「友よさらば」
〈お螻蛄鳴く蟲の世界は不可知だな 涙次〉
【ⅰ】
* 時軸の勞務者時代の友逹、「ひやうろく玉」、彼は結局のところ【魔】だつたのか、否か。それは謎なのであるが、【魔】ではなかつたにせよ、似たり寄つたりで、要するに【魔】に利用され易いところにゐる、と云ふのだけは明らかだつた。彼は不慮の事故で死んだ勞務者を「祀る」塚に埋葬されてゐた。其処から、「ゾンビー使ひ」なる【魔】が、彼の遺體を蘇生せしめて、人間の中でも「惡漢」の部類に入る、田所(「ひやうろく玉」を死に追いやつた現場監督、カンテラの手で斬死)の墓を暴くやう、彼を仕向けた。
* 当該シリーズ第36話參照。
【ⅱ】
彼は田所の遺骨に、有らう事か、小便を引つ掛かけ、自らの怨念を露はにした。その後直ぐに、* 時軸と「母ちやん」が倹しく同居するアパートの一室に現れた。
時軸、「おゝ『ひやうろく玉』ぢやないか。お前、蘇生したのか」-「ひやうろく玉」は彼らしい事で、訥々と「ゾンビー使ひ」その他の事を語つた。「小便? それはまた...」と時軸、絶句してしまふ。彼をそんなデスペラな行為に向かはせた「ゾンビー使ひ」に依り、「ひやうろく玉」が所謂「ゾンビー」と化した事、カンテラに報告しやうかしまいか、時軸は迷つた。
* 当該シリーズ第81話參照。
【ⅲ】
何事も、カンテラに隠し立てしてゐては、良い方向に向かはないのは、時軸には分かつてゐた。結果、悩みに悩んだ末、時軸はこの旧い友、「ひやうろく玉」の蘇生をカンテラに打ち明けた。
カンテラ「ふーむ。小便云々(それだけ怨みを買つたのは、田所の「業」のなせる事だ)はともかくとして、その『ゾンビー使ひ』つての氣になるな」-「やはりさうですかね」-「『ひやうろく玉』は、善人志向なのかい? それとも『惡人』志向なのかい?」-「それが... 奴にもその區別が付かないみたいで」
※※※※
〈山村と云ふべき村もなくなつた道の驛には土産物の山 平手みき〉
【ⅳ】
「彼さへ良ければ、* 山城さんがさうして貰つたやうに、安保さんに『善人チップ』を埋め込んで貰つては、だうだらう」-「さうですね。こゝは僕が一つ説得してみませう」
で、「ひやうろく玉」、この儘「ゾンビー使ひ」に操られた儘、と云ふのもだうか、と思つたのか、「善人チップ」の件、承諾した。安保さんが直ぐに呼ばれ、「開發センター」でそのオペ、文字通り「善は急げ」と執り行はれた、のだが...
* 当該シリーズ第84話參照。
【ⅴ】
實はそのオペ、「時既に遅し」だつたのである。「善人チップ」は「ゾンビー使ひ」の術を上回る効果を果たし得なかつた。一度「ゾンビー使ひ」に操られた前歴が、「ひやうろく玉」を深く蝕んでゐたのである。
山城のやうに、顕著な善人の徴しは現れず、「ひやうろく玉」は魔境に据へ置かれてしまつてゐた。彼は、「ゾンビー使ひ」の次なる魔手の手先となり、他の墓までも暴いて、遺骨に小便、の愚挙を繰り返した。
【ⅵ】
「この儘ではいかん。無辜の人達の墓までが暴かれてゐる。きみにはお氣の毒さまだが、『ひやうろく玉』、『ゾンビー使ひ』と共に、斬るぞ」-「致し方ありません。じろさんに宜しくお願ひします」-時軸、悄然たる面持ちで、嘗ての友の愚行を止め得ない、自分を責めた。
【ⅶ】
カンテラとじろさん、まづは「ひやうろく玉」を闇に葬つた。「友を怨んでくれるなよ」-じろさん、必殺の蟹狹みで「ひやうろく玉」を斃した。「さて、敵さんだう出るかな」-「ゾンビー使ひ」は、魔道に老練なところを見せて、なかなか姿を現さなかつた。
カンテラ「この調子で行くと、第二第三の『ひやうろく玉』が出兼ねない」-カンテラは「修法」を使つた。そして「ひやうろく玉」に立派な供養をする事で、「ゾンビー使ひ」の面目を潰したのである。
のこのこと「ゾンビー使ひ」、その姿を見せ、即刻カンテラに斬り伏せられた。「しええええええいつ!!」
【ⅷ】
※※※※
〈秋めいて紫野菜のジュース飲む 涙次〉
流石に、この一件の後味は惡かつた。然も、「ひやうろく玉」は、結末を見透かすやうに、勞務者時代の僅かな貯へを、依頼料として遺してゐた-
「友よさらば」-一人カンテラのみがニヒリスティックなのではない。この件に携はつた皆、同じ無念さを嚙み締めた、と云ふ事であつた。お仕舞ひ。