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護衛騎士ルネス



エリーゼを護衛する騎士は、交代要員を含めた通常体制で三人。


しかし、エリーゼ専属の護衛騎士と定められているのは、ルネス・マッケンローただひとりだ。


ルネスは、代々ラクスライン公爵家に仕えてきたマッケンロー伯爵家の嫡男で、エリーゼより六つ年上の二十四歳。


十一歳の時に、公爵の命令で当時五歳のエリーゼの従者兼護衛候補になった為、二人の主従関係はかれこれ十三年になる。


ルネスが付いた当時、エリーゼの後継者教育が始まって間もない頃だった。

厳しい勉強の反動なのか、エリーゼは我が儘を言って周りを振り回すようになっていた。

当時の従者兼護衛候補というルネスの立場には、そんなエリーゼの気を紛らわせる役目もあったのかもしれない。


ルネスを選んだ公爵の慧眼は正しかった。

幼いエリーゼは、父親が連れて来た年上の凛々しい少年にすぐ懐き、ルネスの後を追いかけるようになった。

ルネスはルネスで、構って遊んでと足に引っからまるエリーゼを面倒がる事もなく、笑顔で甲斐甲斐しく世話を焼いた。


いつしかエリーゼの我が儘は収まり、後継者教育に進んで取り組むようになった。

一時(いっとき)で終わった幼いエリーゼの我が儘エピソードは、今は古参の使用人たちの懐かしい思い出となっている。


幼女から少女へ、そして淑女へと成長していくエリーゼの傍らで、ルネスも少年から青年になっていった。

そして彼の立場も、従者兼護衛候補から専属護衛騎士へと変化し、やがて公爵家私設騎士団の白の制服がよく似合う、エリーゼが最も信頼する騎士となった。


だがオズワルドは、そんなルネスを護衛から外せと、ある日突然エリーゼに言った。



『護衛なんか誰でもいいだろ?』



まるでお茶のお代わりを頼むような軽い口調で言われたそれに、エリーゼは反射的に嫌です、と答えていた。



『・・・今、何て言った? 嫌だって言ったのか?』



拒否など予想だにしていなかったオズワルドは、むっと眉を顰め、低い声で問い返した。


咎めるような視線だった。オズワルドの指がトントンと椅子の肘置きを叩き始める。あからさまに不機嫌を表すその仕草に、エリーゼの胸のあたりがきゅうっと痛んだ。きっとオズワルドは、エリーゼが謝ってルネスを専属から外すと言い出すのを待っている。でも。



『・・・ルネスは、お父さまが直々に選んで私付きに任命した騎士です。もし、どうしてもルネスを外せと言うのなら、まずお父さまに話を通す必要があります。

正当な理由を示さない限り、お父さまが許可する可能性は低いと思いますが、それでも言った方がいいですか?』


『・・・っ、筆頭公爵家はやる事がいちいち大層だぞ。もういい』



エリーゼの父にまで話が行くのが嫌だったのか、実にあっさりとオズワルドは前言を撤回し、その後この件を蒸し返す事はなかった。



この時。そう、この時だけだ。


六年ほどの婚約期間中、エリーゼがオズワルドの要求を断ったのは、この時のただ一度だけ。

それ以外は全て求められるたびに譲ってきた。愛するオズワルドを喜ばせる、ただその為に。


エリーゼはオズワルドが好きで、オズワルドもエリーゼを好き、そう信じていたからこそ、オズワルドの為の我慢に価値があると思っていた。


けれど違った。そもそも、エリーゼは好かれてさえいなかった。



『あの女に無理して笑いかけるのももう―――』



頭の中で、夜会で聞いてしまった彼の声が繰り返され、エリーゼはふるふると頭を振る。


その時、ガタンという大きな音と共に、馬車の速度が落ち始めた。


ラクスライン公爵邸―――正確には王都にある公爵家所有のタウンハウス―――に到着したのだ。



ルネスの手を借りてゆっくりと馬車のステップを降りたエリーゼは、エントランスに集まった使用人たちに視線を向けた。


予想外に早いエリーゼの戻りに、出迎えた使用人たちは戸惑っているようだった。何かあったのかと、皆、気遣わしげな視線を向けている。



エリーゼは、使用人たちの一番前に立っていた執事長に向かって口を開いた。



「マシュー。着替えたら、お父さまにお話したい事があるの。お会い出来ないか聞いてきてくれるかしら? 出来るだけ早く、とお願いしてくれると嬉しいわ」


「かしこまりました」



礼をして奥に下がる執事長の後ろ姿を見送った後、エリーゼは自室へと足を向けた。


これから着替えをして、父アリウスの時間が取れ次第、オズワルドとの婚約の事を相談に行くつもりなのだ。



(本当は、部屋に閉じこもって泣いていたい気分だけど・・・)



なんの前触れもなくオズワルドの本音を知ってしまったエリーゼの動揺は大きく、けれど頭の中の一部はどこか冷静で。


ぐちゃぐちゃな気分なのに、まずは動けと自分に囁いている。



(そうよ、まだ泣いては駄目)



きっと父は時間を取ってくれる。だから気を昂らせてはいけない、泣くのは今ではない、全て終わってからだと、エリーゼは自分に言い聞かせた。


気持ちを落ち着かせるように、エリーゼはゆっくりと階段に足をかけた。


そんなエリーゼの少し後ろを、護衛騎士のルネスが無言で付き従っていた。


その薄い緑色の眼に、心配と気遣いを色濃く滲ませながら。






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