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もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?  作者: 冬馬亮


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12/12

ちょっと待って




きっかけは、エリーゼがオズワルドと観劇に行って、二週間ほど経った時。


そう、オズワルドと四度目のデートをしていた時だった。


ちなみに三度目のデートは植物園。


四度目である今は、人気のレストランで食事中である。


そして非常に残念なことに、そのどちらにもキャナリーは現れなかった。



(キャナリーさん、頼りにしていたのに・・・)



食事をしながら内心でがっかりしているエリーゼとはうらはらに、オズワルドの機嫌はすこぶるよかった。

機嫌がよすぎて、暴言もほとんど出てこないくらいだ。


だが、それが却ってエリーゼの不安を煽っていた。


オズワルドのやらかし待ちなのに、彼の態度に改善が見えてしまうのなら、エリーゼが焦るのも当然の反応だった。



(どうしたらいいのかしら。いっそ悪に手を染める覚悟をして、オズワルドを罠にかける・・・? 

でも、いくらオズワルドとの婚約をなんとかしたいからって、そんなことまでしていいの・・・?)



ここ一週間、エリーゼは心の中で、こんな自問自答ばかりを繰り返していた。



エリーゼが勝手に思っていただけだが、やらかしお助け要員としてキャナリーに期待を寄せていた分、彼女が現れないことへの落胆は大きかった。

生真面目なエリーゼが、裏稼業の人間に相談しようかなどと悩むくらいには、気持ちが追い詰められていたのだ。



「エリーゼ、何をぼ~っとしている? それはお前の好物だろう」



考え込みすぎて、カトラリーを持つ手が止まっていたら、向かいの席に座るオズワルドが、不思議そうに声をかけてきてハッとした。



「い、いえ。何でもありません。あの、そう言えば、あの方はどうしてらっしゃいます?」


「あの方?」


「ええと、キャナリーさんでしたかしら。以前にカフェでお会いした」


「・・・ああ」



かなりあからさまになってしまったが、エリーゼは腹芸が苦手である。いや、できないこともないが、今は精神的余裕がなさ過ぎた。

結果、さりげなさなど皆無で、真正面からいきなりキャナリーのことを聞いてしまった。


だが、オズワルドはエリーゼの問いを気にすることも、不機嫌になることもなかった。

むしろ、その名前を聞いて嬉しそうに破顔したのだ。



「ふふん、やっぱり気になるか? 気になるのだな? 彼女とは何でもないと、オレがあれほど言ったのに」



エリーゼは、すん、と表情をなくした。



(・・・喜ばせてしまったじゃない。聞いて失敗したわ)



「心配するな、エリーゼ。オレはお前ひとすじだよ」


「・・・っ」



瞬間、ぞわぞわっと何かが背中を駆け上がった気がして、エリーゼは思わず椅子から勢いよく立ち上がった。



「エリーゼ?」


「す、すみません。ちょっとお花を摘みに」



小声で断りを入れると、エリーゼは早足でレストランのお手洗いへと駆け込んだ。


不安とか心配とか焦りとか、オズワルドへの拒否感とか嫌悪感とか、おそらく色々なものでいっぱいになって、精神的に追い詰められていたのだろう。


以前よりはだいぶ精神的に強くなってきたとはいえ、まだまだ明朗快活だった幼い頃からはかけ離れているエリーゼだ。


それを情けなく思いつつも、鏡に映る自分に向かってしっかりしろ、と鼓舞する。

冷たい水で濡らしたハンカチを額や首元に当てて、どうにか気持ちを落ち着かせた。


そうしてしばらく後、エリーゼはのろのろとお手洗いから出て来たのだが。



(戻りたくないわ・・・)



席に戻れば、オズワルドがいる。


陰ではエリーゼの悪口を言いまくるくせに、エリーゼとの婚約にしがみつこうとするオズワルドが。


ちょうどメインを食べ終えたところで席を立ったから、まだデザートが残っている。


ここでこうしていても、食べ終えない限り食事の時間は終わらない。


けれど、既に嫌いになっている相手に何度も会うのは、特に今は精神的にキツく感じて、すぐに戻る気にはどうしてもなれなかった。



(少しだけ・・・)



エリーゼは、廊下に立ったまま、壁に凭れて目を瞑った。


右はレストランのフロアに続き、左は少し進んだ突き当たりが従業員用の出入り口になっている。

男性用のお手洗いは、離れた別の場所だ。


このまま廊下でしばらく時間を潰しても、他の客の迷惑にはならないだろう。



少しでいい、目を瞑って頭を空っぽにする時間がエリーゼはほしかった。


そのままぼんやりしていると、奥からヒソヒソと話し声が聞こえることに気がついた。


従業員用出入り口の向こう側に、誰かがいるようだ。


だいぶ小さな声だが、目を瞑って静かにしているせいか、会話の内容まで聞こえてしまった。



「・・・だからね、きっと気がついちゃったのよ、さっきのお客さん。だって真っ青な顔でお手洗いに駆け込んでたもの」



(・・・え?)



目を開けて、急いで立ち去ろうと踏み出しかけていたエリーゼの足が、ぴたりと止まった。



「ただの偶然じゃないの? だって普通、相手の男が昨日も来てたなんて分からないでしょう」


「ええ、そうかな~。絶対、浮気してるのがバレたと思ったんだけど」


「男がよほど間抜けで、昨日のメニューをうっかり口を滑らせたりしない限り、連日で来たなんて分からないわよ。ほら、もう行こう。ここで休んでるのが見つかったら、店長に怒られるわよ」



パタパタと遠ざかっていく足音。続いてやって来た静寂。



エリーゼはゆっくりと息を吐いた。



(・・・今の会話はなに?)



真っ青な顔でお手洗いに駆け込んだ客とは、エリーゼのことだろうか。


だとしたら昨日も来たという男は、オズワルドになるのか。



(え? ちょっと待って。その後は何て言っていた?)



『浮気してるのが―――』



(・・・つまり昨日、オズワルドは他の女性とここに来てたってこと?)



「・・・っ」



エリーゼは、危うく声が出そうになって、慌てて口を押さえた。



(・・・落ち着いて。その男というのが本当にオズワルドかどうかも、まだ分からないし・・・そう、証拠、まずは証拠よ。ルネスに相談して、調べてもらわないと)



エリーゼは、ぐっと拳を握りしめ、フロアの方へと視線を向けた。








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