素直になれないだけとか、照れくさいとか
ルネスの言葉に、ついに涙腺が決壊してしまったエリーゼは、その後もずっと涙が止まらず、わんわんと泣き続けた。
結果、目元は赤く腫れ上がって酷い事になってしまったけれど、散々泣いたお陰で、気持ちは驚くほどすっきりした。
『胸を張ってください。お嬢さまは頑張りました』
ルネスのその言葉は、魔法のようにエリーゼの心を軽くしてくれた。
そう、頑張った。頑張ったけど駄目だった。
でも無駄ではなかった。ちゃんと見てくれている人がここにいた。
それなら、後悔するのも、悩むのも、自分を責めるのも、もう止めていいのかもしれないと思った。
「・・・ルネス」
「はい」
「ありがとう」
「・・・いえ」
泣いている間中ずっと頭を撫でてくれた優しい護衛騎士は、エリーゼのお礼の言葉にも、穏やかな声音で短く返すだけだ。
エリーゼは鼻をすん、とすすってから、世界で一番信頼する自身の騎士を見上げた。
これから先の決意をひとつ、口にする為に。
「私・・・次に婚約する人とは、もっとちゃんとお話ししようと思うの。努力を怠るつもりはないけれど、出来ない事、嫌な事は我慢しないでちゃんと伝えられるようになりたい」
そうですね、ルネスはどこか寂しげな笑みを浮かべ、エリーゼの決意の言葉に頷いた。
「ぜひとも、そうなさってください」
目元はだいぶ痛々しくなったけれど、この時のエリーゼは、すっかり前向きな気持ちになれていた。
後は婚約解消についてゴーガン侯爵家と話し合うだけだと、そう思ってその先の次の相手の話まで。
―――そう。
オズワルドはきっとすぐに合意するだろうから、侯爵夫妻が納得したら話は終わるなんて。
「嫌です。オレはエリーゼを愛してる。婚約解消なんか絶対にしません!」
翌日、ラクスライン公爵家にやって来たオズワルドは、喜んで応じるどころか、エリーゼへの愛を叫んで全力で婚約の解消を拒否したのだ。
「エリーゼちゃん、オズワルドは素直になれなかっただけなのよ。本当はエリーゼちゃんが大好きなのに、照れて変な態度を取ってしまったの」
「本当に悪かった。息子が嫌な思いをさせたよね。でも、こういうのは男にはよくある事なんだよ。好きな子に素直になれず、意地悪をしてしまう。
私たちも注意はしていたんだが、なかなか難しかったみたいでね」
当然ながら、ゴーガン侯爵夫妻は息子オズワルドの味方だった。
「今は本人もこの通り、深く反省している。だから、愚息に機会を与えてやってはくれないか」
「お願いよ、エリーゼちゃん」
悪気はなかった、広い心で許してほしい、どうか再構築を、とゴーガン侯爵夫妻は頭を下げた。
もちろん夫妻だけではない。彼らの横ではあのオズワルドまで「頼む」と頭を下げている。
(訳が分からないわ)
エリーゼは理解が追いつかなかった。
だって、エリーゼはオズワルドの本音を知っている。
証拠はないが、あれは間違いなくオズワルドの声だった。
はっきりエリーゼとの婚約を嫌がっていた。地味でつまらないと、エリーゼを蔑んでいた。
なのに、今エリーゼの目の前にいるオズワルドは、夜会の時と同じ声で、エリーゼを愛してると、だから婚約解消などしないと喚いている。
(あんなに私との婚約を嫌がっていたじゃない。なのにどうして、『愛してる』なんて白々しい嘘まで吐くの?)
オズワルドの言動に当惑していたのはエリーゼだけではない。アリウスもである。
ゴーガン侯爵夫妻が婚約解消に難色を示すであろう事はアリウスも予測していた。
だが、少なくともオズワルドは同意すると思っていたのだ。
アリウスの目からも、オズワルドはエリーゼを好いているようには見えなかった。
それでも、エリーゼがオズワルドに惚れ込んでいたから何も言わなかったのだ。
さてどうするか、とアリウスは思案した。
夜会での一件を知らないアリウスは、オズワルドを最悪の人材とは分類していない。
エリーゼとオズワルドの婚約に、政略的なものはほぼ絡んでいない。
ラクスライン公爵家の方が格上だし、一方的に話をつける事だって、出来ると言えば出来る。
ただ、同じ派閥にいる者同士、事を荒立てるやり方は政治的に望ましくない。
話し合いの末ならともかく、懇願を無視して婚約解消を強行しては、後に女公爵となるエリーゼの評判に関わるだろう。
「・・・ふむ」
思考を重ねた後、アリウスは口を開いた。
「そちらの言い分は分かった。では、こうしよう」
結局、関係を再構築するという提案を拒否するほどの理由を提示できないまま、ラクスライン公爵家とゴーガン侯爵家の話し合いは終わり、婚約解消の話は一旦保留となった。
婚約継続ではなく、婚約解消の保留としたのは、アリウスのせめてもの親心なのだろうか。
(保留・・・)
まさかオズワルドが拒否するとは思っていなかったエリーゼは、既に婚約を解消した気になっていた自分の見通しの甘さを痛感した。
「エリーゼ。今までは、あまり構ってやれなくて悪かった。これからは婚約者らしく過ごそう。お前にも頻繁に会いに来るからな」
別れ際、オズワルドはエリーゼに向かって、やけに力強い声で、そんな事を言ったのだった。




