首相は最大でも12ヶ月で政権交代となってしまうのである。これが日本の政権が短命であることの理由であった。


「では次ぎに、オランダだがこれは君の番だったなぁ」


「まあ総理の就任閣議はこのくらいにして、残り5カ国を早くなんとかしないとな、G8の常任国がまだ二カ国も残っている。


「いや、あと4カ国だよ。昨日フィリピンの大統領に彼が就任したんだ。閣僚は明日すべての置き換えが完了する」


「あと4カウントか、もうすこしだな。さて、ケインズ総裁もそろそろ交代の時期だなぁ」


十分な富を得たテクノクラートたちにとって、ケインズは徐々にやっかい者になりつつあった。




「世界政府総裁か、悪くないなぁ、俺がやろうかな」


「おい、そうじゃないだろう、総裁の椅子はジャンケンのはずだろ、まあ君が勝てばいいんだけどね」


「そうさ、早くやろう」


 閣僚会議では、各国の首脳を誰がやるかを話し合っていた、そして誰もが欲しがった世界政府の椅子はテクノクラート同士の話し合いでは決着がつかず、結局ジャンケンで決めることとなったのである。先のことなど考えずに、自分たちの都合だけ優先するテクノクラートたち、ケインズが言っていたある共通の性格とはこのことであった。そしてテクノクラートたちはケインズを総裁から更迭し、自分たちでテクノクラート・カウントダウンの最後を新総裁任命で飾ろうとしていたのであった。


「その前にアメリカ、イタリアだよ、どうするかねぇ」


「肉食昆虫を送り込んでみたらどうだい、Gプロテインの提供で、国民の命と引き換えに総理の座をもらうってのは」


「え、じゃあ、イタリア人だけ生き残っちゃったりするの?」


「そういうだけさ、総裁にここの誰かが就任したら大臣を一掃すればいい、そして、Gプロテインの量が不足していて閣僚分しかないって言えばいいんだよ、彼らと彼らの家族分しかないってね。もっともその閣僚ってのはみんなここにいる中の誰かなんだけどね」


「さすが、常任会議議長だね、すばやい方針提案をありがとう。じゃあ、議長の意見に賛成の人?」


 閣議とは程遠い、小学生のホームルーム並みの内容であったが、ケインズのシナリオ通りに、これで世界の首脳がすべて置き換わろうとしていた。テクノクラートたちがカウントダウンに酔いしれている頃、日没と共に世界政府のビルからケインズが姿を消した。




 さて、小山内の焼け焦げた自宅は、すっかり片付けられ、今はただの空き地となっていた。人類滅亡まであと3週間となったこの日の夜、この空き地の前に真っ赤なランボルギーニが止まった。ガルウィングのドアを押し上げ、長身のケインズが降りてきた。ケインズが一人で外出することは珍しく、しかも死んだ小山内の家の跡にくるとは、テクノクラートに知れたらありもしない疑いをかけられて、更迭の格好の理由にされるに違いなかった。ケインズはあたりを注意深く見回しながら、やがて自分の携帯電話を取り出し、小山内の自宅の電話番号を打ち込み送話ボタンを押した。つながるはずのない小山内の自宅の電話番号であった。


「ツー、ツー、プチ、ピピポポガー」


 話中や呼び出し音ではなく、それはモデムの通信音であった、しばらくすると通信音が止まり、ケインズの携帯電話のイヤホンジャックの部分から青いレーザー光が発光され出した。ケインズはその光を空き地となった小山内の自宅跡のちょうど入り口の部分の敷石に向けた。敷石にはよく見ると、確かに小さい穴があいておりガラスが埋め込まれていた。これがレーザー光の受光部だったようだ。しばらくすると、かすかな音と共に、焼け野原の一角が沈み始め、やがてぽっかりと穴があき、階段が現れた。


「ここだったか」


ケインズはあたりを再度確認すると、穴に吸い込まれるように階段を降りて行った。小山内の家の地下には、今も地下実験室が存在し、動作していたのであった。


「春美もまだここを知らないようだな」


 ケインズは更にその下の無停電サーバルームへ降りていった。サーバーシステムは無傷で正常に稼動しており、時空跳躍装置を完成させた時から過去に放たれたフラーレンの全ての座標監視データはこのサーバーで生成されて世界政府の地下実験室の時空跳躍装置へ送られていたのであった。つまり、すべてのフラーレンのデータがこのサーバーで作られ、そして保存されいたのである。そして今ここにはケインズが立っていた。ケインズはサーバーのデータをクリスタルメモリへダウンロードした。ダウンロードが終わると、


