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もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?  作者: 冬馬亮


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プロローグ



「あれはパッとしない女だから」



バルコニー越しに聞こえた言葉に、エリーゼはハッと息を呑んだ。


声を出さないよう慌てて口を抑え、ふらつきそうになる足にぐっと力を入れる。


そうっと、そうっと、ヒールが音を立てないように、エリーゼは注意深く後ずさった。

聞いてはいけない、違うこれは彼じゃない、オズワルドに似た声の他の誰かだと、自分に言い聞かせながら。


けれど、隣のバルコニーでグラス片手に語らう男性たちは、そんなエリーゼの気持ちなどお構いなしに会話を続けた。



「無口でつまらない」とか「爵位だけが取り柄」とか「地味女」とか。

オズワルドにそっくりな声の人は、彼の婚約者だという女性を貶め続ける。


一緒にいる友人らしき人たちはやんわりと彼を嗜めているけれど、それが却って気に入らないのか、彼の言葉はますます激しくなっていった。



あと数歩下がればバルコニーから出て会場内に戻れるのに。

そうしたらもう、彼に似た声を聞かなくてすむのに。



まるで、最後まで聞けとエリーゼに告げるかのように、エリーゼの足はそこで止まってしまった。





カラン、とグラスを強く叩きつける音がした。



「もう止めろ、君の婚約者は立派な淑女じゃないか。しかも君は婿入りする身だろ? そんな事を彼女に言える立場じゃないだろうが」


「今日は来てないから大丈夫だよ。オレがせっかく誘ってやったのに、やる事があるとか言って断りやがった。はあ、なんであんなのと婚約しちまったんだろ。あの女に無理して笑いかけるのももう限界だよ」


「いい加減にしろよ、オズワルド! いくら何でも酷すぎ・・・」



その先はもう聞こえなかった。


さっきまで縫い付けられたようにその場から動けなかった足が嘘みたいに動くようになって、エリーゼは速足で会場内へ、そして会場の出口へと向かったから。






「お嬢さま?」



馬車停めで待機していた専属護衛のルネスが、会場から出てきたエリーゼを見て目を丸くした。



「どうされました? オズワルド令息はどちらに? お会い出来なかったのですか?」



怪訝な表情でルネスが問う。無理もない、エリーゼがこの馬車を降りてルネスと別れたのはつい半刻ほど前だ。

いくら遅れて夜会に参加したからと言って、終了する時間はまだまだ先。戻って来るには早すぎる。



「・・・今日はもう帰るわ。この夜会に参加しようと予定を無理して調整したせいか、少し気分が悪くなってしまったの」



一瞬、ルネスは何か言いたげに口を開いたが、顔色の悪いエリーゼを見て言葉を呑み込んだ。そして、すぐに御者に出発の指示を出しに行った。


指示を終えると、ルネスはそのまま愛馬のもとに向かい、さっと跨った。

護衛として、エリーゼの乗る馬車に並走するのだ。



ガタン、と一度大きく揺れてから、馬車はゆっくりと走り始めた。


少しずつ、少しずつ、馬車の速度が上がっていく。

灯りに照らし出された夜の街の光景が、窓の外でどんどん速さを増して流れていく。それを、エリーゼはただぼんやりと見ていた。



「夜会なんて、無理して行かなければよかったわ・・・」



ぽつり。


移り変わる景色に向かって、エリーゼは呟いた。








よろしくお願いします。

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