暴走する地表(1/3)
地上が夜に入りかけたころ――
都市のほうが、先に目を覚ました。
だがそれは、普通の覚醒ではない。
外部から強く揺さぶられ、呼吸を整える暇すらないまま痙攣する神経のような目覚めだった。
遠くで、防空警報はまだ完全には鳴っていない。
高層ビルの谷間を、断続的な電子ノイズだけが反射しながら行き来している。
いくつかの街区では照明が明滅を繰り返していた。
まるで都市全体の神経系に、見知らぬ電気信号が突然流れ込んだかのようだった。
そして――
はるか上空。
夜空には、まだ消えきらない白い焼痕が数本、静かに横たわっている。
何か恐ろしいものが、ほんの少し前に天から落ちてきたかのように。
通りでは、歩行者たちが足を止め始めていた。
空を撮影する者。
通信回線を必死に再接続する者。
「流れ星じゃないか?」と投稿した瞬間、SNS画面が一斉に真っ白になる者。
さらに――
遠くの行政タワーの外壁に、
地球のどの技術体系にも属さない銀白の光紋が浮かび上がったのを見た者もいた。
都市伝説の実在を示すような光。
歓声を上げる者。
恐怖で悲鳴を上げる者。
だが、その瞬間――
都市のすべての公共スクリーンが同時に切り替わった。
【都市内で電磁波異常を確認
市民の皆様は屋内に待機し、第七区および関連幹線道路への接近を避けてください】
文章は冷静だった。
語調も落ち着いている。
――あまりにも落ち着きすぎている。
それが、逆に異常だった。
同時刻。
連合行政中枢・最上階。緊急対応会議室。
湾曲した壁面を埋める情報スクリーンが、すべて刺すような赤に染まっていた。
警告枠が次々と重なり、元の都市地図はほとんど見えない。
地下第七区との通信断絶。
衛星軌道定位砲の異常発射。
安寧局の報告途絶。
エネルギーノード脱落。
三つの行政タワーで通信権限が未知プロトコルに上書き――
どれも一件だけで政府上層部の顔色が変わる案件だった。
だが、本当に背筋を冷やしたのは
それらの赤文字が今も増え続けていることだった。
「誰が衛星軌道定位砲の使用を許可した!?」
「東区を封鎖しろ! まず映像ストリームを切断!」
「やっている――いや、待て! メディアノードが命令を受け付けない!」
「第四軍区は!? 市内に投入しろ!」
「報告! 進入許可が上位権限で上書きされています! 現在、城外待機のみ可能!」
「上位権限だと? 誰のだ!」
「……我々の側の上層ではありません」
その言葉が落ちた瞬間。
会議室の空気が一層、抜け落ちた。
数人の高官が互いに視線を交わす。
そこにあったのは怒りではない。
遅れて気づいた恐怖だった。
ガンッ。
側面ドアが開いた。
蹴破られたわけでも、警報解除でもない。
まるで扉自身が
この瞬間に開くことを最初から知っていたかのように
静かに、正確に、両側へ滑った。
廊下の冷たい白光が流れ込み、
混乱した会議室を刃のように切り裂いた。
そこに立っていたのは――
フィル=レグナ。
黒いロングコートは直線的で、
裾にさえ無駄な皺がない。
地下で起きた崩壊も、血霧も、空間歪曲も、
彼女の衣服に触れる資格すらなかったかのようだった。
表情は穏やかだった。
人を安心させるほど静かな笑み。
だがそれゆえに――
会議室の温度はさらに下がった。
彼女は乱入してきたのではない。
まるで――
最初から自分が主催すべき会議に遅れて現れただけのように。
彼女の後ろには四人。
黒衣の男が二人。
呼吸すら感じさせない立ち姿。
銀海星の高官が一人。
磨かれた金属のように冷たい視線。
そして――
四十八号。
鼻梁には明らかな打撲跡。
乾きかけた血が赤い線を作っている。
それでも彼は――
妙に機嫌がよさそうだった。




