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「婚約を破棄する!」「上等だボケぇ!」→翌日、国が滅んだw

作者: 福留しゅん
掲載日:2026/06/22

「バルトロメア! お前との婚約は破棄する!」

「上等だボケぇ!」


 はっきり言おう。大いに反省している。だが後悔はしていない。

 そんぐらいこの時は無茶苦茶頭にきたし、もう何もかも投げ捨てたかったわけだ。

 やってらんねえよ、後は勝手にやってろバーカ、って感じだな。



 ◇◇◇



 どうしてこんな馬鹿みたいな騒ぎになったかって言うとだな、その前にまずはあたしが何者かを語る必要があるな。ま、退屈しない程度に端折るから、少し我慢して聞いてくれ。愚痴だと思ってくれればいいさ。


 あたしは聖国に生まれた貧民でな。父親なんざいねえし、娼婦だった母親は病気貰っちまってベッドの住人。なもので、あたしは必然的に自分の食い扶持は自分で稼がなきゃいけなかったわけなんだが、ただの貧民のガキに何が出来るかっつーと、物乞い以外は盗みしかねえよな。


 あたしは器量が良い方だったからさ、他の同年代のノロマなガキが大人に取っ捕まるのを尻目に色々とかっぱらったな。ま、貧民街を取り仕切る親玉が足元見てくるせいで、盗品は二束三文でしか買い取ってもらえなかったけどよ。


 知ってのとおり聖国ってのはさ、女全員が聖女かどうか調査される義務があってよ、貧乏人からお姫様まで例外なんざ無え。あたしも調査対象になる年齢になったんだけど、面倒くさくてサボろうとしたらさ、狭くて小汚い自宅に大の大人がぞろぞろ押し込んできやがってさ。取っ捕まって無理やり大聖堂に連れてかれちまったよ。


 初めて教会に行ってさ、なんかすっげえ豪華な造りの建物とか綺麗なステンドグラスとかさ、もう圧倒されっぱなしよ。天使が描かれてた天井画に見惚れて首が痛くなっちまったのを今でも覚えてるさ。


 後から聞いたら神の偉大さを一目で分かるようにする演出らしいんだけどさ、まー、そん時のあたしには効果抜群だったね。今思い返すとムカつくんだけどよ。何でかって? 天井にぶら下がるシャンデリア一つであたしと母ちゃんがどれぐらい食いつなげると思ってるんだ?


 あたし以外に集められた子供もボロボロの服着てる貧民が多かったかな。教会の連中も半分以上が嫌悪感丸出しでさ、もう半分は粛々と自分の仕事をこなしてたな。だったら呼ぶなよって言いたいところだが、何でも神様は平等で、過去には何度も貧民を聖女に選定したんだとよ。


「それで、バルトロメアが聖女だって天啓が下りたわけか」

「ほんと、ふざけてるよな。なんであたしが聖女にならなきゃいけないんだよ! 神様って絶対この平たい世界の外で慌てるあたしを見て愉悦でほくそ笑んでたって」


 聖女ってのは、神の祝福により神の奇蹟の一端を行使出来るようになった少女のことだ。使えるようになる奇蹟は個人によって様々で、中には死者を蘇らせた聖女とか、未来を予知した聖女もいたらしいぜ。


 で、別に聖女は同時に一人しか存在しないわけじゃなくて、たった一人もいない時代もあれば何人もいる時代もあるんだと。今は何人もいる時代で、あたしは一応その端くれ、つまり末席の聖女ってことだな。


 話が逸れたな。聖女の素質がある少女が全員聖女になれるわけじゃなくて、素質を見出されたら聖女になるべく厳しい教育を受けさせられる破目になるんだ。これ、拒否出来ない義務だから。あまりの辛さに逃げ出した奴も昔いたらしいけれど、異端認定されて逆さ磔にされたらしいぜ。


 正直あたしは奇蹟を授かったって聖女の使命とか別にどうでも良かったんで、修業中は適当にやってたわ。でも生来の器量の良さが災いして、どういうわけか脱落しなかったんだよなあ。馬鹿にされるのが嫌だったから適度に真面目だったのもあるけどさ。


 まあ修業中も色々あったけれどさ、その辺りを話し出すと長くなるから端折るわ。とにかく、結局あたしは逃げられないまま聖女になっちまったわけだ。


 世も末だ、って嘆く奴もいたけどさ、最低限の成績は満たしちまったんだからしょうがねえだろうがよ。気に入らねえんだったら少し成績を改竄してでもふるい落とせばよかったのにさ。教会って妙に真面目だよなあ。


