03:酒に飲まれる女
野沢さんはバス通勤らしく、とりあえず居酒屋へは僕の車で行く事に。
車中の野沢さんは、普段からは想像もつかない程の喋り上戸。失礼ながら、騒がしかった。
着いたのは、繁華街から離れた居酒屋で、個室が10程度の、わりと落ち着いた雰囲気の店。
車中での会話に出てきたあたり、行きつけのようだ。到着時刻は6時過ぎ、開店時間からあまり経っていないせいか、一番乗りだったようで、お客さんはまだいなかった。
「いらっしゃいま……せ……?」
店に入って早々、威勢のいい女の人の声だが、何故か最後は疑問系。
「…あ…」
よくよく見れば、昨日見た顔である。
水上さんだ。けど、昨日とは打って変わり、顔が引き攣っているような?
僕自身、若干の動揺はあった。あったけど、長月さんに話を聞いてもらった直後だからか、昨日のように気分が悪くなるような事は無い。
「よっ!今日はうちの会社のバイト生連れて来たんだ!大将、生二つ!!」
「い、いや、僕は車ですから!」
「んだよ、ツレねぇなぁ……んじゃ生一つ!!」
「あいよっ!沙奈ちゃん、お客さん席に案内して」
「あ、あ、はい!」
まぁ、そんなこんなでなぜかギクシャクする水上さんに席に案内され、野沢さんの定位置だという水槽の見える席に。
水槽の中で泳ぐ鯛やヒラメをのんびりと眺めながら、飲み物(僕は烏龍茶)と食べ物を適当に注文。
メニューを見て思ったのは、どれも値段がリーズナブルという事。野沢さんいわく、ここのオススメは自家製つくねらしい。当然注文してあった。
「お、お待たせ致しました。生ビールと烏龍茶になります!」
水上が飲み物を持ってやって来た。メニューに目を向け見ないふりの僕は小心者。だけど、視界の隅から水上さんの姿が消えない。
「ん、どした?っつか、知り合い?」
さすがに野沢さんも不審に思ったらしい。水上さんに声をかけ、僕もメニューから視線を上げた。
「…あ、あの…」
「…高校の時のクラスメイトですよ」
「へぇ、そうだったんだ!中々の美人じゃないか」
言い淀む水上さんの代わりに答えれば、野沢さんは俺と水上さんを交互に見る。多分、変な事を考えてるんじゃないかと思ったのは、野沢さんの一言。
「あ、私らは別に付き合ってるわけじゃないから安心してね!」
「何言ってるんですか、水上さんは《ただの知り合い》ですって」
野沢さんに釘を刺す意味で《ただの知り合い》という部分は強めに言う。すると野沢さんは「ふーん」と興味無く言う。
何だってんだ。
その後は水上も厨房に戻り、いそいそと注文した料理に取り掛かる。
ただ、その間の野沢さんのビールのペースは早かった。料理が来るまでにジョッキを5杯空にした。言っておくけど、料理が来るのが遅かったわけじゃない。あくまで野沢さんのピッチが早過ぎるのだ。
料理が来ても、ペースに変わりはない。飲む食う飲む飲む食う………こんな感じ。ウワバミかと思ったが、来店から1時間もしないうちに、ぐでんぐでんに酔った野沢さんは、別れた彼氏の事を愚痴り出した。
「…つーかぁ、そこでなんでソースなのぉ?普通塩でしょぉ!!」
発端は目玉焼きに何をかけるか?という事で口喧嘩になったらしい。ちなみに僕は醤油だ。
まぁそんな些細な事から口論になって、話題はどんどん別方向に。その揚げ句に別れたとか。
正直、馬鹿馬鹿しい。
「誠のバカヤロォー!!!」
そして他にお客さんいるんだから、騒がないでほしい!もはや視線はこの席に釘付けだ。
(長月さん達の言ってたのって、これか……)
ふと仕事終わりに掛けられた言葉を思い出し、げんなり。野沢さんを介抱(宥め)しながら、ひたすら謝りっぱなしの僕。
ようやく落ち着いた(眠った)のは、この店に来て2時間が経った頃。
放っておくのも面倒なので、とりあえず家まで送ろうと考えたが、大将(店長)と女将さんが、何時もの事だから任しておいて!という頼もしい言葉を。
お言葉に甘えて会計を済ませ(全額支払った)、店を出ようとした矢先、接客が落ち着いたのか、水上さんが僕の元にやって来た。
「また来てよ!」
「…気が向いたら」
靴を履いている最中だったから、顔は見えない。けど、それでいい。浮かぶのは、卑下た笑い声の含まれたあの《言葉》。いくら昔の事でも、そうそう心を許せはしなかった。
「あのさ、今度来た時にはサービスするから!」
「来るかもわからないから」
今はまだ、否定的な言葉しか出て来ない。
でも、いつか………
いつか、そんな事もあったねと、笑って話せる時が来るかもしれないから。