第89話 カタリアと再び
琴さん経由で、サーカスの人からシャツをもらって着替えた僕だったが、ラスには露骨にがっかりされた。
「ちぇー、イリスちゃんはさっきのままがよかったのに」
どこに肌丸出しで歩く変態がいるんだよ。
「大丈夫! いざとなったらイリスちゃんの胸を隠しながら歩くから!」
何も大丈夫じゃなかった。特にラスの頭が。
というわけで琴さんと別れて、僕たちは再びデート――もとい散策に戻った。
といっても陽が傾いてきた時間で、そろそろ家に戻らないと親に心配される。
だから東地区に戻るために来た道を戻り、屋台の並ぶ通りに差し掛かったところ、
「あれは……」
見知った人影を遠くに見つけた。
それは僕らの来ている制服と同じ。つまり学校の人間。そして彼女らは、僕らが毎日のように見飽きているメンツ。
「カタリア様! このアイス、すごい美味しいですね!」
「さすがカタリア様! ごちっす!」
「おっほほほ! よくってよ! よくってよ!」
またあいつら……。
なにやらコーン付きのアイスを食べているらしく、この世界にはそういうのがあるのかと別の意味で感動。
「あっちから帰ろうか」
「あ、あぁ」
気まずそうなラスにうなずく。
ただ、心の片隅にあったのは、この機会に彼女となんとか仲良くなれないかということ。
まだ親同士の対立をどうにかしようという思いはあるわけで。
とはいえなんて話せばいい? こないだの出陣に関して、カタリアはよく思ってないらしいし。
うん、今日はここまでにしよう。ラスとのデートに、琴さんとの思わぬバトルでお腹いっぱいだ。君子危うきに近寄らずって言うし。
ただ、その反応の遅れが、致命的なミスを招いた。
「あ――」
気づかれた。
というか目が合った。
そのまますぐに回れ右して帰路につけばいいのに、体が動かない。
今まで得意の絶頂にあったカタリアは、一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべ、そしてみるみる顔を真っ赤にしたかと思ったら、持っていたアイスを横にいたサンの口に押しこむ。
そして咳払いをして、パサッと髪をかき上げ、
「あら、これはこれは。野蛮人と裏切り者のお2人ではないですか」
優雅なしぐさにいつも通りの上から目線。ただ、その横ではアイスを突如として口に放り込まれて悶絶する少女がいた。
「あのー、そっちは大丈夫なのか?」
「あら、サン。どうしたの? そんなに急いで食べたら危なくってよ?」
「カ、カタリア様……ひどいっす……でも、あまぁい」
なんというか、能天気なサンだった。
「ふん、能天気なものですわね。もうすぐここでは凱旋祭という、国の威信を賭けた大祭が行われようとしているのに!」
「その割には楽しそうにアイス食べてたのは誰だよ……」
「はて? わたくしが? 何か? まさかインジュイン家の人間たるもの、買い食いなんてするわけないじゃあありませんか」
「いや、でも――」
「そこまで言うなら証拠をお見せなさい。わたくしが、いつ、どこで、何時何分何秒? 買い食いをしていたのかの証拠を!」
「……いや、もういいや」
小学生か。
それにさらにツッコむのは疲れるので話を打ち切った。
「はい、正解ですイリスさん。こういった時のカタリア様への対応は、適当に流すのが最適解です」
「カタリア様……つーかお嬢って、こういう時に強情だからなぁ。ま、さすがお嬢様? って感じで」
ユーンとサンがこっそり耳打ちしてくれた。
「ユーン、サン! 何を言ってるんですの!」
「えー、だって。お嬢っていつもそうじゃないっすか。こないだも、買い食いがバレそうになった時に、ユーンの制服にシロップごと叩きつけたしー」
「ええ、あの時はにおいが取れず、新しいのを買いましたとも……」
「わ、悪かったですわ!」
なんか最初はお嬢様と従者みたいな感じかと思ったけど、めっちゃいじってる感じ。仲いいな。
「っつーわけで、お嬢とは仲良くしてやってほしいんだけど」
「ちょ、サン!? どうしてそうなるんですの!」
「え? 違った?」
「カタリア様は最近、なにかにつけイリスイリスと、話題がそればかりですからてっきり」
「あ・り・え・ま・せ・ん・わ!」
強調して怒鳴って否定しなくてもいいだろ……軽くへこむ。
「カタリア様はこう言ってますが、本当は寂しがり屋で、好きな人をイジメることを快感に覚えるド変態ですので」
「嫌よ嫌よもなんとやらってね。え? ツンデレ? なにそれ……おお、まさしくお嬢じゃんか! お嬢! お嬢はツンデレってやつですって!」
「いい加減にしなさいっ!!」
いじってるなぁ。なんつーか、仲いいな再び。
というか今までカタリアをどうしようかと思ってたけど、こうやって取り巻きから攻めていくのもありか。この感じだと、あっちからぐいぐい来てくれて楽にカタリアの懐に飛び込めそうだ。
将を射んとすれば、ってやつだ。
「こほんっ……ところで、聞きましたわ。あなた、2日目の障害物競走に出るとか?」
醜態を見せたことを恥じるように、1つ咳払いをしたカタリアはいつもの厭味ったらしい表情に戻っていた。
「まぁ、そうだけど」
「わたくしも出ます」
「え?」
「今度こそ、正々堂々、真正面から、圧倒的なまでに、あなたをぶちのめしてやりますから。ええ、今から楽しみに首を洗っていらっしゃい!」
障害物競走で、どうやってぶちのめすというのか……。
まいったな。まだ根に持ってるのか。
いや、しかしこういうのはチャンスなのかもしれない。
よく物語りでは、スポーツとかを通じてはぐくまれる友情もあるらしい。「へっ、やるな」「お前こそ」ってやつだ。河原で殴り合うようなアレだ。
「じゃ、お手柔らかに」
そう言って握手のつもりで手を出した。
すると、
「なんですの、その手は? まさか互いの健闘を祈るようなそんな愚劣な握手とでも? あなたごとき虫のように軽くひねり潰してさしあげますわ!」
……やっぱり圧倒的に嫌われてる?
これ、ツンデレじゃないって。だってデレがないもの。
「それでは、ごきげんよう」
カタリアが優雅なしぐさで、スカートをつまんでお辞儀をする。
くっ……さすがお嬢様というべきか。見事に様になっていて、一瞬見惚れた。
だがその時だ。
激しく言い争う声。それが響いたのは。