 聖女の仕事は知ってのとおり助けを乞う人々を救うことだな。あ、これ建前じゃなくて本当だからな。教会の旗頭って側面もあるんだろうし、神の奇蹟を体現する聖女の存在が信仰を得やすいってのもあるんだろうけど、困った人に手を差し伸べるのが聖女の使命だ。だから愛想笑いしながら市民に手を振ってりゃいい、って象徴なだけなのは幻想で、基本的に諸国を回っての泥臭い奉仕と救済の旅に従事するわけだわな。


「ただ、それは平時に限る、だろ?」

「ああ。魔王軍が出現したら、聖女は政治の道具にされる」

「政治の? 救世のじゃなくて?」

「そうだよ。政治のだ。馬鹿らしいったらありゃしないよなあ」


 この世界は魔法もあるし魔物も存在するんだよ。人々の生活を脅かす魔物の被害は毎年洒落にならねえぐらい出るし、魔法で馬鹿する魔導師も現れるしで、基本的に魔物が暴れてなくても聖女の出番には事欠かないんだが、ぶっちゃけその程度の被害だったら別に聖女に頼らなくたってどうとでもなるんだよ。


 問題なのは、魔物を統括する魔王が現れた時だ。


 魔王。魔物を統べる王とも魔族の頂点に君臨する最強の災厄とも言われてるな。号令をかければ幾千幾万の魔物が群れを成して攻めてくるし、大魔法で一つの都市が丸ごと瓦礫の山と化したらしいぜ。どんだけ凄いんだろうな、ソイツ。


 魔物の群れが街になだれ込んだらそりゃあもう悲惨なものだ。建物は壊されるし人は食い散らかされるし土地は汚染されるし。飢えて獰猛な魔物だけならまだいいんだが、ちょっとでも知性があるゴブリンだのオークだのが現れたら最後、人は丸ごと資材にされるからな。人類は一丸となって魔王軍と戦わなきゃいけねえわけだ。


 人類と魔王軍との戦争にもなれば、そりゃあもう神の奇蹟なんて宿した聖女なんて使い倒されるに決まってるだろ。あっちこっちの戦場に引っ張られては怪我人を治して魔物を浄化してさ。もう聖女とは便利屋の代名詞だ、って辞典に書いてもいいとあたしは思うんだけど、てめえはどう思う?


 話が逸れた。教会の象徴たる大聖女にもなれば聖都でどっしり構えてるもんだけど、木っ端な凡庸聖女は基本的に最前線送りなんだわ。あたしも例外じゃなくて、赴任先がこの王国だったってわけ。


 聖女にはもう一つ使命があってさ、それが次世代の聖女を誕生させることだ。


 どういうわけか神に愛された女が産んだ娘は神に愛されやすいんだ。つまり、聖女は次の聖女の母親に成りやすいんだよ。聖女を妻に迎えた家は聖女の生家になるわけで、この上ない支持と権威、それから教会とのコネを得やすいってことだ。


 教会が腐ってる点が、周辺国家から寄付だの信仰だのを得るために、王族に聖女を嫁がせるんだよ。国王が聖女の夫とか父にもなりゃあ民衆からの支持はうなぎのぼりだわ教会の信頼も得るわで、聖女が喉から手が出るほど欲しい大歓迎状態なわけだ。


 ……本来はな。


「ところが、この王国はそうじゃなかったわけか」

「はっ。そう仕立て上げた張本人がすっとぼけやがって」

「おや、何のことかな?」

「……。まあいいさ。てめえらにまんまとしてやられたこの国の連中が馬鹿だっただけの話だ」


 当たり前の話なんだが聖女全員が清廉潔白ってわけじゃねえ。粗暴なあたしは極端な例だとしてもだ、所詮はちょっと奇蹟が起こせるだけで聖人君子なわけじゃねえただの小娘だぜ。容姿だって特段優れてるわけじゃねえしな。ったく、どいつもこいつも聖女って存在に夢を見すぎだよなぁ。


 で、だ。派遣されてきた聖女のあたしを一目見たこの国の反応は、そりゃあまあ微妙に尽きるわな。見てのとおり行儀は悪いわ口ぎたねえわ顔もそばかすだらけでイマイチだし髪も癖の強い赤毛だしな。ま、最初のうちは拒絶されなかったし、不満を飲み込んでくれる程度にはあたしの仕事を評価してくれたんだろうけどさ。


