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届かぬ想い、永久に

 春美は急いで春彦へ助けを求めるイメージを送った。タイムトラベルにおいては、発生順序保存の法則が作用するというのが一般的な学説であったからである。つまり、過去の同じような時点に未来の異なる時代から何らかの作用を加えたとき、その時代で発生した順番は変えられないということである。つまり、ケインズが先に奈津子の意識をなくしてしまったら、後から一瞬早くいってケインズのフラーレンを破壊してもその事実は成立しないということである。春美はケインズより早く奈津子の命を守らなくてはならなかった。そのために春彦に緊急メッセージを送ったのであったが、春彦は何をやればいいのかはわからなかったし、それは春美にも分からないことであった。


 春美からのメッセージを受け取った春彦は急いで病院へ向かった。春彦は確信していた。


(ケインズは、必ず奈津子を攻撃にくる。どうすればいいんだろう)


ケインズからの攻撃を回避するすべはないと思われたが、春彦がそこでひらめいた。


「そうだ、この手でいこう」


 春彦は一瞬の隙を見てICUに入り込み奈津子が眠っていたベッドを少しずらした。春彦は奈津子のベッドを、奈津子の頭の位置をずらし続ければ、ケインズはフラーレンを送り込む座標を特定できないはずだと考えたのだ。ところが、ICUを出て、奈津子を監視しようとしたそのとき、ICUに光が見えた。


「えっ。もう来たのか!」


春彦の予想よりもケインズの攻撃は早く始まった。しかも、その光は奈津子の元の頭の位置だった。ケインズは奈津子の頭の座標を正確に捉えていたのである。もちろんフラーレンファインダにはナノマシンが写っていた。


「あと10秒っ」


春彦は慌てて、ICUの前に立ちはだかる看護婦の手を振り払いICUに飛び込んだ。もう猶予はなかった。


「あと6秒で、次のフラーレンが来る!」


いくら、フラーレンを破壊しても、10秒後には、次のフラーレンが攻撃に来るだけであった。奈津子が死なない限り追撃の手は止まない。


「バシッ!」


フラーレンを叩き落しながら奈津子の手を握る春彦、焦って汗ばんだ手は奈津子には暖かくやさしく感じられた。


「奈津子大丈夫だ、心配するな。俺が守る」


何のことか奈津子にはわからなかったであろうが、その言葉、奈津子には懐かしくとても暖かい言葉だった。


「ありがとう、春っち」


奈津子はうれしそうに微笑んだ。




 フラーレンファインダには、奈津子の回りを衛星のように動き回る3つのナノマシンが写っていた。フラーレンから放たれた3機のナノマシンは空間を動きながら奈津子の頭の位置を測量して、その結果をフラーレンが補足して未来へ持ち帰り、ケインズへ教えていたのである。


「そうか、三角測量で奈津子の頭の位置を割り出していたのか」


春彦はナノマシンを叩き落しながら考えた。


(しかし攻撃の後はどうやって、奈津子の死をあいつらは確認するんだろうか。死んだ日を知っているからか?)


春彦は考えた。


(死んだかどうか、いや、本当に死ぬのか?)


春彦の思いは奈津子と春美の関係であった、


(あんなにそっくりだなんて、ひょっとして奈津子と春美は親子?死んだら春美が存在しないとしたら、もしそうだとしたら奈津子は死なないはずだが)


植物状態だったときには何も起こらなかった奈津子に対して、意識が戻ったとたんにナノマシンの攻撃が始まったのである。春彦は、奈津子を植物状態のままにしておく必要があるのはなぜなのか、10秒間隔の攻撃に耐えながら必死で考えていた。


(奈津子が誰かと結婚して子孫を残したとすると、それが春美に違いない。今もし奈津子が意識を戻して将来誰かと結婚してしまったら未来人は、今みたいに小山内博士や春美と戦うことになる。これを防ごうとしているんだな、ということは今の未来では春美が有利に戦っているってことだ)


そう考えた春彦は、奈津子にダメージを与えたかどうかをどうやって知るのかを考えはじめた。


「そうか!ナノマシンがデータを転送するのか」


攻撃ナノマシンが攻撃を終えてフラーレンに補足されたとき、その座標があれば誰がどうなったかはわかるはずだと春彦は考えたのだった。


(よし、それならこれで替え玉が可能だ)


春彦はとっさにある決心をした。




 病院では、気のふれた春彦がICUに乱入してきたとしか思われない状況であった。何しろ春彦はICUへ飛び込むなり、奈津子のベッドの横で何かの箱を覗いては大声で叫びながら、何もない空中に向かってスリッパをふりまわしているのである。


「くそ、こっちか、どうだ。これもフラーレンか。こっちもだ。みんなでフラーレンを叩き落すんだ!」


気がふれたとしか思えない行為を一心不乱に続けていたのだ。周りの人たちは一瞬唖然とした、とうとう春彦がおかしくなったと思ったのである。そして次の瞬間、気がふれた春彦をこのままにしておくのは危険であると判断した人たちは、春彦を取り押さえようとしていた。奈津子のベッドを守るように、春彦を遠巻きに取り巻き、春彦を取り押さえようとしたのである。


