TS王女は聖女を説得したい
街を出発した夜、俺達は街道沿いからすぐの小さな村で宿を取った。二日連続で野営を回避してまともな寝床を得られるのは幸運だ。……いや今は不運かもしれない。少しでも時間がかかってほしいから。
夕食はニーナが用意してくれた。彼女はパーティで唯一まともに料理できる人材だ。普段ならこの料理ももっと楽しめたろうに、今は味に集中できない。
「イゾルデさん、食欲ないんですか?」
おっと、ニーナを心配させてしまったようだ。
「あぁ、いや……ちょっと疲れてて。」
「そうですか?……無理はしないでくださいね。」
そう言ってニーナは優しくはにかんでこちらを見つめる。……その表情は約束忘れないでくださいね言わんばかりにこちらをじっと見つめている。いや、流石に被害妄想か。追い詰められて思考が良くないほうに行っているかもしれん。
頭を切り替えて視線を横にやる。クラリッサが静かに食事をしている。金髪のロングヘアを燭台の明かりで照らしながら、整った顔立ちには聖女然とした表情を浮かべている。
……そう、次のターゲットは彼女。正直、彼女がリオンに懸想していると知った時は驚いた。……あまりそういった様子は見なかったが。まぁいいだろう、実際告白したらしいし。
クラリッサは聡明な女性だ。ニーナの時は上手くいかなかったが、論理的に説明すれば理解してくれるはず。少なくともニーナの時のようにはならないはずだ。
勿論、昨日の失敗を繰り返すわけには行かない。今回は事前に説得の材料を用意している。彼女がリオンと結ばれる上での懸念点……、それを取っ払うことで納得してもらいたい。
脳内で作戦を立てているうちに食事が終わり、片付けも完了した。さて、仕掛けどころかな。
「クラリッサ、散歩でもどうだ?夜風が気持ちよさそうだ。」
「散歩……ですか?」
俺が今までしたことが無いような提案に少し驚いた様子だったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「……いいですね。食後の運動と参りましょうか。」
「よし、行こうか。」
リオンとニーナに気を付けてねと見送られながら二人で宿を出る。村の外れまで二人で歩く。月明かりが道を照らす。静かに話すには良い環境だろう。
しばらく黙って、話を切り出すタイミングを伺っていると、クラリッサが口を開いた。
「それで、お話は?」
「……ああ」
何か話したいとバレていたか。まぁ普段ならこんな誘いしないしな。
俺は一呼吸置くと、話題を切り出す。
「クラリッサ……、お前リオンの事好きなんだろ?」
クラリッサは一瞬目を見開くと、すぐにいつもの微笑を浮かべる。
「……よくご存じですのね。」
「見てればわかるさ。」
日記をだけどな。
「それで、そのことで何か?」
「お前、諦めるつもりじゃないか?……それでいいのか?」
俺は真剣な表情を意識して言う。
「どういう意味でしょうか?」
クラリッサは穏やかな表情を崩さずに俺を見つめている。
「お前の考えは散々聞いてきた。だから何を懸念しているかはわかってる。……教会だろ?お前の嫌いな上層部の権力が増すのを避けたいわけだ。」
彼女は自らが所属している教会が好きではない。……というよりかは腐った上層部が嫌いだ。故に彼女は自らと勇者が一緒になることで上層部の発言力が増すことをよしとしないはず。……それを俺が解消すればいいはずだ。
「……よくおわかりで。ええ、彼らに力を与えてもいいことはありませんわ。」
クラリッサは少し驚いた表情を見せると、彼女には珍しい語気で吐き捨てる。
「聖女と勇者の婚姻……確かに教会の力が強まりかねない。だが王女であり魔導士としても発言権も大きい私が協力すれば話は変わってくる。」
俺は言葉を続ける。
「王国と教会のバランスを保ちつつ、お前とリオンは結ばれることができる。私も力をつくす。お前が教会から自由になれるよう全力でサポートする。」
「……」
クラリッサは黙って私の話を聞いて考えこんでいる。
