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もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?  作者: 冬馬亮


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現実に気がついただけ



エリーゼが着替えを終えてしばらくすると、侍女が知らせに来て父アリウスの執務室に呼ばれた。マシューに頼んだ伝言を聞いて、すぐに時間を作ってくれたようだ。



部屋に入るとすぐに、エリーゼは用件を―――オズワルドとの婚約解消を願っている事を―――アリウスに伝えた。


娘の深い恋情を知っているアリウスは、当然ひどく驚いた。


だが意外な事に、アリウスはしばし考える様子を見せた後、エリーゼが予想していたよりもあっさりと娘の願いに頷いたのだ。



「い、いいのですか?」


「いいも何も、エリーゼ、お前が嫌だと言ったんだろうが」


「それはそうなのですが・・・」


「元々この婚約に絡んだ事業も提携もない。ちょうどケスラーの息子が条件に合って結んだだけの婚約だ。お前が惚れ込んでいたから、このまま結婚までいくと思っていたが」


「・・・婚姻までもう二年もないというのに申し訳ありません」


「ずっと我が儘を言わずに頑張っていたお前が嫌だと言ったんだ。それに、オズワルドの態度もアレだったしな。お前がもういいと言うのなら、いいんじゃないか。ケスラーは騒ぐだろうが、オズワルドは頷くだろう」



その言葉で、父はオズワルドの本心に気づいていて、それでもエリーゼの為に静観してくれていたのだと理解し、自分の盲愛に恥ずかしさを覚えた。



(私って、本当にオズワルドしか見えていなかったのね・・・)



落ち込むエリーゼをよそに、アリウスは執務机の引き出しから紙を一枚取ると、さらさらと何事かを書き始めた。



「ちょうどと言っては何だが、今は社交シーズンだからケスラーたちも王都に来ている。話がまとまれば、すぐに手続きに入れるだろう」



ゴーガン侯爵家へと送る書状を書いているらしいアリウスは、手を動かしたまま、ふと思い出したように呟いた。



「そういえば、今日は若い貴族を主体にした夜会があったな。・・・もしや、そこで何かあったのか?」



エリーゼの肩がピクリと揺れた。



「・・・いえ、別にそういう訳では」


「本当に?」


「はい。今になって、やっと現実に気がついただけです」



前から父の圧を、背後からルネスの視線を感じるが、エリーゼは知らぬふりを貫いた。


夜会で耳にした事を報告しようかと一瞬思ったが、よくよく考えてみれば何の証拠もないのだ。


バルコニー越しに漏れ聞いた会話、遠目に複数見えた黒い人影。


顔も確認出来ていなければ、他に誰がいたかも分からない。


立ち去る直前にオズワルドという名前だけは聞こえたけれど、その『オズワルド』がエリーゼの婚約者のオズワルド・ゴーガンだと証明するものは何もない。


たとえそのオズワルドなる人物の声が、エリーゼの知る彼のそれとそっくりだったとしても、確実な証拠として提示できる部分は一つもないのだ。



(だからこそ、お父さまの説得に時間がかかると覚悟していたのに、こんなあっさりお許しが出るなんて・・・)



書き終えた書状を封筒に入れたアリウスは、ふと思い出したように口を開いた。



「この件が無事に片付いたら、お前に新しい婚約者を見つけねばならんな。まあ、すぐに見つかるだろうが」


「・・・だといいのですけれど」



(私なんかでいいと言ってくれる方など、本当にいるかしら)



ただでさえ低められていたエリーゼの自尊心は、今日の夜会の出来事で底辺まで落ちてしまった。

そんなエリーゼが、親の欲目満載のアリウスの言葉を素直に受け取れる筈もない。


だが、アリウスはその態度を違う風に捉えたようで、机の上で両手を組んで顎を乗せると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「どうした? 身近にもっといい男がいる事に気づいたか?」


「・・・はい?」



唐突な質問に、エリーゼはきょとんと目を丸くした。



全く心当たりがないと見て取れるその反応に、アリウスは「なんだ違うのか」と苦笑した。


エリーゼが何の話かと問えば、アリウスは意味ありげな眼差しをエリーゼの背後に立つルネスへと向けた。



「たとえば、ルネスとか」


「・・・ルネス?」



一瞬、父の言った意味が分からず、ぱちぱちと目を瞬かせたエリーゼは、少し遅れてその意図を理解して。


それで、はっと後ろを振り返れば、ルネスも意味を察したのだろう、顔を赤くしていた。



「お、お父さまったら、突然何を・・・っ」



(私なんかを押し付けられたら、ルネスが可哀想だわ。だって、ルネスは・・・)



エリーゼは慌てて口を開いた。



「お父さま! ルネスを困らせるような事を言ってはいけませんわ」


「おや、どうしてだ?」


「ルネスには想い人がいるからです!」


「お、お嬢さま!」



背後からルネスが大きな声を上げた。


エリーゼは、ハッとして口を押さえる。



「ご、ごめんなさい、ルネス。このままでは、あなたに迷惑をかけてしまうと思ったら、つい」


「い、いえ。俺は大丈夫ですが、その・・・」


「そうなのか、ルネス。お前には好きな女性がいたのか」



真っ赤な顔でエリーゼに向かって何か言いかけたルネスは、執務机の向こうからアリウスに問いかけられ、ハッと姿勢を正した。



「は・・・いえ、その・・・はい。おります」


「おお、そうか。二十四になるのにまだ婚約者もおらんから、私はてっきりお前にそういう相手はいないのかと。だが、どうしてその者と婚約しない?」


「それはその・・・色々ありまして。ですが嫡男として、いつかは身を固めるつもりでおります」


「そうなのか。いや、立ち入った事を聞いてすまなかった。お前なら安心してエリーゼを任せられると思って、うっかり口を滑らせてしまった」


「いえ、光栄な事でございます。・・・ですが、俺はマッケンロー家の嫡男。もとよりお嬢さまの婿になる条件から外れております」



ルネスはそう言って、アリウスに向かって深々と頭を下げた。



「それは別に・・・いや、お前にその気がないのに、こんな話をしても意味がないな。とにかく、すまなかった。さっきの話は忘れてくれ」


「・・・はっ。承知しました」


「まあ、全てはこの件が無事に終わってからだしな」



話は終わったとアリウスはエリーゼに退室を促すと、ベルを鳴らして使用人を呼び、書き終えたばかりの手紙をゴーガン侯爵家に送るよう命じた。







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