第91話 詐欺
「悪徳……? はて、誰のことでしょうか?」
「もちろん、あなたですよ」
指摘された商人は、いまだに顔には笑みを浮かべたままだ。
子供が何を言い始めたのだ、という具合だろう。
その油断を一気に突く。
「確か商業ギルドに所属しているとか?」
「はい、その通りでございます」
「そのギルドってどこにあるんです?」
その問いに商人はちょっと目を丸くして、すぐに笑みを浮かべると、
「いやいや、建国の忠臣の国とはいえ田舎にはまともな教育が行き届いていないようですね。もちろんアカシャ帝都に決まっているでしょう」
田舎、ね。
笑みを浮かべながらなかなかの毒を吐いてくれるじゃないか。
なら次だ。
粗暴な男の方に向き直る。
「ではそちらは? 同じギルドか、帝都から来られたんですか? いや、そうじゃあないですよね。それなら帝都で取引をすればいい。ならば東のゴサか、南のトンカイあたりですか」
「と、当然だ。オレはゴサの商人だ」
急に話を振られた粗野な男は、動揺しながらもそう答えた。
ここで一気に踏み込む。
「本当ですか? あなたの言葉。ゴサなまりがないようですが?」
「そ、それは!」
「ゴサは海運国家です。色々な国の商人がいてもおかしくはないでしょう?」
商人が助け舟を出し、なんとかこの場を治めた。
適当言ってみたけど、どうやら当たりみたいだ。
なら次の矢を放つ。
「それは失礼しました。ところで、他国の人ということは、もちろん持っていますよね、許可証を」
「と、当然だ。これだろう、国境を通る時に見せる通行許可証だ」
粗野な男がホッとしたように懐から紙切れを出した。
悪いけどその安心を一気に突き崩す。
「いえ、違います。この国都で商売するための、営業許可証です」
「え!? そ、そんなの持って――」
「バカ者っ!」
「あっ!」
粗野な男の失言に、商人の笑顔が崩れ阿修羅のような表情に一瞬なる。
どうやらビンゴみたいだ。
商人と取引相手という立場は嘘。そしてその嘘が暴かれれば、次なる嘘が顔を出す。
そこを突いて追い詰めてやる。
「あー、いや。そう、この者はゴサで取引があるということでして」
「へぇ、わざわざゴサからここまで出張ってきたんですか。取引ならゴサまで船で行った方が早いでしょうに。それにしても不思議ですねぇ。こんないざこざが起こるのを狙ってきたようにここにいるんですから」
「あ……いや、それは、その……」
粗野な男はもうパニック寸前だ。
あと一押しで完全に落ちる。そう思った。
だが、
「そこまで、です」
商人が制した。その顔に、再び笑みを浮かべ。
「もしかしてわたしたちを疑っています? いいんですよ、わたしとしてはここで取引をしなくても」
「そんな! それは困る!」
色めく菓子職人の男。
対して商人は勝ち誇ったように笑みを深くし、粗野な方も一転、げひた笑みを浮かべる。
だがそんな2人を、
「分かりました。それで構いません」
僕がぶった切った。
「ちょ! ちょっと!? 勝手に話を決めないでくれ!」
「なん、だと……」
菓子職人の男の困惑は想定通り。
そして、本来なら慌てるはずがない商人の反応もまた、想定通りだったりする。
「おや、おかしいですね。そちらは次の取引が決まっているのに、なぜそんなに慌ててているのですか? しかもその取引の相手がここまで来て、ゴサまでの旅程を短縮できるというのに」
「ぐっ……」
商人の笑みにひびが入る。
やっぱりブラフか。
完全に見抜いた。
この商人と粗野な男はつながっている。
おそらく菓子職人の商品が遅れたというのは嘘で、その商品は今ここにある馬車に積まれているはずだ。
客である菓子職人の男からすれば、その商品をなんとしてでも手に入れたい。
だがそれはすでに次の取引のための商品ということになっている。当然のように引き渡しを拒む粗野な男に対し、菓子職人の男は次第に追い詰められていく。
そこで商人が助け舟を出す。
値段を上乗せすれば商品を渡す、と。そうすれば取引相手も納得してくれると理由を添えて。
相手を追い詰め、足元を見て高くふっかける。
