悪役令嬢だった私たち
ふんわりなーろっぱ
「本当に、良きところにおさまって良かったわ」
侯爵家の庭で小規模なお茶会が開かれていた。
参加者は4名のみ。
本日のお茶会の開催場所である侯爵家令嬢の私、フィエルテ・グラーティア。
家としては対立派閥の令嬢ではあるものの、個人としては仲良しな、同じく侯爵家、ルシル・キルヒェンリート。
辺境伯令嬢であり、自身も剣を持ち国境を守っている、シクレッツァ・アスファレス。
先祖代々魔術師の家系の伯爵家、ウェリタ・セヘル。
立場や身分はもちろん、ひいては趣味までバラバラな私たち。
それを差し引いても余りあるほど、私たちの共通点は強すぎた。
『花も恥じらう恋の香り』
────そう、クソダサタイトル乙女ゲームの攻略対象の婚約者たち、つまり主人公のライバルである。
そして悪役令嬢が4人とも、転生者なのであった。
◆
私、フィエルテは第二王子トゥヴァン・エラーイーの婚約者。
金髪碧眼、まさしく王子様!という出で立ちであり、ゲームでもメインヒーローだった。
我がグラーティア家は一人娘なため、トゥヴァン様は第一王子が立太子された後に侯爵家へ婿入り予定であり、それに伴い我が家も公爵へと陞爵予定。
ルシルの婚約者は宰相の令息。同じ家格の侯爵家からイァラグス・イコシーカー様。
青が混ざった銀髪を一つにまとめ、眼鏡をかけた水色の目元が涼しげな、中世的な美貌を持つ、所謂クールキャラ。
我が家が王族と縁を繋ぐので、権力の対立としてキルヒェリート家が宰相家と縁を繋ぐ、わかりやすい政略結婚である。
シクレッツァは王国騎士団長のご子息、タリティーバ・ノーキン伯爵令息の婚約者。
赤髪でオレンジ目のなんというか……熱血おバカキャラ仕様である。
王国騎士団という武力と辺境騎士団という武力を掛け合わせ、武力や連携が上がったら良いね、という脳筋政略結婚だ。誰が聞いてもそう言うと思う。
そして、ウェリタの婚約者は、黒髪で金色の目の魔法騎士団筆頭、ナトエル・ガルドゥル子爵その人だ。
若くして魔法騎士団の筆頭にまで上り詰めていることからして、魔法の才に優れていることは言うまでもなく、その才能ゆえに子爵位を叙爵している。
いずれはご実家のモジュン伯爵家と並ぶどころかもっと上まで陞爵されるのではという噂もある。
ちなみにこちらも魔力と魔力を掛け合わせようとした、魔法版脳筋……魔筋政略結婚だ。
前世の乙ゲー記憶を取り戻した私はすぐさま攻略対象たち……ではなく、ヒロイン……でもなく、悪役令嬢たちの情報を集めた。
曰く、ルシルお嬢様は転んで頭を打ったあの日から我儘で苛烈な性格から一転、お優しくなられた。
曰く、シクレッツァお嬢は病弱だったため、高熱で寝込み、もうだめかというところから奇跡の快復をされてから病弱はなんだったのかというほど元気になられた。
曰く、ウェリタ様はその有り余る魔力に小さい身体が耐えられず、魔力暴走を起こし、屋敷の一角を吹き飛ばした後倒れたが、目が覚めると魔力操作がとんでもなく上達していた。
ちなみに私の乳母曰く、ずっとぼーっとしていて何を考えているかわからなかった子が、しばらく中空を見つめていたかと思うと、ぱっちりと、本当に今起きたかのようにぱっちりと目の焦点が合い、そこからはっきりとものを言うようになった……というのをオブラートを何重にもして言われたわ。
もしかして私以外にも?
決定的な情報を欲した私は三人の令嬢へ手紙を書いた。
────その婚約、”タイパ”悪くないですか?
