第86話 観光ライオン
凱旋祭まで残り数日。
街に人が多くなったと感じたのは気のせいではなく、確実に人数が増えているそんな日だ。
「ね、ね、西地区を見に行ってみようよ!」
ラスが放課後、そう誘ってくれた。
というのも、先日起こった西地区で起きた騒動のことをラスに話したところ、
「トーコさんかぁ。確かに私もあまり知らないかな。あとコトさん? なんか素敵だよねぇ」
と、言う感じの反応をされ、2人に会ってみたいとのこと。
とはいえ、今や学校からは祭りが始まるまでは西地区に行くなと言われている。
祭りまで数日。
露店やイベントのステージとその客席。それらを製作するために職人が、その資材や食料を調達し利益を上げようとする商人が、はたまた単なる見物のための人々が、国の内外から集まってきている。
今やこの国都は人口が飽和状態で、何があるか分からない。
そんなところに良家の子女が、ぷらっと出かけては危険だというのは分からないでもない。
けどそれは年頃の少年少女には無理な話だ。
祭りに向けた準備が超特急で行われているが、その中でも、働く人々を対象に食べ物や雑貨を売る露店がすでに店を並べているのだ。
人口が増加したこの商機を、利に敏感な商人が逃すわけがない。
むしろ、こういった雑踏や露店などをあまり知らないお坊ちゃまお嬢様にとっては、見るものすべてが新鮮らしく、ラスでさえも興奮状態に陥らせるほどだ。
かくいう僕も――
「これは、すごいな……」
見渡す限りの人、人、人。
老若男女、兵士もいれば子供もいる。他国に人らしき人物もちらほら。子供たちは元気に走り回り、そこかしこで笑いの華が開いている。
町の商店街レベルの盛り上がりと思ってたけど、甘く見ていた。
数日前まではまだ準備段階だったのが、ここ数日で一気にそれらしくなったらしい。
けどそれもそうか。
信じがたいことにもこれは国家事業。何より、他国に侵略される恐怖から解放された国民の待望のお祭りなのだ。
「すごいよね」
「ん、そう……だね」
ラスは僕の返答に生返事を返すと、ラスは頭を振った。
「違うよぅ。ここにいる皆が幸せそうなのは、イリスちゃんが守ってくれたからだよぅ」
「え?」
「だから、ありがとうね。イリスちゃん!」
屈託のない笑顔を向けられて、ようやく納得する。
そうか、今この時は来なかったかもしれない瞬間なのだ。ザウス軍の侵攻。それを撃退していなければ。
あの戦いで亡くなった人たち、僕が命を奪った人たちには罪の意識を深く感じずにはいられない。
けど、こうして改めて僕が守ったものを目にすると、それもまた誇らしい気持ちになってしまうのは仕方のないことだろう。
とはいえ、こうも真っすぐにラスに褒められると照れるというか。
その動揺をごまかすため、僕は別方向に視線を向けた。
「おっ、あんなところで何してるんだろう?」
僕が見つけたのは、民家の天井で何やら作業をする人たちだ。
工事をしているように見えるけど……。
「あー、あれね。コース作ってるみたいだよ」
「コース?」
「うん、障害物競走」
そう言われ、納得した。いや、納得できるか?
なんであんな屋根に? というか、こんな市街地に?
太守のチャラい顔が頭に浮かぶ。
……嫌な予感しかしなかった。
「まっ、まっ、大丈夫だよ、イリスちゃんなら! というわけで、今日は目いっぱい楽しもう!」
ラスは上がったテンションそのままに、僕の手を握って人ごみの中に突撃していった。
確かにそうだ。
今更心配しても無駄だろう。
というわけでラスの後をついていったわけだが。
「ね、ね! いっぱい屋台があるよ! どれ食べようか迷うね!」
「的当てだって! やってみようよ! うーん……えいっ! あっ! わ、わわ……あ、危なかったぁ……押さえてくれてありがとうね、イリスちゃん!」
「へぇ、少年合唱団だって。きゃー可愛い! って、歌じょうずー! そりゃそうだよね、合唱団だもんねー。ね、ね、イリスちゃんは歌、上手?」
なんというか、ラスの凄いはしゃぎように少し恥ずかしい気分もあった。
けどそれも一時で、なんというか、ラスのテンションだけじゃなく、みんなの熱気というか、それに加えて守れてよかったという充足感が僕も開放的にさせるわけで。
てかそのテンションに隠れてしまってるけど……。
これってデートだよね? デート認定でいいよね?
まぁ個人的には役得というか。的当てでバランスを崩したラスに、咄嗟に手が出て彼女の体を支えたわけだけど……なんていうか、柔らかかった。あといいにおいがした。
いや! これは事故!! じゃなく、友達を助けようとしただけ! 何らいかがわしい感情はありませんから!
……なんていうほど怪しくなるよな、うん。
そんなこんなで都内を回っていると、少し開けた場所に出た。
そこは、何やら大きなテントが張ってあり、人々が忙しそうに走り回っている。
「あ、これ! テントってことは、サーカスじゃない!? ね、ね、イリスちゃん。ここにいるんでしょ? その……ハトさん!」
ハト? いや、そんなんじゃなかったな。えっと、なんだっけ。2文字だったんだけど……マト? タコ? いや、もっと楽器的な……リラ、じゃなくもっと和的な……琵琶? 鈴? 琴……あ、琴!