 あたしの婚約者になったこの国の王太子、レオナルドは自分の役目を分かってる奴だった。だから嫌な顔をしないであたしのことも尊重してくれた。だったらあたしも期待に応えないとな、って頑張った。聖女としての役目は当然ながら、社交界でも無様を晒さないように、レオナルドに恥をかかせないように、最大限気ぃ使ってさ。


 とは言え、あたしの主な仕事場は魔王軍と衝突する最前線だ。度重なる襲撃を退けるために何度も討伐軍に従軍したし、何人助けきれなくて看取ったかな。あたしにもっと強くて大きな奇蹟があったら、って何度も願ったよ。けれど嘆いたってしゃーねーし、やれることをやるだけじゃん。気合だよ、きーあーいー。


「気持ちだけでは乗り切れない試練だってあるよ」

「まあな。勿論あたしだって自分の力量ぐらい弁えてる。手を伸ばせる範囲だって腕の長さぐらいなもんだ」


 あたしがこの王国に赴任してから一度目になる魔王軍の本格的な侵攻、ありゃあ悲惨だったな。何せ迎え撃った王国軍の兵士の半分が帰ってこれなかったからな。あたしが奇蹟を大盤振る舞いしてそれだぜ。正直魔王軍を撃退できたのが今でも不思議なぐらい散々だぜ。


 もう奇蹟を絞るだけ絞り尽くして魔王軍を追い払って、怪我人を治して、瘴気で腐敗した土地を浄化して、精魂尽き果てて何日も高熱で寝込んでよ。

 やっとの思いでこの王都に帰ってきてさ。そりゃあ褒められるとは期待しちゃいなかったけれど、あそこまで非難罵倒されるのは本っ当に悲しかったなぁ。


「不甲斐ない聖女には失望した、だったっけ?」

「ヘボ聖女なのは認めるけれどよ、それなりの言い方ってもんがあるよなぁ?」


 あとは知っての通り、尊い犠牲を出しまくったあたしじゃあ力不足ってことでさ、王国は教会に追加の聖女を派遣するよう要請して、受理されたわけ。

 あ、別に王国の決定や教会の許可に不満は無えよ。あたしが職務を全うできないゴミなのは否定しようもねえし、死者を出しまくったのは覆しようもない事実だしな。


「それで、あの女が派遣されてきたのか」


 あの女、聖女ソフィア。

 私の同期で聖女になった女で、教会の期待の星。


 聞いた話じゃあ、魔王を討伐するために神に任命された勇者をサポートするパーティーの最終候補者だったらしいな。ま、別の後輩聖女が勇者の補佐になったらしいけれどよ。

 

「あの女だなんて軽んじてるけどよ、ソフィアはあたしなんかよりずっと優秀な聖女だったんだぞ。こう、手をかざしただけで怪我や病気をすぐ治せるんだ」

「いかに秀でた奇蹟を授かっていようと、聖女として優秀かはまた別の話だと思うのだけれどね」

「てめえらにとってはそうかもしれねえけど、こっちにとっては凄い奇蹟が使えりゃあそれだけですげぇ聖女なんだよ」


 この国も結構広いし、それ以上にあたしがソフィアと一緒にいたくなかったから、基本的には別行動だったな。あたしが死に物狂いで最前線で魔物を追っ払って兵士を回復してる間に、ソフィアは主に村を捨てて王都に集まる民に奉仕してたっけか。


 確かこの頃だったよなぁ。王太子に近い年齢の男が聖女の補佐兼護衛として同行するようになったのはさ。


 てめえ、ブルーノもそうやってあたしのお付きになったのはいいんだが、完全に貧乏くじだったよなあ。護衛として剣を振るうより体のいい雑用としてこき使われてる時間の方が絶対長かったろ。


 聖女が派遣されている国が魔王軍を食い止めてる隙に内側の国家が国力を貯えて、反転攻勢に打って出て、その隙に勇者が魔王を討伐する。教会が思い浮かべてる大筋な流れはこんなもんらしくてさ、下っ端聖女はその時が来るまで血と涙を流しながら耐え忍べばいいってわけだ。


 魔王軍二回目の大攻勢ではさすがに死んだかと思ったね。ブルーノがあたしを守ってくれるのが頼もしかったのは事実なんだが、あっちの勢いはそれ以上でさ。本陣にまで攻め込まれてもう駄目だと思った時だったな。中央軍を引き連れたレオナルドとアイツに付き添うソフィアが来たのは。