もちろん、タイパなんて言葉はこの世界にない。コスパさえないのだから。
あえて使うことで返事から読み取れるものがあるはずだ。
タイパという言葉を当然のように受け止めた話をしてくるのか。
タイパに関係した話題を避け、いくつか書いた他の話題のみに食いつくのか。
タイパという言葉について尋ねてくるのか。
前者二つは言うまでもなく黒。
タイパという言葉について尋ねてきた場合は、ニュアンスによって変わってくる。
「タイパ?どちらの国の言葉でしょう?」という感じだったら、本当に知らない可能性もあり保留。
「タ、タイパ?なにを言っているのかわからないですね!」という感じだったら黒。
まぁ、結果は見事に全員黒で、転生者。
そうとわかれば直接会うしかないわねお茶会開催するわOK行くわと、とんとん拍子に話が進み、情報交換も兼ねて場所を持ち回りながら定期的なお茶会を行っている。
お茶会で真っ先に話題に上がったのは、タイパである。
転生者炙り出しの意味ももちろんあったけれど、実際にそう思って書いたのだ。
このまま特に望んでもいない婚約者と関係を続けて、ヒロインが現れたら誰が婚約者を奪われるか震えながら待ち、婚約者を奪われたら傷物として社交界で笑いものになる。下手したら犯罪者扱い。処刑かも。
かけた時間に対して見返りが全く無くないどころかマイナスじゃない?
まぁ、マイナスなんて言葉もないんだけどね、などと思いつつ、お茶を飲んでいると、私の言葉に同意していたルシルがぽつりと呟いた。
「……私、ナッてゃ……じゃなかった、ナトエル推しだったのよね……」
「「「それだ!!!!!!」」」
そこからは話が早かった。
なんと推し被りなしという奇跡。
だったら婚約者を入れ替えてしまえば良い。
どうせ結婚しないといけないなら、望まない結婚なんかより推しを推して生きたいじゃないの。
……推しと結婚だなんて烏滸がましいとかそういうのは一旦置いておく。
望まないからこそ関係が冷めてしまうわけで、推しとなったらもう全力でお支えしますとも。
それぞれがそれぞれの伝手を使って根回しを頑張った。
こんなに不備なく根回し出来るなんて推しパワーはやっぱり凄いです。
ルシルはナトエルと婚約。
実はナトエル、合法ショタ枠だったのよね…。
童顔と背の低さがコンプレックスであり、その魔法の才ゆえに傲慢なところがあったんだけど、かわいいもの好きなルシルにはその傲慢さなんてそよ風のようなもの。
かわいいかわいいと愛でられて最初は嫌がっていたけれど、いつしか愛でられるのに慣れて、いや、慣れすぎて、「今日も僕はかわいいだろ?この服はルーシーが選んでくれたんだ!」と、コンプレックスを踏みつぶし、自己肯定感爆上がりの惚気?のようなものを、膝小僧が見えるハーフパンツの出で立ちで聞かせてくる。
それもまたルシルにはかわいいらしい。そうですか。
シクレッツァはなんとトゥヴァン様と婚約。
王家と辺境伯家で縁を結び、国の防衛を確かにした方が良いのではと説得した甲斐があった。
王子様キャラが大好きな彼女は、大好きすぎて”王子様”という概念を研究し、前世でも男装の麗人だったそう。
クセでうっかりトゥヴァン様へ王子様ムーブをしてしまった時に、トゥヴァン様がほんのりと、ときめいた乙女顔を覗かせたのを見て、「新たな扉を開いてしまったかもしれない…」とのこと。
傍目には王子様と王子様がくっついているように見えるので、トゥヴァン様の婚約者が変わるとなった際も、「私の方がふさわしい!」と声を上げるご令嬢は全くおらずに大歓迎がすごかった。一部のご令息にもこっそり人気らしい。
ウェリタはイァラグス様と。
お互い出生に秘密があったんだけど、その秘密が合致。
────イァラグス様、女性でした。
イコシーカー家が子宝に恵まれず、男性として、跡取りとして育てられたとか。中性的な美貌もむべなるかな。
