表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

本当の脅威

 2127年、28才となった春美はアメリカへ渡った。小山内の死により自分の命も危ないという思いはあったが、世界を救うという小山内の強い意志を継いだ春美であった、不安の中、


(大丈夫、あなたならやれるわ。春美)


 自分に言い聞かせるように日本を出国した。しかし、春美の行動は街路やコンビニ、銀行などの防犯カメラ、静止衛星の画像を通してほぼリアルタイムでセイラに送られており、すでに世界政府の監視下にあったのである。当然春美の出国情報はすぐに世界政府の知るところとなっていた。ローガン空港に到着した春美は機内からデッキに出たところで、世界政府の秘密警察の手によって捕獲された、ほかの乗客にはどこかのお偉いさんとしか写らなかったであろう、そのままデッキ脇に駐車された政府専用車で春美はそのまま世界政府へ護送された。事実上世界政府の監視下に置かれ、地下実験施設に軟禁されることとなった。ケインズは小山内亡き今となっては、春美の命を奪うわけではなく、逆に春美を自由にさせていた。科学者ではない春美には研究所の設備は使いこなせるものではないと考えたのであろうか。実際、春美は見かけ上は漫然と一日一日を過ごしていることが多く、設備を使いこなすのは不可能のように見えた。しかし、このチャンスを小山内は想定しており、春美に時空跳躍装置の制御方法や春彦との連絡方法についてあらかじめ教えておいたのであった。奈津子へ向けてフラーレンを飛ばすためには、世界政府の制御する時空跳躍装置へリモートコマンドを送り込み、隠しておいたフラーレンを捕獲させて過去へ行き、奈津子の鼻腔へナノマシンを放つ必要があったからである。




 実験室では春美はすぐに時空跳躍装置へリモートコマンドを送り、春彦へイメージホログラムを送り続けたのである。春彦にはすでに短波による通信手段があったが、小山内亡き今、この方法を春美は知らなかったし、MITでななくて世界政府にいたため、この方式は使えなかったのである。春美は一方的に自分の姿やメッセージを埋め込み、フラーレンを春彦へ放ち、夢で連絡を取り合うことにしたのである。そして2128年、複数の座標データが春彦から送られてきたことで、


(春彦さんは何かを見つけたみたいだわ。この座標に何かがある。奈津子さんに使った転送用フラーレンで捕獲できるわ)


 春美は捕獲用フラーレンを放ち、これによりインフルエンザウィルスが目的であったことを突き止めたのである。そして春美はケインズは世界政府総裁という地位と名誉を得たことで、テクノクラートと深く関わるようになってしまったという、父の考えとは違って、インフルエンザウィルスからZ-PDRウィルスを培養して世界にばら撒いている、つまり謎のウィルスは突然発生したのではなくて、ケインズが自分が世界政府の総裁になりたくて作り上げたシナリオであったと結論付けたのであった。


(あの、ケインズ博士がこんなことを考えていたなんて。父はこのことを知らなくて幸せだったのかもしれない)


春美はそう思った。ケインズの目的がこれであり、謎のウィルスの正体のことをメッセージで春彦へ送ったちょうどその時、ケインズが世界政府の正面ホール、セキュリティゲートを通過していた。


「ケインズ総裁、レベル1武器所有ありません。お入りください」


 セイラからセキュリティチェッククリアーのアナウンスが流れた。セイラは24時間、世界政府の全てのエリアで、レーザ銃、EMP砲、刃物などの武器チェックを行っているセキュリティ人工知能システムである。武器となる可能性のある物質、行動を全て自律的に判断し、排除する能力を持っている。つまり、場合によっては危険人物を抹消することができるのであった。厳重な武器チェックのあと、ケインズとテクノクラートたちは地下実験室へ向かった。そこには春美がいる、彼女は入ってくるケインズを睨んで言った。