 魔王軍を撃退した後にあのバカ王子から言われた小言はあまりに頭にきたせいで大して覚えてねえけどよ。あんな俗物とは無縁だったソフィアがいつの間にか世俗に染まっちまっててよ。なんだよ、あんなにチャラチャラした宝飾品なんざ付けまくりやがってよ。ピクニックでももう少し質素にするだろ。


「聖女ソフィアには怒らなかったの?」

「別に。やることやってるなら文句はねえよ。ソフィアがレオナルドとイチャイチャしてようが知ったことか。それよりテメエらに構ってる暇なんざねえからさっさと解放しろ、って思ってたもんさ」

「で、掃討作戦と後始末を君に任せて聖女ソフィアたちは王都に戻っていった、と」

「こっちとしちゃあ邪魔が消えてやりやすかったんだが、まさかそのせいであの二人が色欲まみれになるたぁなぁ」


 アイツ、王都にいる間に男どもにちやほやされまくったせいで頭の中ピンク色になっちまったみたいでよ。アイツが侍らせた男のうちの一人が王太子ときた。絶対アイツこう考えたろ。どうせ聖女を娶るんだから、だったらソフィアの方がいいよなぁ、ってな。


 そんなわけでレオナルドとソフィアは急速に仲を縮めていって、最後の一線を超えちまったわけだ。あ、ちなみにあたしはその下世話な話が本当かどうかは知らねえぜ。だってあたしは戦争の後始末でてんてこ舞いでそれどころじゃなかったしな。聞いたとしても勝手にやってろって愚痴こぼして三秒後には忘れてたろうさ。


 ともかく、愛しいソフィアのためにレオナルドはあたしが邪魔になったわけだ。

 なものだから、あたしが聖女として不甲斐ないことを理由に縁を切る計画を立てて、あたしを強制的に王都に連れ戻してよ。挙句の果てに公衆の面前で婚約破棄を言い渡してきたってわけだ。


「いや、もうさ。ふざけんなよって感じでよ。あたしが寝る間も惜しんで汗水たらして魔物の駆除だの怪我人の治療だのしてる間に不倫されてよ。なのにあたしを悪者扱いにして婚約者の変更に正当性を持たせようとするたあな。もう我慢の限界だったね」

「それであんな返事をしたのか」


 あの時は本当に何も考えずに本音を口にしてたな。

 何度だって言ってやる。反省はしてるが後悔はしてない、とな。


「バルトロメア! お前との婚約は破棄する!」

「上等だボケぇ!」


 キレたあたしはため池が決壊したみたいに貯めてた不満をぶちまけたね。特に不貞を働いたレオナルドと泥棒猫になったソフィアのことはここぞとばかりにこき下ろしてよ。少し胸の中がスッキリしたところで、ふと気付いちまったんだ。


 あ、そう言えばあたし、しばらく休んでないな、と。


 どーせ嫁ぎ先に無礼を働いたってことで教会から罰を言い渡されるんだろうが、だからってもう王太子だの王国だののために働く義務は無くなったし、義理はレオナルドが踏みつけやがったからな。もうあたしは知らねえよ!って宣言したわけ。


「それで、王都内の教会の一室に立てこもったわけか」

「そうだよ。誰にも起こされないよう教会の敷地、教会の建物、あたしの部屋に三重もの結界を張ってさ。悪意や敵意、邪な考えを持つ連中を弾くためにな」


 なんかレオナルドの奴はあたしを引き続きこきつかおうとしてたみたいで、あたしが婚約破棄の場になった戦勝記念の祝賀会を飛び出した時も何か言ってたな。一切合切無視して部屋に直行、結界を張ったわけだ。


 あ、ちなみにちゃんと寝る前に自分の身体は拭いたぜ。聖女として身を清める習慣が根付いたのもあるし、一日の汚れは取らなきゃ気分が悪くてしょうがなくてな。それに寝間着にも着替えてるから、祭服にしわも出来てない、と思う、多分。


「ふて寝してる間、外の様子には気づかなかったのかい?」

「ぐっすり寝てたもので、全く、これっぽっちも」


 いや、だってさ、紛いなりにも王都には守備兵がわんさか配備されてるし、ソフィアもいたし、雑用係のあたしなんかがいなくたっていいじゃん。用済み宣言されたばっかなのに心配になって安眠を妨害されるのも癪だしよ。


 多分なぁ、あたしが異変に気付いて目覚めてても、結果は変わらなかったんじゃね? せいぜいみんなが逃げる手助けが出来た程度で、今目の前に広がってる結果はどう考えたってあたし一人じゃあ覆せねえだろ。