その秘密が合致ということは、そう、ウェリタは男性でした。
長男、次男と続き、「三人目も男?!」となったウェリタのお母さまが、ウェリタにかわいい恰好をさせ始めたらしい。お兄様たちも「妹だー!」とテンションが上がり、溺愛。
背も大きくはなく、儚げな見た目と、ぼんやり……いえ、穏やかな性格で、声は少し低めかなとは思っていたけど気付かないものね……。
お兄様たち、未だに妹だと思っている節があるとか……。
そういう時はどうするのかというと、魔法か魔法薬でどうにかならないかと目下研究中、完成間近らしい。
元々はイコシーカー家からの依頼だそう。
ここが一番収まるべくして収まった感じがして良かったわ。
最後に私、フィエルテはタリティーバと。
熱血部分はとても暑苦しいけれど、その方向性を愛情表現に向かわせればなんてことはない。おバカと合わせて裏を返せば素直なのよね。
それに私、
────犬を躾けるのは、得意なの。
◆
ヒロインに転生したとわかった時には絶望しかなかった。
────うわ、あのクソダサタイトル乙ゲーの世界じゃん……。
話は良いんだけどタイトルがね……、と遠い目になりつつも現状把握に努める。
どうせならフィエルテに転生したかったなー。
だって、私の推しはフィエルテの────従者なのだ。
名前もなく、セリフすらなく、王子ルートのフィエルテ関係イベントスチルに3回出てくるだけの彼。モブ中のモブ。でも従者だから攻略対象者ほどではなくても見目麗しく描かれている彼に一目ぼれした。
同じゲームをしていた友人には「変わってるね」と言われたけど、好きなものは好きなのだ。
フィエルテに転生してたら従者の彼と一緒に暮らせ……いや、やっぱりそんなの恥ずかしいし、従者だから命令もしなきゃいけなんでしょう?
そんな背徳的なの好きそうな人もいるだろうけど、私は推しに命令なんて出来ない。ずっと見ていたいだけだもの。
それなら、フィエルテじゃなくて良かったのか。
そう納得しつつも、改めて立場を考えてゾッとする。
私はヒロイン。弱小男爵家庶子。つまり全てにおいて悪役令嬢の反対側。ライバル。敵。
元々狙うつもりもなかったけど、王子ルートはないわ。
ちょっとでも私に対するフィエルテの印象が悪かったら、連動して従者の彼も私への印象悪いわけでしょ……うん、推しに嫌われるとか無理。少なくとも心は死ぬ。
ならばどうするか。
まずは攻略対象に近付かない。親密度を上げない。誰のルートにも入らない。
これで悪役令嬢たちの好感度(あるかは知らないが)はマイナスにはならないはず。
あとは……淑女!そうだ淑女を目指そう!
作中では、稀によくあるドジっ子を発動して、「落ち着きがないわね」なんて苦言を呈されていたはず。
元平民を免罪符に礼儀作法とかもあまりちゃんとしてなかったから、これも令嬢的に好感度マイナスよね。攻略対象たちはその新鮮さに惹かれてたみたいだけど。怖。
淑女になれば攻略対象たちに見向きもされず、令嬢好感度は……まぁ上がることはなくても下がりはしないでしょう。
………………勉強も出来るに越したことはないか…………ぅぐ…………。
とりあえずお父様に礼儀作法と……、……勉強……の時間を増やしてもらえるように言おう。
よーし、頑張るぞー!……じゃなかった、気張りますわよー!
で。
これはなにがどうなってんの?????
学園に入学して、驚きというか混乱というか……なにこれ?
攻略対象たちと悪役令嬢たちの婚約が入れ替わってるんですけど。
王子の婚約者が変わったというのは噂で聞いたけど、誰かからフィエルテになったのかな、作中で語られてない部分なのかな、なんて思ってた。
まさかフィエルテから辺境伯令嬢に変更?王子様×王子様うめぇ眼福ですごちそうさまです。
あ、違う違う、混乱でつい本音が出ちゃったけど、これ、どこかに転生者いるよね?
