TS王女は事態を把握する
「ニーナ!本当に私はリオンを愛してなどいないんだって!」
「イゾルデさん……私の為にそんなこと言って……。けどいいんです!相思相愛の二人が一緒になるべきなんです!……あ、でも側室にはならせてくださいね?」
勇者の幼馴染にしてシーフのニーナは話を曲解し、勝手に感動して側室に収まろうとしている。
「クラリッサ……。懸念はわかる。教会の聖女であるお前と勇者であるリオンが一緒になったら王国のパワーバランスは崩れる。……けれど王女である私も協力する。だから、な?自分の気持ちに素直になっていいんだぞ?勇者と聖女……お似合いじゃないか。」
「……いいのです。リオン様と貴方が幸せに過ごす……。それだけで私には十分なのです……。」
教会からやってきた聖女であるクラリッサはそう言って儚げに微笑む。二人が幸せなら……と満足気にしているがこのままだと誰も幸せにならないんだよ!
「やべぇぞ……このままじゃ……。」
帰路が進むにつれてはっきりと見えてきた王都。それは時間切れが近づいてきていることを意味している。
旅の目的を達成し、あとは帰って好きに過ごす……その予定だったのに私は今人生がかかった一大ミッションに取り組んでいる。どうにかリオンの奴を二人のどちらかに押し付けなければ私……いや”俺”に待っているのは……勇者との婚姻だ。冗談じゃない。
どこで帳尻が狂ったんだろう……。
「ん?なんだこの本……。私のじゃないな……。」
俺達は魔王領からの帰路についていた。三日前、長い旅の末に魔王と呼ばれる存在を撃破した。……正直大した苦戦もしていない。聖剣を引き抜いた勇者のリオン、その幼馴染にして優秀なシーフであるニーナ、王国最高峰の魔術師である俺ことイゾルデ、教会からやってきた聖女クラリッサ。旅の中でトラブルが無かったとは言わないが戦力的には十分であり、戦闘という意味では苦戦した記憶すらない。これがRPGだったら内容が薄すぎて低評価待ったなしだろう。
そして野営をしながらの帰路の途中にある街で、久々にまともな宿に泊まることが出来た。そこで荷物の整理をしていると自らの荷物に見覚えのない本を見つけた。
「……あ、これリオンの日記か。」
勇者であるリオン。彼は冒険を始めてすぐに日記を書き始めたらしい。全てが終わって見返したら楽しそうでしょ?なんて言っていた。
……さて。当然返しに行く……前に見るしかないよなこんなん。面白そうだし。
「あぁ、そんなこともあったっけなぁ。」
綴られているのは旅の中でのエピソードとリオンの当時の感想。なんの変哲もない日記だ。
そしてページをめくるにつれ書いてある出来事が直近の物になってくるとその文章は飛び込んできた。
『ニーナから想いを告げられた。』
思わず動きを止めた。……今更だが読んでしまった罪悪感が少しこみ上げてきた。
『想いを告げたニーナは、普段の緩い様子とは違い僕を真剣な様子で見つめていた。彼女のことは幼馴染として大切に思っている。断るのは辛かった。しかしこういう時こそ誠実でありたい。彼女には申し訳ない事をした。』
どうやら彼女はリオンに告白し、……そして振られてしまったらしい。勇者とその旅についてきた幼馴染、お似合いだと思うがねぇ……こればっかりは仕方ない。次のページをめくる。
『クラリッサ様からも告白を受けた。彼女のことは尊敬しているし、仲間として信頼している。だが僕が愛している人は別の人だ。クラリッサにも正直に伝えた。ニーナもそうだったが他の想い人を告げられても彼女達は穏やかに受け入れてくれた。断っておいてこんなことを思うのはどうかと思うが二人とも幸せになってほしい。』
クラリッサまで!?
