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エリーゼの婚約者




エリーゼ・ラクスラインは、エヴァンゲル王国の筆頭公爵家であるラクスライン家の一人娘である。


母ラウエルは、第一子エリーゼを産んだ後に体調を崩した。数年後に回復したものの、次の子を産むのは難しいと医師が判断した。結果、エリーゼは早々に公爵家の後継者になる事が決定した。

エヴァンゲル王国では女性の継承権が認められており、女性当主の存在は珍しい事ではない。


エリーゼは五歳で後継者教育を開始し、十二歳の時には婚約者が決まった。それがオズワルドだった。


オズワルド・ゴーガン。

ゴーガン侯爵家の三男で、彼の父とエリーゼの父が学生時代の友人関係にあった。

家格のバランスが取れ、同じ派閥に属しており、同い年の子がいたという理由で結ばれた、あまり政略結婚らしくない縁だった。


学生時代の友人同士といっても、互いの領地はそれなりに離れており、卒業後は社交シーズンに王都の夜会で顔を合わせる程度で、家族ぐるみで交流する程の仲ではない。

となれば子どものエリーゼとオズワルドに交流の機会などある筈もなく、婚約時の顔合わせが二人の初対面となった。





『きれいな色の髪だね』



顔合わせの場は、ラクスライン公爵家の庭。


花が咲き誇る美しい庭で楽しく語らいを、と大人たちが提案したお茶の席で、オズワルドはふわりと風に揺れるエリーゼの薄紫色の髪を見て目を細めた。



『・・・あなたの銀色の髪も、とてもきれいだわ』



オズワルドは、銀髪銀眼の、月の妖精を思わせる美少年だった。

そんな彼に褒められた事が嬉しくて、でも恥ずかしくて、つい俯いてしまったエリーゼは、か細い声でそう答えた。


その後もエリーゼは緊張して上手く会話が続けられず、何度も静寂が落ちた。

けれど、オズワルドがそれを気にする風はなく、珍しそうに庭のあちこちに目を遣っていた。



『ラクスラインって筆頭公爵家だもんね。すごいな、ボクも公爵家の婿にふさわしい人になるよう努力しないと』



別れ際、オズワルドは少し緊張した面持ちでそう言うと、エリーゼに手を差し出した。


その手に、エリーゼがおずおずと自分の手を乗せると、オズワルドはきゅっと握り込んで『よろしく』と笑った。



この時のオズワルドの笑顔が、この時にくれた言葉が、ずっとエリーゼを奮い立たせていた。


オズワルドがエリーゼの婿になる為に頑張ると言うのなら、エリーゼもオズワルドの妻になる為に頑張ろうと、そう思って、厳しい後継者教育にいっそう身を入れた。愛していると、愛されていると、そう信じていたから。



―――でも。



夜会のバルコニーで漏れ聞いた言葉が、馬車に揺られるエリーゼの頭の中で、何度も何度も蘇る。



『爵位だけが取り柄の女』


『なんであんなのと婚約しちまったんだろ』


『無理して笑いかけるのももう限界』




「オズワルドは、私との婚約がそんなに嫌だったのね・・・」



エリーゼは、馬車の窓に映る自分の姿をじっと見つめた。


紺色の、レース飾りの一つもないシンプルなドレスに身を包んだ女。


老婦人のように、しっかりと一つにまとめた髪には髪飾りなどの装飾品はない。


軽くおしろいをはたいただけの顔は、確かに美しく着飾った夫人や令嬢たちと比べて、随分と見劣りするだろう。


十八歳の乙女とは思えないほど地味で、華やかさの欠片もない娘。それがエリーゼ。



「・・・ふふ」



思わず笑みが零れ落ちた。

窓に映るみすぼらしい自分も、同じように口元を歪めている。



「バカみたいだわ・・・」



全くもってオズワルドは正しい。オズワルドの言った事は間違っていない。


エリーゼは地味で、パッとしなくて、無口で、誰の目にも留まらない、つまらない女だ。



でも、とエリーゼは思う。



「そうあるよう私に望んだのは、オズワルド、あなただったのに・・・」









十四歳の時だった。


婚約者の交流で久しぶりに再会したオズワルドは、エリーゼに言った。



『公爵令嬢の君の前だと、なんだか気後れしてしまうな。ボクは侯爵家だから』



きっと、あれが始まりだった。



『君の横にいるボクなんか、皆には霞んで見えるのだろうね』


『ボクの言う事より、公爵令嬢の君の言葉の方を聞くに決まってるよ』


『似合ってはいるけど、少し派手すぎないか? オレはもっと控えめなデザインが好きだな』


『他の男に着飾った姿を見せないでほしい。お前の良さはオレが知っていればそれでいいだろう?』


『化粧が濃すぎるよ』


『お前の髪色は派手で目立つから、一つにまとめた方がいい』


『黙って後ろに控えていてくれ。それとも、オレでは頼りなくて任せられないと言いたいのか?』


『ああ、そのパーティは欠席だ。オレが行かないのに、お前が行く必要はないだろう』



筆頭公爵家の一人娘だから、皆はエリーゼを褒め奉る。オズワルド(自分)は侯爵家の三男だから、エリーゼと比べられて下に見られる。だから苦しい、だから辛い、配慮してほしい、そう言われ、エリーゼはオズワルドの価値を上げる努力をした。


だがオズワルドの苦悩は終わらず、要望は多く、どんどん細かくなっていく。


それでもエリーゼは、オズワルドの希望に沿うよう頑張って、頑張って、頑張り続けた。


エリーゼの為に頑張ると約束してくれた、あの日のオズワルドを守りたかった、喜ばせたかった、失望されたくなかった。


だから、いつだってオズワルドの望みを最優先にした。全て彼の言う通りにした。


お洒落も、友だち作りも、お出かけも、夜会やお茶会、流行りのドレスやアクセサリーも、オズワルドが眉を顰めれば諦めたのだ。



(・・・ううん、全部ではないわ)



馬車の窓の向こう、車体に隠れて見えないが、護衛の為に馬で並走しているであろう騎士の姿をエリーゼは思い出す。



(一度だけ、オズワルドの願いを断った事があるじゃない)










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