 ところが、春彦はそんなことはお構いなしで、必死にフラーレンを叩き落していた、しかしすでに奈津子の回りにはたくさんのフラーレンが動き回っており、測量用ナノマシンが奈津子の頭の位置を割り出していた。次から次へとフラーレンが現れては、測量用ナノマシンを放ち、測量データを収集したナノマシンを補足しては、未来へ戻っていった。ICUはまるでダイヤモンドダストのように次々とフラーレンの光が光っていた。奈津子の頭の位置が割り出されてしまっては、次の攻撃ナノマシンを送り込むことは彼らにとっては造作も無いことである。春彦はそんな中であることを考えていた、そしてそれを実行するタイミングを見計らっていた。測量用ナノマシンがフラーレンに捕獲されて未来へもどってから10秒が経とうとしていた。春彦は突然、スリッパでナノマシンを叩き落とすのをやめると、遠巻きの人たちを振り切って奈津子のベッドを掴んだ。


「ちょっと、あなた、何なんですか!」


 医師や家族にひきとめられる春彦であったが、手をつかんだ看護婦を突き飛ばして、奈津子のベッドへ飛び込んだ。奈津子もびっくりしていたが、春彦の思いつめた表情から奈津子はこれからとんでもないことが起こるのだと感じていた、そして自分のベッドへ入ってきた春彦の手を握りしめた。春彦はそのまま奈津子の体をずらし、ベッドに二人で仲良く並んで寝ようとしているようであった。春彦は奈津子の目を見つめ、にっこり笑うと奈津子に優しくキスをした。春彦はキスをしながら、自分の頭を奈津子の頭の位置に移動させていた。


「早く、降りなさい、何してるんですか!」


 回りの医師や家族にとっては春彦が何をしているのか、信じがたい状況であったであろう。なにしろ奈津子の意識が戻ったら、とたんに春彦が乱入してきて、奈津子のベッドに入り込み体をさわったりキスをはじめたのである、春彦に対する憤りが並々ならぬものになるのは当然であって、医師と看護婦が春彦を掴むとベッドの外に引きずり落とそうとした。春彦は奈津子の体をしっかりと抱きしめ、ベッドを離れようとしなかった。春彦は奈津子に何かささやこうとしていた。


「奈津子、あいし、、


「うん?」




 フラーレンが現れ、測量用ナノマシンを補足してから10秒が経った。そしてこの時、誰も気がつかなかった。




「ブチッ」


という鈍い音と共に、春彦の意識はなくなった。




 奈津子は抱きしめる力の無くなった春彦の手を握ったまま、その次第に冷たくなる手を、決して離そうとはしなかった。奈津子は自分の経験と重ね合わせて何が起こったのか瞬間的に理解していた。春彦が自分を守るためにやってくれたこと、自分のことを想っていてくれたこと。


「いやぁ!!」


叫ぶ奈津子、




しかし、その想いはもう届くことはなかった。




 奈津子と思われる座標の生命体が、2021年5月に植物状態になったことを攻撃用ナノマシンが認識し、血液からDNA分析したデータと一緒に記憶装置にセットされた。このナノマシンがフラーレンに補足され未来へ戻っていった、世界政府の地下研究室ではデータ分析の結果奈津子が植物状態になったことを確認した。そしてケインズやテクノクラートたちに奈津子が植物状態に戻ったことを報告、全員が安堵のため息をついた。


「ふうっ、世話をかけやがる。」


「まったくです」


「そ、そんな、、、」


 春美の目前でのこのやりとりが春美を絶望の底に突き落としていった。すべての努力は無駄に終わり、ケインズの思惑通りにしか進まないということを思い知らされたのであった。全身の力が抜け、ぐったりと崩れるように倒れていった、重くなった体が床にのめりこむような感覚を覚えた。すべてをあきらめ、眠るように記憶が遠ざかっていくようであった。


(もう、だめだわ。パパ、もうだめ、ごめんなさい)


 


 この瞬間、春美にふっと何か疑問が浮かびそうであった。この感覚が何なのかを必死で考えようという自分と、けだるく遠のく意識の中ですべてをあきらめ、ただ失われる意識に身を任せようとする自分とがいた。


(でも、やっぱりおかしい、、わ、、)


もつれた糸がほどけるようにするっと、考えが整理されそうになりながら、春美の意識はフェードアウトしていった。




 春美は研究室のソファーの上でゆっくりと目を覚ました。


「あら、生きているんだ。誰が私をソファーに、、、」


起き上がることも無く、春美は手で顔を覆い隠すようにしながら思った。


(あのまま、いっそ目覚めなければよかったのに)


何の希望もない世界に目覚めてしまった春美は、自分が目覚めたこと、そのことに落胆していた。そして、意識を失う前に思ったあの感覚が頭に蘇ってきたのである。


(でも、やっぱりおかしい。何がおかしいのかしら)