 ああ、悪いな。

 あたしが寝てる間、国が亡ぼされちまった。


 どうしてこうなったか? あたしも知りたい。知りたいんだが、何となく想像は付く。その一端を担っているのがブルーノで、あたしは騙されずに済んだものの立場的に追いやられて離脱、一方のソフィアはまんまと引っかかって敵の手に堕ちた、あたりか。


「はぁ~、やってらんね~。あたしの今までの努力が一晩で水の泡かよ」

「そんなことはないさ。バルトロメアは今日まで僕たちを食い止めていた。でなかったたら僕たちは今頃もっと人類圏の深くまで攻め入っていたさ」

「ブルーノがあたしに近づいてきたのは、正面突破が難しいから搦め手で攻略しようとしたんだろ? ハニートラップ要員かよ」

「この結果は些か意外だったのだけれどね。陥落するのはバルトロメアの方かと思っていたのに、蓋を開けてみたらバルトロメアの意志は固くて、聖女ソフィアの方が僕たちに魅入られていたよ」


 もう一度窓から外の様子を眺めてみる。


 町中にある教会からは市民が生活する様子が見られた。洗濯物を干す主婦、道路で元気よく遊ぶ子供、家や壁を修復する作業員、治安維持のため巡回する兵士など、最前線やその周辺の村が嘘みたいな平和で穏やかだった。


 それが今はどうだ? 教会敷地周囲に張り巡らせた結界の外は、魔物が跋扈してるじゃねえか。


 ところが、だ。最前線で戦ってきた魔物どもとは雰囲気が違うんだよなぁ。話が通じず排除するしかない邪悪な神敵って感じはしない。それどころか行動や仕草に知性があるように見える。町は破壊されずに魔物に乗っ取られた、が一番適切か。


「夜の間に国境から一気になだれ込んだ……んなわけねえか。距離が遠すぎる」

「攻めるだけなら飛行出来る魔物に強襲させればいけるけれどね」

「大量の魔物を空間転移させて攻め落とした……だったら市民の死体が街中に転がってそうだが、建物も破壊されてねえ火事もねえで、戦場にすらなってねえな」

「無血開城させたからね」

「魔物が人間に成り代わった……いや、この王都の人間を魔物化したんだな?」

「ご明察。バルトロメアから見える範囲の魔物はほとんどが元人間さ」


 魔法か? 儀式か? それとも王都全域に瘴気でもばらまいたか?

 何であれ、この王都は汚染されて魔都と化した。

 あたしは結界内に閉じこもってたもんだから無事だったわけか。


 それだったら一流の聖女なソフィアが何とかしただろう、って? おいブルーノ、分かってて言ってんだろ。ブルーノがあたし付きの護衛騎士になった同じタイミングでソフィアにもアイツが仕えただろ。えっと、確か……名前は……。


「オラツィオ」

「そうそう、ソイツソイツ。ソイツが聖女ソフィアへのハニートラップ要員だったんだろ? 王都の住人が魔物化される前にソフィアが陥落してたんじゃね?」

「その通り。僕と彼は君たち聖女を堕落させる魔王軍の刺客。僕はデーモンで、オラツィオはインキュバス。聖女ソフィアは甘い誘惑に誘われてサキュバスになったって報告を受けている。今頃は元王太子達とお楽しみなんじゃないかい?」

「んじゃあ、あたしだけに責任じゃあねえな。ソフィアが悪いわ、うん」


 不思議と罪悪感と嫌悪感が湧かないのは、殺生ざたになっていないからか。別に人間だろうと魔物になろうと、生きとし生けるもの全てを神は愛する。ならあたしが一人で気張って討伐する気にはならねえわな。


 ちなみに、多分目の前の元人間の魔物は元に戻せる、ような気がする。聖女の奇蹟で浄化すればいいんじゃないかな。その証拠に結界を張り巡らせたこの教会に魔物どもは近寄ろうとしない。いつもこの時間は礼拝で賑わってるんだが、静かなもんだ。


「へえ、聖女としての使命を全うしないんだ」

「あたしは昨日婚約破棄を宣言された身だぜ? 義務はあっても義理がねえよ」

「つまり、哀れにも犠牲になった人間を見捨てるんだね」

「犠牲は出てねえだろ。今日も市民が普通に生活してるのが証拠だ」


 と、屁理屈をこねてはみたんだが、こうなっちまったらあたし一人じゃあどうしようもねえよ。聖都から聖女の増援を派遣してもらわなきゃ話にならねえ。勇者がふらっとここに寄ってくれりゃあ一番話が早いんだが、望み薄だな。


