5.お花見その二
「楽しかったわねー」
花見の帰り道。満は満足そうに、わたあめの袋を揺らしながら歩いていた。
俺も楽しかった。だけど何故かな、芽生えた恐怖心がこびりついて離れないんだけど。
「そういや、あの子と喋れて良かったね。名前とか知れたしさ」
恐怖心を忘れるために、話を振る。
「そうねー、ストーカーする手間が省けたわ」
する気だったんかい。
「早苗ちゃんも可愛かったし、高校生活がますます華やぐわぁ」
「満はなんでそんなに節操無いの?」
呆れて言ったら、足蹴り食らった。転んだのは、断じて俺がひょろいからでは無い。満の力が強いんだ!
「何処が節操無しよ!可愛いものを愛でてるだけじゃない!」
「す、すみませんでした・・・」
「わかればよろしい」
謝ると、どうやら女王様はお許しになられたらしく、またわたあめの袋を揺らしながら歩き出した。怖い。
そういえば、と満は口を開く。
「今日の夕飯何かしら」
「まだ明るいのに、気が早いな」
「光太郎、確か昨日和食ってリクエストしてたわよね」
「うん。美代ママのご飯はどれも美味しいから悩むんだよね」
美代ママとは、円藤家の母のことである。つまり、満の母。本名、円藤美代子。昔、幼心に「おばさん」と言ってはいけないような気がして、満と相談してそう呼ぶ様になった。因みに満はうちの母、鈴木陽香を「陽ママ」と呼ぶ。少し気恥ずかしい時期もあったけど、もはや渾名のようになっていて、変えようとも思わない。
で、何故俺がリクエストしているかと言うと。俺の父親が今単身赴任中で、隔週位のペースで土日に母が父の面倒を見に行っているため、その間のご飯をお世話になっていると言うわけ。
たった二日間だし、自分一人でも大丈夫だと言ったのだけれど、一人増えたところで何も問題は無いし最早うちの子同然なのだから、と美代ママが言ってくれたので甘えている状態だ。勿論、交換に食糧は渡している。
「陽ママのご飯だって美味しいのに」
「たまに凄いの出るよ。味見一切しないから」
そう、味見をしないのだ。人の顔色をうかがってから、自分で箸をつける。例えば俺が「このみそ汁、しょっぱい」と言えば、「そう?」と言ってお湯をさす。自分のにだけ。それから飲みだす。味見して欲しい。
やっぱりと言うか当然と言うか、家に着いても夕食にはまだ早く、俺たちは円藤家のリビングでテレビを点けながらだらけることにした。
「甘~、うま~」
はむはむ、満の口の中にわたあめが消えていく。幸せそうに食べる彼女は、女の子の特性なのか甘いものが大好きだ。
「夕飯前にそんなに食べて大丈夫なん?食えなくなっても知らないよ?」
「わたあめは溶けるのよ?お腹が膨らむことは無いわ」
ちょっと心配になって声をかけるが、一蹴される。てか、糖分は満腹中枢刺激するから、質量の問題じゃないと思うんだけど。
「ほら、わけてあげる」
目の前に、ずい、と白いそれが差し出される。一瞬迷ったが、ありがとうと言って一口分千切った。
「・・・あま」
久しぶりに食べたわたあめは、一瞬で溶けてしまった。口の中に残るのは、儚い甘さだけ。
満は優しい。
いつも傲慢だけれど、その裏で本当に人の嫌がることはしないし、まして誰かを貶めるようなことも無い。我を通す所とそうでないところの見極めもきっちりとしている。
自分だけが得をするような考えを持っていないから、幸せを分かち合う。困っている人がいたら手を貸す。
満が俺に分け与えてくれたものは、今まで数えきれないくらいある。
だから。疲れたときは俺が助ける。我儘も聞く。そりゃあ、俺だって文句は言いますけど。でも、絶対きいてやるって、決めている。
そうやって、これからも過ごしていけたらいいと思う。
「あーっ!」
「お兄ちゃん、うるさい」
突然の大声に、満は耳を手で覆って五月蝿いとアピール。俺は心臓が痛い。
「わたあめ!お前ら花見に行ってきたのかよ!?」
ビシっと指差されたわたあめを、満が庇う。しかし口が止まる事は無い。
「何よ、行っちゃ悪いの?」
「俺も行きたかったー・・・。誘えよ」
和兄、そんなに落ち込まないでよ。あんまり可愛くない。
「友達と行ってきたんですー。お兄ちゃんも友達と行けば?」
「明日行く」
「なら良いじゃない」
全くだ。
「光太郎と行きたかったんだ!」
「俺ぇ!?」
急に話題に参加だよ!
「じゃー夜桜見にいこ。そうしよ」
「何がじゃー、だよ!」
「お姉ちゃんも誘いましょ」
「行くんか!」
「じゃあ俺、光太郎、満、月姉な。したら父さん達も来たがるかもな」
なんか行くこと決定だし。行ったばかりなのに満ノリノリだし。
・・・ま、良いか。
俺はこんな空気が、好きなのだから。
お読みくださって有難うございます。
満は優しいんです。でも完璧じゃないんです。
そんなことが書きたかったんです。