「だから、もう一度自分の気持ちに向き合ってみないか?諦めるのは……まだ早いんじゃないか?」
俺は真剣な表情で訴える。
クラリッサはじっと俺を見つめていたが、やがて静かに首を振った。
「……お気持ちは嬉しいです。でも、お断りします。」
「なんで!?」
「リオン様のお気持ちは……別の方にありますから。」
儚げな笑みを浮かべつつ、俺の目をじっと見るクラリッサ。
「でしょう?イゾルデ様……。」
クラリッサは穏やかな調子を崩さずに言葉を続ける。
「貴女とリオン様が幸せに過ごす……。それだけで私には十分なのです。」
「違う!私はリオンを愛してなどいない!」
俺は彼女の言葉を否定する。昨日の失敗と重なって、つい大声になってしまう。
「本当にそうでしょうか。リオン様は好ましい相手ではありませんか?誠実で強く、優しい。今回の旅で実績も十二分です。王女の結婚相手として申し分ない。」
「……人としては好きだ!けど結婚は違う。」
「自分より強い者でなければ結婚しない……でしたか。貴女の条件に合う人間などこの先、他にいないでしょう。貴女は王女です。本当にずっと独り身で済むと思っているのですか?」
「……っ」
痛いところを突かれて黙る俺にクラリッサは更に問いかける。
「1つお聞きしても?」
「……なんだ。」
「何故そこまでリオン様との結婚を避けようとされるのですか?」
その問いに俺は答えることが出来なかった。前世が男だから……なんて荒唐無稽なことは言えない。
「それは……。」
「無理に話さなくても結構ですよ。」
クラリッサは優しく言う。
「貴女は何かを懸念しているのでしょう……。けれど、もう少し素直になってもいいのでは?」
「違う!俺は……。」
「リオン様は貴女を深く愛しています。」
「違う!」
俺は改めて強く否定する。クラリッサは静かにため息をつく。
「……そうですか。ではこれ以上は申しません。」
しかし彼女の表情にはどこか含みを感じる。
二人は黙って宿に戻る。……また失敗した。
宿の前でクラリッサが振り返る。
「おやすみなさい。」
「……あぁ。」
「素敵な夢を。」
その笑みにはどこか意味深な物が含まれているように感じた。俺は不安を覚えるが今更呼び止めても何も言えることがない。
自らの部屋に戻りベッドへ倒れこむ。
……クラリッサの意図がわからない。日記には、確かにクラリッサがリオンに想いを伝えたと書いてあった。だが彼女には何か別の思惑があるように感じた。……何を考えているんだろうか。最後には逆に俺を説得しようとしていた。
……とにかく失敗だ。ニーナは勘違いして側室宣言。クラリッサはむしろ俺に結婚するように説得してきた。
もう謁見の前に直接リオンを振るか?……いやなんで俺がアイツの想いを知っているんだ。日記を勝手に読みましたとでも言うのか?
父に相談するか?……いや勇者を王族に取り込む良い機会だ。王である父としては間違いなく推し進める。そうじゃなくても一向に婚約者を作らない俺に降って湧いた機会だ。父親としての立場でも同じようにするだろう。
……いっそ国を出る?……王女が国外逃亡など大問題だ。まぁ正直それはいいんだが魔法の研究に大きな支障がでる。……それは受け入れられない。
どの選択肢も無理だ。
ベッドの上で考え続けるが一向にいい考えは出てこない。
「王都まであと四日か……。」
翌朝、俺たちは街を出発する。ほとんど寝られなかったからか目がしばしばする。きっと隈もできているだろう。
「イゾルデ様……大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。」
クラリッサは俺を見て、微笑を浮かべつつも心配してくれる。……ダメだ、昨日の事もあって彼女が何か企んでいるような気がしてしまう。
街道を一歩一歩踏みしめるごとに残された時間は摩耗していく。
王都まであと四日。答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
イゾルデの焦燥は、深まっていった。




