都合よく忘れる男
翌日、オズワルドは早速、再構築の交流をすると言ってエリーゼのタウンハウスにやって来た。
エリーゼは断った。
正確に言うと、門前払いした。
婚約解消が成らなかった腹いせとか、再構築の提案を軽んじたとかの感情的な理由ではない。
むしろ、理性的に判断した結果の門前払いであった。
というのも、オズワルドはいつものように、先触れなしにタウンハウスに突撃したからだ。
(昨日、婚約解消の話が出たのに、保留になったらもう忘れたのかしら。
どうして今まで通りだと思えるの?)
たった今、門前で騒いでいたオズワルドにマナー違反を指摘して戻って来たエリーゼは、本日三度目の溜め息を吐いた。
先触れとは、訪問に際し、予定日を前もって相手に知らせるもので、貴族のマナーとしては基本中の基本と言える。
先触れなしの訪問は、相手を尊重する意思がないと伝えているのも同然の、大変失礼な行為なのだ。
もちろん、緊急時や、互いに先触れなしの訪問を許すほど親密な―――たとえば家族とかの―――間柄という例外もある。
だが一般的に、婚約者はこの『親密』の括りに含まれない。将来家族になる可能性があるだけで、実際にはまだ家族ではないからだ。
実際、エリーゼがオズワルドに会う時は先触れを出していた。
ちなみに、オズワルドが先触れのマナーを知らない、というオチはない。他家の訪問時、オズワルドはきちんと相手に先触れを送っているからだ。
つまり、知っていて『エリーゼなら大丈夫』とやらなかっただけだ。
そして今さらだが、そんな無礼な訪問を、昨日までのエリーゼは許していた。予定を調整していつも受け入れていたのだ。
優越感、満足感、万能感、油断、自信、傲慢、自己過信―――オズワルドの心の中に、これらのどれが潜んでいたのか、エリーゼには分からない。
ただ、オズワルドはこれからも―――昨日あんな話し合いがあったにもかかわらず―――今までのようにすんなりと、自分のいきなりの訪問が受け入れられると信じていた事だけは間違いなかった。
『エリーゼ! こいつらに門を開けるように言ってくれ!』
だから、呆れ顔で門まで出て来たエリーゼに向かって、堂々とそんな事を言ったのだ。
(私が「訪問の前には先触れを寄越してください」って言ったら、ものすごくびっくりしていたわね。数日前までは許されていたものね)
オズワルドを追い返した後、自室のソファでお茶に口をつけたエリーゼは、先ほどの光景を思い返していた。
すぐに納得しなかったから、その後も門前で騒ぎは続いたし、慣れない「いいえ」をオズワルドに突き付けた事でエリーゼの胸はドキドキと早鐘を打ちもした。
だが、決別への一歩は踏み出せたとエリーゼは思う。
残念ながら、昨日の話し合いで婚約解消にまでは至らなかった。継続は明言されなかったが、保留という微妙な形だ。
それをゴーガン侯爵家側がどう捉えたかは分からないが、もうオズワルドを愛していないエリーゼとしては、関係の再構築などするつもりはない。
今度こそ婚約解消を成立させる、そう思ってはいるが、残念ながら今はまだ決意だけで、具体的な方法は思いついていない。
(・・・取り敢えず、我慢するのは止めましょう)
もうオズワルドに遠慮しないし、譲らない。
オズワルドの為に自分を下げたりしない。できないフリも、分からないフリもしない。
(そうしたら、怒ってボロを出すかしら)
両親の前ではエリーゼを愛しているなどと主張していたオズワルドだが、夜会で聞いた言葉の方が本音。地味なエリーゼを嫌い、結婚どころか笑いかけるのも無理と言っていた。
何を思って、あんな大嘘を吐いてまで婚約解消を拒否したかは分からないが、オズワルドはずっと演技していられるほど器用な性格ではない。
(今度こそ、きっちり婚約解消に持っていけるようにしないと)
そんなエリーゼの密かな決意を知らないオズワルドは、前回の門前払いで懲りたのか、数日経って次の訪問についての先触れを送って来た。
『いいカフェを友人から聞いた。デートで行ってみないか』
先触れの知らせと共に届いたエリーゼ宛ての手紙には、そんな事が書いてあった。
王都に出て来てからというもの、オズワルドから手紙を一通ももらっていない。だからこれは、少なくとも三年ぶりの手紙だ。
まずはその事実に驚いて、それから内容を読んでもう一度驚いた。
デートなんて、誘われたのはこれが初めてなのだ。
それはそうだろう。エリーゼの茶会夜会の出席だって制限していたオズワルドなのだ。
わざわざデートで外に連れ出す訳がない。
(改心アピールかしら。そんな事をしても、今さらなのにね)
エリーゼが全く喜んでいないとも知らず、予定していた日にオズワルドは意気揚々とやって来た。
銀色の髪をきれいに後ろになでつけ、額を出したオズワルドは、心もち緊張した顔つきで現れた。
街中を歩く用のシンプルな服装が、かっちりした髪型と少しちぐはぐな印象だ。
同じく街歩き用に町娘風のワンピースを着たエリーゼと共に、二人は馬車で王都の中心街へと向かう。
ルネスは、いつものように騎乗で馬車に付いて来ていた。
向かったカフェは人気店らしく、開店間もない時間なのに既に多くの席が埋まっていた。
「個室もあるそうだが、この店は窓側の席が人気らしい」
それも友人から仕入れた情報なのか、オズワルドはぜひともその席に座るのだと店員に硬貨を握らせ、残っていた最後の窓側席に案内させた。
なぜ窓側が人気かと言うと、店の周囲をぐるりと囲むように花壇が配置されていて、そこに色とりどりの花が咲いているのだ。その花がまた見事で、花壇なのにちょっとした花畑を錯覚させる美しさだ。
建物自体が可愛らしくも華やかな雰囲気なので、少々割高の窓側席に座らなくても十分楽しい時間を過ごせるが、実際こうして窓際席に座ってみれば、確かにいい席だった。
窓側席だけ、他より数段高い位置になるよう設計されている為、目線が他より少しばかり高くなるのもよかった。
窓越しの綺麗な花々を上から見渡せるだけでなく、花壇の向こうで通りを歩く人たちと、わざとでない限り視線がかち合う事もない。
これまで街に出る機会のなかったエリーゼが、ついきょろきょろと周りを見回していると。
「おい、落ち着けよ。みっともないな」
オズワルドがドヤ顔でメニューを差し出した。




