第三話 変わってしまった朝
朝の優しい光をピンク色のカーテンが包んで降り注いでくる。ほのかな朝の色が瞼の奥から溢れてくる。目を覚ますと、そこには明るい色で統一されたカジュアルな部屋が広がっていた。ここは一体どこなのか?うとうとしながら目線を下におろすと、そこには二つの大きな山があった。だぼっとしたパジャマから奥深い谷間が見えて僕は固唾を飲んだ。神秘的な曲線を描いているそれに無意識に僕の手のひらが惹きつけられる。心拍数が上がっていく。段々と近づいていく手のひら。肌にパジャマの乾いた質感が走る。
「ダメだ!!」
犯罪行為目前で何とか思いとどまることができた。朝の気分というのは本当に恐ろしい。そうだ。僕は昨日、ひょんなことから相原雛妃と入れ替わった。相原さんは加城陸斗の体になってしまって、地区大会が近いから、サッカー部にいって練習に参加してもらい...それ以上は頭の中で文字に起こすのが嫌になった。その時、体の下の方がむずむずとし寒気が襲ってきた。これは...まさか...
ジャー
最悪だ。せっかく犯罪行為寸前で我に返ったというのに。結局はこうなってしまう。とてつもない罪悪感が僕を包む。しかし、そんなことを考えていても仕方がないのでリビングへ降りた。
「おはよう。雛妃!!」
見覚えのない無精ひげをはやしたおじさんがそこにはいた。目が若干に潤んでいる気がする。もしかして、この人は相原さんのお父さんだろうか?
「おはよう。雛妃!!ご飯できてるわよ。こっちおいで。」
リビング奥のキッチンから相原さんのお母さんだろう女性が顔を出してきた。さあさあ、と連れて行かれるまま椅子に座った。さっきから、やけにこの人たちは声の調子が高い。テーブルに並んだのは食パンに目玉焼きにサラダとコーンスープ。無難だが栄養バランスが良くて彩り豊かな朝ごはんだ。いただきます。と手を合わせて僕はコーンスープをスプーンで口に運んだ。
「行ってきまーす。」
「いってらっしゃーい。」
二人はわざわざ玄関まで出迎え満面の笑みで返してくれた。朝からなんだか気分がいいのだが、少し気味が悪い感じもした。
「雛妃と話したのは久しぶりだな。半年ぶりくらいか?」
「本当に...本当によかった。」
そんな二人の会話と母親の泣き声がドア越しにかすかに聞こえた。半年間、相原さんは親に口を聞いていなかったのか?母親をあれほど泣かせてしまうなんて、一体彼女はどんな生活をしているのだろうか。
「おはよう。」
「ふぇえあ!?」
その時前方から加城陸斗...相原さんが現れた。驚いた僕は思わず変な声を出してしまった。
「あ...相原さん。おはよう。わざわざ家まで来てくれたの?」
「そりゃ私の家だし。」
相変わらずの冷たくて強い態度。母親を泣かせてしまうのも納得だ。
「私達の体が入れ替わってる限り、お互いの行動は共有すべきだと思うの。だから、あなたについてきてほしいところがある。」
「え?」
朝の光があるというのに薄暗くて埃っぽい灰色の世界。いつのものかもわからない雨漏りの音がポツン、ポツンと響く。早歩きで進んでいく相原さんに僕は恐る恐るついていく。ついてきてほしいと言われてきたのが学校横の廃墟だなんて。相原さんは一体何をするつもりなのだろうか。進んでいった先に相原さんは何かを見つけて駆け出して行った。その先にあるのは...下駄箱?あっ、
~三週間前、三年の柳瀬に匿名でSNSにメールが届いて、いいものがあるから学校横の廃墟の下駄箱を覗きにいけって言われて、そこにあったのがウイングだった。~
村上先輩が言っていたことを思い出した。ここが取引現場なのだ。そう思うと僕の中で緊張が走った。相原さんは勢い良く下駄箱をあけていく。
「何もないわね。まだ取引が行われていないのかも。」
そう言うと相原さんは立ち上がって周りを見渡し、再びしゃがんでバッグから何かを取り出した。暗くてよく見えず、僕は目を細めた。相原さんが持っているものは...
「小型防犯カメラよ。」
「防犯カメラ!?」
「今は何もないけど、またここで取引が行われる可能性があるわ。その時に犯人をあぶりだす。」
「いや、まああそれはいいんだけど、いくらしたの?」
「5000。」
5000円...!?僕の月のお小遣いじゃないか。そのお金は確実に僕の所持金から抜かれている。買いたいゲームがあったというのに。
「私の財布から5000円抜きなさい。別にそれでいいでしょ。」
相原さんの一言に少しほっとした。相原さんはしゃがみこんだまましばらく黙った。
「...悪いとは思ってるのよ。あなたと入れ替わって、こんなことに巻き込んで。多分、家の雰囲気とかも混乱させたと思うし。私、疫病神だから。」
それでも、己がするべきことをしなければいけないという相原さんの意志を僕は感じた。しかし、それを後ろめたくも感じているのだから、相原さんは意外に優しい人なのだろう。
ーーー花江恵は人殺し
昨日のメモが頭によぎった。相原さんも少し本心を見せてくれたのだ。聞いてしまうのは怖いけれど、やっぱりあのメモのことを聞くべきなのかもしれない。少しの緊張を整えるため深呼吸をした。勇気を振り絞れ。加城陸斗。
「入れ替わったって、どういうこと?」
僕と相原さんに電撃が走り体が固まった。明らかに別の何者かの声。下駄箱奥の灰色の柱の裏から人影が見えた。朝日に照らされた人影が動いてこちらにでてくる。その影の持ち主は...
ーーー檜山先輩
「檜山先輩...どうしてここに。」
「私もウイングのことが気になって、取引してたっていう廃墟の下駄箱まできてみたの。まさか、二人もいるなんてね。」
入れ替わりが檜山先輩にバレてしまった。