「あ、そうか。コトさんだねー、いるかなぁ? すみませーん!」
「え、ちょ!」
手をパタパタさせながらテントへ向かうラス。
ある意味、こういう行動力は羨ましいと思う。
入っていいのか? てゆうか知り合ったといってもほんの数十分の出来事で、こちらからは名乗りすらしてなかった。
だから会っても覚えててくれるのか不安だった。
けど彼女が過去の世界からこの世界に来たというのであれば、話は聞いておきたいし、叶うなら手助けをお願いしたいと思っている。
なんてったって、このイース国では使える人材が圧倒的に足りないのだ。
歴史ゲームでも、やっぱり人材は力。というか人材がいないと、何もできずに攻め滅ぼされるのだから、登用は大事!
……なんだけど。
「うわぁぁぁ、すごい。 この毛がふさふさなのがカワイー!」
何やら檻の中の動物に夢中らしいラス。
琴さんはいいのかよ。お気楽というか、天然というか。
それにしても、サーカスか……。
子供のころ、まだ優しかった親に連れられて一度行ったけど、それ以来さっぱりだな。
凄いのは分かる。分かるけど、また見ようという感覚にならなかったのは、僕があまり物事に対し関心を持たない人間だからだろうか?
なんて思いをはせていた時だ。
ガアアアアアア!!
「きゃああああ!」
不意に、魂を消し飛ばすほどの咆哮と悲鳴が響く。
そして続く、何か金属のひしゃげる音。
「ラス!」
振り返り、そして見た。
腰が抜けたのか、しりもちをついた状態のラス。
その対面には、大型の檻。その金属棒をひしゃげて中から出てくる、ふさふさの毛並みに見るものをすくませる黄色い瞳、肉をかみ切る獰猛な牙。
それらすべてを備えるのは、百獣の王と呼ばれるネコ科の猛獣。
「ラ、ライオン……」
そう、ライオンが、あろうことか檻を破り、自由の身となってラスの方へ近寄ろうとしている。
ラスとの距離はほんの3メートル弱。
周囲からも悲鳴が走り、騒然となる。
その中で、僕とラス、そして対するライオンは静寂の中にいるように思えた。
動けない。動いたら、ライオンはこちらに飛びかかってくる。そんな気がした。
どうする。
サーカスの人たちを呼ぶか? いや、その前にライオンが来たらどうする。
なら、僕がやるか。
軍神ならライオンと戦っても……いや、今は丸腰。さすがに素手でライオンと戦おうなんて自殺願望はない。
清正公だって虎狩りの逸話があるけど、もちろん武器はあっただろうし、1対1の状況とは考えられない。
となると、やはりどうにかしてこの膠着を続けつつ、一気にラスを連れて逃げるしかない。
腰を抜かしたラスを抱えて逃げられるか。いや、逃げるしかない。
じりっとすり足で動く。すると、相手のライオンがピクリと動いた。
ヤバい。反応された。もう動けない。ならあとは博打だ。相手が早いか、こちらが早いか。
いや、間違いなく相手の方が早い。こっちはラスに寄り添い、持ち上げてダッシュしなければいけないのに対し、相手はただ飛びかかって爪か牙を食い込ませるだけでいいのだから。
タイミングを計っているのか、ゴロゴロと喉を鳴らしてこちらから視線を離さない。
けどここでラスを置いていけない。
ならやることは1つ。十中八九、失敗する。けどさいごの一に賭けないとラスが死ぬ。
最悪、僕の体を犠牲にしてもラスを助けなければ。
そう思い、小さく深呼吸して覚悟を決めた。
そんな時だ。
「久遠に流れし時よ、停止せよ!」
声が響いた。
どこかで聞いたことのある声、そして言い回し
不意に、ライオンが動いた。
飛びかかってきたわけではない。今の声。それに触発されたように、つと視線をそちらの方にずらす。
今だ!
「ラス、逃げるぞ!」
「あ……こ、腰が……」
「なんとかする!」
ラスを持ち上げる。くっ、まったく力の抜けた肉体は重い(失礼)。
なら、スキル『軍神』発動!
そのままラスを連れて――
ガアアアアアア!
ライオンが吼えた。
分かっていても、体が硬直する。
それが致命的な隙。
ライオンがこちらに再び視線を戻し、そして口を大きく広げ走り出す。
それは僕の背中に向かってで、あと数秒でその牙が肉を食い破る。
――刹那。
突風。
次いで地面が爆発した。僕の背後で。
ギャウッ!
ライオンが悲鳴をあげて飛びずさる。
その衝撃を生んだ物。それは地面に刺さった棒状のもので、それを僕は知っている。
これは――
「薙刀?」
槍の柄のようなものに、湾曲した穂先が付いた武器だ。剣などよりリーチが長く、遠心力による破壊力や突く、薙ぐ、払うといった様々な用途に使えることから、古来より兵に使われてきた。使い手としては、源義経の従者である、武蔵坊弁慶が有名だろう。
ただ、室町後期の戦国時代では戦闘が集団戦になったため、大きく振り回して使う薙刀は向かないとされ衰退していく。
のちには女性が使う武器としてのイメージが大きい。
けど、なんでそんなものがここに?
その疑問はあったけど、ともかくライオンの突進が止まったのは事実。
その間に起きたことは2つ。
1つは僕がラスを抱えて飛びのいたこと。
そしてもう1つが、左手。そこから矢のように飛んでくる赤――いや、ピンクを見たこと。
鮮やかなピンク色の服――いや、着物。それが一直線にライオンに向かって駆ける。
その人物を僕は知っている。
一度だけだが、刀を抜いて跳ぶ彼女は、一枚の絵画のように凛々しくも美しい。
その腰に差した、日本刀を引き抜いた彼女――中沢琴が叫ぶ。
「我が邪悪に魅入られし暗黒の剣技を、刮目して見よ!」
そして――剣技が、舞う。