「博士、あなたは、自分が世界政府の総裁になるために、人類を破滅に導いたのですね。あの失敗作があなたを変えてしまったのですか。あなたを尊敬していた私の家族を殺してまで、あなたは何を手に入れたの?総裁の椅子、それだけ?世界が、全人類が、あなたを信じ、あなたに期待していたのに。あのウィルスさえ、失敗しなければ。」




 泣き崩れる春美に、ケインズは薄笑いを浮かべ、ゆっくり話し始めた。


「そうではないよ、春美君。」


「Z-PDRウィルスは最初から害虫駆除用に開発したものではないのだよ。人類が滅亡の危機に瀕するように、わざわざ私が開発したものだ」


「え、そんな」


春美はケインズから真相を聞いて愕然となった、今回の人類滅亡の危機というのはすべてケインズがテクノクラートのために用意したものだったのだ、この世界の混乱に乗じて、テクノクラートは見事に世界を支配した。いまや各国の主力官僚は一部の国を除いてテクノクラートで埋め尽くされていた。ケインズは続けた。


「しかし、あのウィルスは地球上では5分程度しか持たない。」


 葉巻の煙を春美に吹きかけながら、ケインズは続けた。いつの間にか、春美の両腕を、世界政府の秘密警察が掴んでいた。振り払おうとしてもガッチリとつかまれた両腕に力を入れながら、春美は言った。


「そのために、インスルエンザウィルスを使って、常に大気中に蔓延できるくらいの量を培養していたのね、でもそんなことは無駄だわ、培養装置はこの世界政府の地下研究所にしかないのを知ってるわ、世界中にばら撒くには限界がある、そのうちに世界中の人々は気がつくわよ」


ケインズは相変わらず薄笑いをしていた。


「感染を持続させるためには常にウィルスを大気中に充満させておかなくてはならない、、、か。さすがは小山内の娘だけのことはある、インフルエンザウィルスを突き止めて、ここまで明らかにするとは。それほどの頭脳があれば次期総裁にだってなれるよ。ハハハ」


ケインズが珍しく軽いジョークでテクノクラートたちを笑わせていた。


「確かに春美君の言うとおりだね。培養システムはこの地下研究所にしかない。ではどうやってウィルスをばら撒くか、不可能とも思えるこのこと、分からんかね春美君。なぜ、世界政府が樹立してすぐに世界中に合成たんぱく投与センタを設立したのか。この地下研究所から世界中の合成たんぱく投与センタに向けてウィルスが放たれているのさ」


春美にとっては驚きの連続であった。


「まさか、そんな。そこまで」


全ては、ケインズとテクノクラートたちのシナリオであった、あのケインズが用意した完璧で用意周到な計画である。小山内や春美が立ち向かって勝てるようなものではなかった。どんな事態もケインズにとっては想定内であり、結果としてケインズのシナリオ通りに事は進んで行くしかないのであった。


「しかし、Gプロテインを作られた時は、私もさすがに焦ったよ。合成たんぱくが不要となっては、センタが閉鎖されてしまう。そうなると、拒たんぱく質症が一過性であることがばれてしまうからね。」


春美にとっては、驚きよりもその完璧ともいえる計画にただ絶望するのみであった。今となっては分解酵素の製造方法を公開してもどうしようもないという事態まで至っていると知り春美は憮然となった。




 ケインズは春美を説得するように話しかけた。


「Gプロテインの製造方法なんかを今更公開しても遅いということは分かっただろう。もう無茶はしないことだ、無駄に命を捨てることはない。世界中の人間は肉食昆虫はウィルスの影響によるものだと信じている。そのうち肉食昆虫も人間と同じように滅んでいくと考えているんだ。ここでGプロテインの話をいくらしたところで相手にされることはないのだよ。あと3年も我慢すればすべては上手くいくのだよ」