つまり詐欺だ。
商人からすれば、もともと売るだけの商品が2割増しで売れるのだからホクホク。
協力者である粗野な男も、ただ怒鳴ってるだけで利益の一部が懐に入ってくるのだからワクワク。
対する菓子職人の男は遅れて焦らされたうえに、割増しで金を払わなければいけないからガクガク。
やれやれ、いつの時代もそういった詐欺師が跳梁跋扈する。
くだらない。
そういった連中は、どれだけの損失を生み出しているか知らないのだ。
どうせ奴らのところに入った金なんてろくなことに使われない。あるいは次の詐欺につながる投資になるだけだ。
そうなると一般市民が被害をこうむり、利益が減損し、それによる可処分所得が低下して経済が停滞していく。
税収も低くなるから、ダブルの意味で国の損失になるのだ。
この国の強弱が、まさに僕の命に直結している今。
より強くそういった犯罪者への憎しみが募っているのがはっきりわかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 砂糖がなければ私は、店が出せない! そうなれば家族のため……それ以上に楽しみにしていたお客様に申し訳ない!」
菓子職人の男が必死に訴えかけてくる。
まいったな。
ここから相手を追い詰めていくつもりだったが、この人が先に折れてしまうかもしれない。
それにもし追い詰めすぎて、相手が暴発してしまったら? その損害を僕は補填できるのか? この世界で、まだ実力も金もない僕が。
身勝手な憶測で動いて、この人に迷惑がかからないのか。
悩む。迷う。戸惑う。
だが、そこに石を投げ込む人物がいた。
「何を悩んでいますの?」
カタリアだ。
険しい視線をこちらに向けてくる。
「どうせまたろくでもないことを考えているのでしょう? わたくしをやりこめた時のように」
「あ、お嬢。やりこめられた自覚はあったんすね」
「だまらっしゃい、サン! ……こほん、とにかく。なんとなく伝わりますわ。あなたのしようとしていること。あの男たちがどういう人間かということを」
「カタリア……」
「ふん、そのためにはこちらの職人が足かせと。いいでしょう」
と、カタリアは菓子職人の男に向き直ると、
「確か、足りないのは砂糖でしたわね?」
「え、ええ。5キロは必要なのです。しかしそれほどの貴重品をすぐに手に入れられるなんて……」
「舐めてもらっては困りますわ」
「え?」
「ユーン!」
「はっ! ただちに御用商人を集め、イース国にある砂糖を吐き出させます」
「ま、ちょっと遠くても馬を飛ばしゃ明日には間に合うっしょ」
「い、一体、何を言っている、のですか……」
商人がでっぷりとした体を振るわせる。その笑顔はどこか引きつって見えた。
「おうおう! この方をどなたと心得る!?」
「イース国が第一の大臣インジュイン家の次女、カタリア・インジュイン様にありまするぞ!」
サンとユーンがノリノリでカタリアの左右に並び、口上を述べる。
なんか水戸黄門みたいになってるけど……。
だが、そのわざとらしいパフォーマンスは、想像以上の効果を生み出した。
「イ、インジュイン家の……!」
菓子職人の男は絶句して、その周囲にいる野次馬も唖然としたものや、思わず頭を下げる者など様々。
「あ、あの。インジュイン様。そこまでしていただいてありがたいのですが……私には返せるものが――」
「あるじゃあありませんか。その砂糖で作った菓子。わたくしたち3人分いただきに参りますわ」
「……っ! あ、ありがとうございます!」
僕たちの分は? とツッコミたかったけど、一応、立派な場面なので大人しくしておく。
やれやれ、あれを素でやってるんだろうからなぁ。いいやつではあるんだ。僕に対する態度以外は。
「何をニヤニヤしていますの!! さっさとそこの詐欺師たちに引導を渡しなさい!」
ほらね。見てたら怒られた。
「はいはい」
「はいは1回!」
やれやれ、めんどくさい奴だ。
とはいえ、これで心置きなくやれることには感謝だ。
さて、それじゃあクライマックスだ。