思わず日記を持つ手に力が入る。……というかこんなことが二日連続であったのか。全く気付けなかった。
しかし愛している別の人……ねぇ。誰だろう。どうせここまで読んでしまったし読み進める。
『魔王を倒したら報告の際に褒美としてイゾルデを娶ることを願い出ようと思う。僕の想いをようやく伝えられる。』
『イゾルデの王女でありながら飾らない姿。魔法の研究に情熱を燃やす姿。時折見せる女性らしさの僕の心は奪われてしまった。』
『彼女は僕をどう思っているんだろう。ただの友人かもしれない。とにかく早く想いを伝えたい。』
……パタン、と日記を閉じた。心臓が早鐘を打っている。
共に旅をした勇者の想いを知った王女の顔はリンゴのように赤らんでいる……ことはなくむしろ脂汗を流して色は青色に近づいていた。
「冗談じゃない……!」
小声で呟く。リオンが俺を?まずいまずい……リオンと、男と結婚なんて無理だ。
ヴァレンティア王国第一王女イゾルデ・ヴァレンティア。19歳。それが今の俺だ。前世では日本で男性として生きていた。死んだ記憶こそないものの、ある時明らかに元の世界とは違う場所で女の赤ん坊として生まれ変わっていた。
最初は絶望した。娯楽の少ない中世ヨーロッパに近しい世界。もちろんPCもゲームもない。
しかし少ししてこの世界には魔法があることを知った。それに俺は救われた。
物理法則を超越した力。未知の法則。研究すればするほど興味深い事象が増えていく。幼いころからのめり込み、気づけば王国での最高峰の魔術師となっていた。
ある日世界に魔王なる存在が現れた。……正直そんなとこまでゲームみたいなのかよと思ったが、呼応するように勇者まで現れた。俺は王女であると同時に強力な魔術師だ。だから王である父に願い出て魔王打倒の旅を始めた勇者とその幼馴染で構成されたパーティに加入することにした。王城では試せない魔法や習得した強力な魔法を使用できる機会を探していたのもあるし、一応王族だからね。世界の危機に力を持つ俺は動かなければ。
そして更に加入した聖女と共に俺たちは魔王を撃破した。あとは城に帰って魔法の研究しながら好きに過ごせると考えていた。
俺には婚約者がいない。前世で既に完成された自我がそのまま残っているのだ。女性の体といえど男と結婚などありえない。
しかし王族である以上、それは通らない。そこで自らより弱い人間とは結婚できないと宣言したのだ。……幸い俺の王位継承権が一位でないことと、魔術師としての能力が高いことも相まって父にも何も言われなかった。勿論俺に懸想する貴族もいたが、条件を達する人間などいなかった。
いや、いなかったのだ。リオンが現れるまでは。あいつは勇者となる前から騎士を目指して日々剣を振っていたような奴だ。流石に勝てない。
それに魔王を討伐した勇者が共に旅をした王女を求める。実にそれっぽいストーリーだ。王としても強力な勇者を国に所属させられるのも相まって断ることはないだろう。
そこまでの事態になるまでに事前に断るか?……いやなんで伝えられてもいない好意を俺が知っているんだ、日記を勝手に見たとでもいうのか?先回りして振るなんておかしいだろ。
日記を握りしめて考える。……そうだあの二人だ。
ニーナかクラリッサをリオンにくっつければいい。
リオンは二人の告白を断った。でもそれは自分の心が別のところにあるという理由だ。普段の様子を見ても彼女たちのことを憎からず思っているはず。むしろトチ狂って俺に懸想などしなければ今頃くっついていたはずだ。
不幸中の幸い。王都に凱旋し、父に謁見するまではまだ猶予がある。
それまでに二人のどちらかをリオンとくっつけるのだ。そして私は独り、好き放題に魔術を研究しながら生きるのだ。
……残された時間は決して長くない。だがやるしかないのだ。
俺は決意を固めながら、とりあえず日記をこっそりとリオンの荷物に戻すために部屋を出た。




