-6℃の雪山に侍
五百文字制限企画に参加するために書きました。文字制限以外のルールは「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」のセリフを最初か最後に使うことです。
(昨日の話は、無かったことにして頂きたい)
雪が降り続く暗闇、ピアノの調べがイヤホンから漏れている。
唯は心で義母に詫びた。堅苦しい言葉で。仰向けの体を包み込む雪の柔らかさと対照的な堅苦しさ。
言葉使いに厳しく、ら抜き言葉一つでさえ聞き逃さない義母。
会話は減る一方。会話をしても言葉は堅苦しくなる一方。
「そのうち君は母さんに『拙者』とか言いそうだね」
夫の翔がよく言っていた冗談。
「君は美しいよ」
翔がよく言ってくれた愛の言葉。
もう聞くことは出来ない。
唯は生きる意味を24才で亡くした。
★
「おかしな事考えてないでしょうね?」
昨日、翔の葬儀の帰りに義母が訊いてきた。
「そんなの御座いませんです」
上の空。出鱈目な言葉。嘘。
★
昨日、翔に誓った。
私は逢いに行く。
あなたが愛した美しい景色で。美しい音色で。
美しいままで。
暗闇の中、唯が永遠の愛を感じたとき――
「今の身勝手で美しくない君には逢いたくない。それに……母さんは君を好きなんだよ?」
イヤホンから翔の声。唯が愛した声。
「……厳しいなあ」
軋む体を起こす。鼻水を垂らして夫に詫びる。
「昨日の話は無かったことにして頂きたい。拙者、鍋焼きうどんを食べたくなったでござる」
最後までお読みくださりありがとうございました。
ご感想、★頂けたら励みになります。よろしくお願いします。
ご感想には必ず返信させて頂きます。