それが悪役令嬢の誰かなのか、攻略対象側なのかもわからないけど、私が転生者なんだから他にいたっておかしくはない。
あっぶな!これどっかのルートにごり押しヒロインしてたら断罪待ったなしじゃん!せーふ!せーふ!
推しに嫌われて心が死ぬどころか、物理的に死ぬ可能性もあったじゃん……先に気付いて良かった。
庶子ってことで最初は侮られる部分はあったものの、淑女を目指している想いが伝わったらしく、今ではクラスでは浮くこともなく穏やかに過ごせている。
この前なんか、友人の子爵令嬢の寄り親のなんやかんやの繋がりで、グラーティア家のガーデンパーティーにご招待いただいたの!やってて良かった淑女式!
当然そこには推しがいるわけで……推しを見ながらのお茶は最高でした。何杯でも飲める。
侯爵家のメイドさんは推しを見ながら働けるのかー良いなーなんて思っていたら、パーティー後のお見送りにてフィエルテの横に!推しが!!良い!!!帰りたくない!!!
あまりにも動揺しすぎて「こちらで働かせてください!」なんて口走ってしまった。私は名前でも奪われるんか。
フィエルテ、いえ、フィエルテ様はお優しかった。
別日にフィエルテ様に圧迫面接を受けた私は、転生者なこと、推しは従者の彼なこと、洗いざらい喋らされた。
フィエルテ様だけじゃなく悪役令嬢全員が転生者なことや婚約入れ替え作戦のことも聞いた。
「まぁ、ヒロインが攻略対象に近寄ってこない時点で、転生者なのバレバレなのよ」
ごもっとも。
こちらに他意がない(欲はあるが)ことがわかったようで、学園を卒業したら侯爵家で雇ってもらえることになった。彼と一緒に働ける!嬉しい!
従者の彼の話をしたら、
「サテッレスが推し?見る目あるのね」
ふふふ、と笑われた。
でも全然嫌じゃなかった。変わってるねとか馬鹿にする感じじゃなかったから。
馬鹿にされても別にどうでも良いんだけど、それよりなにより推しの名前が判明したのが嬉しすぎて泣いてしまった。
もちろんそれも笑われた。
もっと頑張って、サ、サテ……尊すぎてまだ呼べない彼を落とすんだ!ヒロインの名に懸けて!
よーし!気張りますわよー!
◆
「……ヒロインがモブ狙いとは……意外……」
「おかげで皆が上手くまとまったじゃないか、良かったよ」
ウェリタとシクレッツァの言葉に、ルシルもうんうんと頷く。
本日は婚約入れ替えお疲れ様お茶会。いわゆる打ち上げだ。
婚約入れ替えにより、皆ラヴアンドラヴという感じでいちゃいちゃ(もちろん節度を持って)しているので、最初は渋っていたそれぞれの親たちも、「相性ってあるんだね。仕方ないね」という構えだ。
「これで、『花恥』の世界としてはハッピーエンドかしら……?」
誰にともなくふと、ぽろり、と言葉がこぼれる。
それを聞いた三人が「え?」という顔で私を見た。
「もう、フィエルテったら、『花恋』でしょう?」
「待ってくれ、ルシル。『恥恋』だよ。」
「………『恋香』……」
四人が四人とも違う略し方に、皆怪訝な顔だ。これが漫画だったら全員の頭の上に大量の疑問符が浮かんでいることだろう。
「地域差かしら……、でも公式タグは『#花恋』のはず……」
「いや、公式も『恥恋』だったよ」
「………『恋香』……」
いくらクソダサタイトルだって、推しのゲームの名前を間違えられたくないものね。
私だって前世の記憶を辿ってみても絶対に『花恥』だったいう自負がある。
譲らない全員に、不意にとあるトンデモ仮説が浮かぶ。
いえ、まさかね?
「ねぇ、転生前に私たちがいた惑星って、『地球』よね?」
「え……『地球』でしょう……?」
「惑星ってなんのことだい?前の世界は平面だろう?」
「……『土也王求』だった……」
「「「「…………あー…………」」」」
これは……、まぁ……、うん……、
───転生があるなら平行世界もあるかー。