 そうなりゃああたしはとっととおさらばするべきなんだが、結界から外に出たら最後、あたしまで魔物化しちまう。自分の周囲だけに結界を張って強行突破……も無理くせえな。絶対ソフィアたちが邪魔してくるだろ。


 この教会の敷地内には井戸も畑もあるから自給自足が可能、当分は引きこもっていられる。ここは大人しく待つのが無難じゃねえかな? それまでは今までがむしゃらに働いてた分の代休ってことでさ。


 となると、致命的な問題が一つあるな。


「なあ、あたしの騎士さんよ」

「何かな、僕の聖女よ」

「どうして結界内にいるんだよ? てめえデーモンだろ」

「さっきバルトロメアが自分で言ってたじゃないか。悪意、敵意、邪気を弾く結界だって。僕はバルトロメアに尊敬の念を抱いている。害そうとは思っていないさ」


 そうなんだよなぁ。コイツが敷地内どころかあたしの部屋にいて、あまつさえ惰眠を貪ってたあたしを起こしてきたんだよな。おかげで昼前には目が覚めちまった、は余談として、魔物が結界内にいるのがヤバい。


 何がヤバいって、悪意や敵意無しにあたしを懐柔しようとしてきたら? それこそあたしを褒めたり愛でたりして、あたしが自分からブルーノに協力するようになる未来だって否定出来やしない。


 そして、結界内に留まったまま完遂する能力がコイツにはある。

 だって、ブルーノったら無駄にイケメンで紳士的なんだもんなぁ。

 大抵の女はコイツに優しくされて甘く囁かれただけでイチコロだろ。


「で? 王都を陥落させたんだからあたしは用済みだろ。こうして何も出来ずに引きこもってるだけの聖女に殻の中に閉じこもってる引きこもり聖女に構ってる暇なんかあるのか?」

「あるに決まっているさ。バルトロメアは魔王軍が警戒する聖女だからね。放っておくと何をしでかすか分かったものじゃない。バルトロメアを僕のものにするために、引き続き君の側にいよう」

「そんな問題児扱いされても嬉しくねえよ。そんな裏丸見えの状態であたしの心を動かそうなんざ百年早えぜ」

「身の回りの世話と掃除炊事洗濯付きならどうかな? 菓子も毎日用意しよう」

「えっ? ……いやいやいや、そんな見え透いた手に乗るかっての」


 危ねえ危ねえ。贅沢な暮らしとは無縁だったからついぐらっと来ちまったぜ。

 つまり、だ。ここからはあたしとコイツの勝負ってことだな。

 あたしがまんまとブルーノに心奪われたら負け、耐えきれば勝ち。


 なんだ、簡単じゃねえか。コイツに好きなように世話させといて次の聖女がこの魔都を解放するのをのんびり待てばいいんだ。なあに、目的が分かってるんだし、悪い男に騙されるような軽い女じゃねえんでね。


「もしかして、命令されたからバルトロメアを唆そうとしている、とでも思っているのかい?」

「んあ? 違うのか?」

「戦場を駆け抜けて皆の希望になるバルトロメアが美しかった。僕はね、君に惚れたから君に振り向いてもらいたいんだ」

「……へ?」


 は? ナンテ言った?

 惚れた? ブルーノがあたしに?

 こんなガラも悪いし聖女として二流の能力しか無いあたしに?


「こんなことはない。バルトロメアの心は、魂は輝いている。僕らにとっては眩しすぎるけれど、だからこそ追い求めたい」

「そんな惚れたの腫れたの言ってたら魔王直々に処分されるんじゃね?」

「それは問題ない。僕が魔王だからね」

「とんでもない爆弾発言を聞いた!」


 まずいぞ、ブルーノのやつ、あたしを本気で落とそうとしてきてる。

 こりゃあ本気でこの根気比べに挑まないと、ころっとやられそうだな。


 あたしは絶対にテメエになんて惚れやしないからな!

 聖女の端くれなんて立場なんざ関係ねえ、あたし自身の矜持にかけてな!



 ◇◇◇



 その後、あたしに好きになってほしいブルーノと好きになるもんかと意固地なあたしとの勝負の行く末は……ま、お察しのとおりだ、とだけ語っとくわ。

お読みいただきありがとうございました。

本来これは長編案として設定を練ったのですが、続きが思いつかなかったので短編で供養。

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