春美はケインズのその恐ろしく、そして美しいほど完璧なシナリオに恐怖を覚えていた。しかし、こみ上げてくる憎悪は我慢できないものがあった。


「だったら、父の命を今更奪う必要はなかったじゃありませんか。なぜ、父を」


春美の話をさえぎるようにケインズは話始めた。


「小山内も無茶をしたものだ」


遠くを見つめて話すケインズはどことなく残念そうだった。


「Gプロテインの製造方法を公開するとは、想定外だったよ。普通に公開すれば大したことにはならないが、そのくらいは小山内だって考えていたさ。君のお父さんは天才だからね、潜伏して反政府勢力と接触し、秘密裏に製造方法を渡そうとしたんだよ。そうなれば、反政府組織が一致団結してしまう、世界に散らばった、ただのテロリストではなくて一大勢力になってしまうんだ。ここから公式に発表されるとどうなると思うね、せっかくここまできた苦労が水の泡になるだろう。まったく小山内は大した男だよ、中々手の込んだ事を思いついたもんだ」


「それは、父はあなたを敬愛していたからよ。少しでもケインズ博士に近づきたい、少しでもケインズ博士の役に立ちたい。父はいつもそう思っていたのよ。あなたの役に立つことがどれだけ父にとって価値のある行動だったか」


屹っと見つめる春美を見て、ケインズはテクノクラートに聞こえないように静かに言った。


「そうか、君はもう自分の使命を、自分の運命を知っているのだね。」


 奈津子のことはケインズも知っていた。そして手術用ナノマシンの成功で奈津子が意識を取り戻したことも。ケインズは実験室を出ながら、テクノクラートや春美に聞こえるように、そして、冷ややかに言った。


「さて諸君そろそろ歴史を正しくしようじゃないか。そのためには奈津子さんにもとの植物状態に戻ってもらわなくてはならないな、すまないが研究員へ奈津子さんを再び脳内出血させるフラーレンを放つように指示しておいてくれ。ああ、そうだ、これからスーパー・ヘパ・シティの落成記念パーティがあるんだ、君たちもきたまえ、研究員へ指示するのはパーティが終わってからにしよう、祝い事の前に血なまぐさい話はなしだ。さあ、諸君行こう」


そういうと、ケインズはテクノクラートや秘密警察を連れて研究室を後にした。




 なぜ、奈津子にこだわるのか。それは、テクノクラートたちが自らの野望を達成させるためには奈津子の行動を拘束する必要があったからである。奈津子の過去の行動がケインズの想定外となったとき、未来の布裕美に遺伝的な影響が発生する可能性があるからである。布裕美に影響が出ると、一目ぼれした小山内の人生が大きく変わることになり、ケインズの関係に影響が出てしまう。こうなるとバタフライ・エフェクトは発生し、場合によってはケインズの存在が危ぶまれる事態となる。テクノクラートたちは自力ではこんな壮大はスケールの戦略は立案も実行もできない。自分たちのためにはケインズの協力が絶対だったのである。ケインズの環境に異常が起こらないようにするためには、テクノクラートたちはどうしても奈津子の意識を奪う必要があった。


 手術用ナノマシンは、時空をずらして4機転送していたが、春彦からの電波は全て傍受されていた。ピンクノイズでカモフラージュされた情報も解析され、4機のマシンは全て追尾されてしまっていた。短波を使った過去との通信は、小山内とケインズとで考えたものであったからである。春美の知らないところで、ケインズはその4機のデータから病院の奈津子の頭蓋骨の座標を特定していたのである。奈津子は意識が回復したものの、まだICUからは出ていない。ケインズの言ったことが本当なら、


(このままでは奈津子さんが危ない。パーティが終わるまでにメッセージを作って春彦さんへ転送しなければ)


 春美はすぐに、春彦へ向けたメッセージの作成にかかった。テクノクラートたちは春美が天才科学者小山内栄二の娘であることの意味を正しく理解できていなかった。春美をどこにでもいるただのOLくらいにしか思っていなかったのである。

 テクノクラートたちは気がついていなかった。この時すでに、春美は時空跳躍装置を自由に操るスキルを身につけているということも、イメージホログラムを使って過去の人間に夢で通信できるようになっていたということも。春美だけが残った、地下研究施設ではコンピュータを操作する音だけが響いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