春美はソファーの上で考え始めた。時間がとてもゆっくり流れているように感じた。突然ひらめいたかのように、目が輝き始めた。


(今の私に何の影響も出ていない。だとしたら奈津子さんが目覚めて、その後再び植物状態になることが正しい歴史になってしまう。だったら、今現在、私は奈津子さんが目覚めたことを知っていてはおかしい、植物状態のまま一生を終えている過去しか知らないはず。一度奈津子さんを目覚めさせてしまったから私だけが知っているのかしら、春彦さんがナノマシンを探査した事実を知っているのかしら)


ここまで考えて、春美が何をおかしいと思ったのかがはっきりとわかった。


(そうだわ、私だけじゃない。ケインズも奈津子さんの意識が回復した事実を知っていた、なぜ知っているのかしら。奈津子さんの意識を戻したことを知っているのは私だけ、ケインズが知るにはその過去がなくてはいけないわ。今のケインズにとっては奈津子さんの意識は無くなったままと認識していてもおかしくないわ。でもそれなら再び攻撃ナノマシンで奈津子さんの意識を奪うことが矛盾してしまう)


 春美が歴史の矛盾に気がついた、確かにおかしいのであった。辻褄が合うためには奈津子の意識が戻ったことが間違っていなくてはならない、これを事実としてケインズが認識していてはおかしいのである。春美はソファから飛び起きあがった。


「整理しなくちゃね。もし、奈津子さんの意識が戻ったというのが事実でないならば、ケインズも奈津子さんの意識が戻ったことを認識できないはず。だから間違いないわ、奈津子さんの意識は戻っている。次に、奈津子さんが再び植物状態になったかどうかね。もし、そうなったのなら。ああ、もうわかんない!」


春美は髪をかき乱しながら、なんとかタイムパラドックスにならない筋道を考えようとしていた。


「とにかく今の私の周りにバタフライ・エフェクトは起こっていない。私にとって、今流れている歴史は正しいことは間違いない。奈津子さんが植物状態になったとしたら、え~っと、何が起こるのかしら。短い期間で奈津子さんの意識を正反対に操作してしまった。これがバタフライ・エフェクト量子化誤差の範囲だとは思えない。どちらかが間違っていたはずだわ、しかも、どっちが間違っていてもバタフライ・エフェクトは起こる。私の存在に致命的な問題が発生しているはず。、正しくない歴史となって、私に必ず影響が出ているはずだわ」


ここまで考えて、春美は大きな矛盾に気がついた。


「ああ、そうなんだ。何が起こっても私には何かが起こるんだわ。だから私の体の遺伝子構造に変化が出た、そしてこれが奈津子さんの影響だとしたら、奈津子さんの意識は戻ったままのはず。だとしたら、、、そうよ、植物状態になったのは奈津子さんではなくて、奈津子さんを助けようとした春彦さんだわ」


春美は、春彦が命がけで奈津子さんを守ってくれたんだと確信した。


「あら、でも、じゃあ、私の歴史に春彦さんが関係あるのかしら。おかしいわ、ここの研究員はDNA分析して私のDNAと比較分析して一致したと報告したわ、奈津子さんのDNAであることが確認できたはずなのに、だとしたらやっぱり、奈津子さんは、、、」


春美の心を不安がよぎった。




 あの研究員たちは、ナノマシンが持ち帰ったDNA分析データを奈津子のものと断定したのであるが、なぜそう思ったのか。彼らは春美の血液からとったDNA分析情報と構造を比較して、奈津子のものであると断定したのである。春美はずっと他の可能性を考えていた。


(DNA分析データがタイムスリップの中で変化するということかしら、それもおかしいわ。高密度圧縮されたデジタルデータだからデータが破壊されることはあっても別のデータに変化してしかも復元可能だなんて、そんなことはあり得ない。だとしたら、本当に奈津子さんのDNAということになる。奈津子さんが生きているとなると、あのDNA分析データは奈津子さんのものではなくて、間違いなく春彦さんだわ。あの状態では春彦さんしかいない)


 春美は春彦が奈津子の身代わりになって、世界政府をうまく欺いているのだと思った。


「でもそうなら、春彦さんのDNA分析データが私のデータと一致度が高いのはなぜかしら。」


(あ、ひょっとして)


 春美の頭の中で全てがつながった。


「そうか一つだけ答えがあったわ。そういうことなんだ。ふふっ、そっかあ~、そういうことなんだ」


(本当に愛し合った結果だから私に分解酵素の情報が発生したんだわ)


 春美にとっては、春彦が植物状態になり、もしかしたら命を落としているかもしれないということが不安であったが、そして自分が関心を寄せている男性が、自分の祖父であることが分かって複雑でもあった。しかし何より、春美は自分が奈津子と春彦の愛の結果であることが分かってうれしかった。




 2128年、春美は父の遺志を継ぐべく、分解酵素を完成させようと必死であった。世界政府は奈津子が植物状態に戻ったと確信しており、春彦のことはもちろん、春美の事さえ眼中になかった。すべてはケインズのシナリオ通り進んでおり、もう少しでテクノクラートによる世界支配が完成することになっていた。そんな中、春美の決意も固かった。


(2130年までになんとしても完成させなくては、パパ見てて)




「奈津子さんと春彦さんの想い、確かに受け取りました」



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