「さてもう用済みだ、このサーバーのデータにも消えてもらおうかね。下手な痕跡があると困るんでね」


ケインズはダウンロードが終わると、サーバに残されたフラーレンの不正使用の証拠であるフラーレンの転送先座標データをすべて消去してしまった。そして、


「いよいよ、最後はあの娘だ」


そうつぶやくと、サーバーシステムのディスプレイにある3つのカプセルの絵のついたアイコンをダブルクリックした。何かのシステムがサーバーの中で動き始めたようで、画面にはなにやら計測器のようなものが表示されて動き始め、時限装置のような数値のカウントダウンが始まった。ケインズはそのディスプレイを確認することもせずに急いで小山内の地下研究室から出ていった。




 ケインズは、春美に対して何かを決意したのであろうか。世界政府のビルへ戻ると、セイラの武器セキュリティチェックをくぐり、総裁室へ入った。世界政府ビルの103階の総裁室からは、マンハッタンの夜景が妖しく、そして美しかった。その上ではテクノクラートたちが世界中の首脳を決めている最中であった。


「ふうっ。やっとこいつを使う時が来た」


 ケインズは、総裁室の壁に堂々と飾ってある、昔の銃のディスプレイに手を伸ばした。それは、150年前のデジニトクマッシ製のピストルであった。セイラが開発されたこの時代では、武器はすべてレーザ銃かTMP砲であったため、火薬を使った銃をセイラは危険物として認識していなかったのである。ケインズのピストルの壁飾りは、セイラの人工知能では武器とは理解できない、ただのオブジェであった。


「ケインズ総裁、レベルワン武器所有なし。バイオハザードレベルスリー研究室への入室を許可します。」


セイラのクリアーメッセージが響いた。


「もう少しだ。」


ケインズは春美のいる、世界政府ビルの地下研究室へ向かうエレベータに乗り込んだ。深い深呼吸のようなため息をついた後、ケインズは話しかけるように呟いた。


「もう少しだ、友よ、力を貸してくれ」




 ケインズの乗ったエレベータが地下研究室へ到着したが、ドアは開かなかった。セイラが言った。


「リスクアラームが検知されました。ケインズ総裁、あなたの活動を制限いたします、そのまましばらくお待ちになり、警察の指示に従って下さい」


 小山内の地下実験室の電源制御は世界政府とリンクしており、制御状況はセイラが監視していた。ケインズがその小山内の実験室に現れて、実験室のサーバを起動したことは、世界政府のテクノクラートたちにすぐに知れてしまっていた。彼らの欲しかったケインズ更迭の格好の理由が出来たのである、テクノクラートたちは直ちに反政府活動と断定し、ケインズを拘束するようにセイラに指示したのであった。しかし、ケインズは少しも驚いた様子がない。


「ちょっと時間がかかったなぁセイラ、混乱しているのかい。人工知能というやつは、イザというときにこれだからな、もう少し改良しないといけないが、肝心の小山内がいないからなぁ。さて、セイラ、停止警告はわかったからドアを開けてもらおうかな。セイラ発令!非常モード3124、非常通過コード9834」


今度はセイラに向かってケインズが非常警戒を発令した。


「セイラ非常警戒発令を受理します。これより世界政府ビルは非常警戒体制に入りました。すべての人間の行動は制限されます。繰り返します、すべての人間の活動は制限されます。指示に従わない場合は制裁行動がとられますのでご注意ください」


 この非常警戒体制により世界政府はセイラの管理下におかれ、すべての人間の出入りが制限されることになったのである。こうなると、非常警戒モードを解除するまでテクノクラートたちは動くことが出来なくなる。もちろんエレベータの中のケインズもである、、、はずであった。ところが実際には、災害などの緊急事態に備えて、セイラ設計に携わった数名の人間だけはこの非常警戒体制の中でも自由に移動できる通過コードを持っていたのである。

 テクノクラートがケインズ拘束命令を出したため、セイラはケインズ拘束に動いたが、ケインズの命令を聞かないよう指示されたわけではなかった。そのため、セイラはケインズの非常警戒モード指示を受理してしまい非常警戒体制にはいったのであった。ケインズ拘束よりもより強力なモードであるため、セイラはこの非常警戒モードを優先させてしまった、しかも通過コードをテクノクラートたちは知らない。ケインズは誰も動けない世界政府のビルの中を自由に動き回ることができるようになったのである。セイラがエレベータのドアを開けた。




「非常警戒モードが解除されるのに30分というところか、まあ十分だ」


ケインズはひとり呟きながらエレベータを降りた。




「小山内、いくよ」




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