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第85話 バカと変態と時々バニー

 図書館に通い始め、様々な文献から必要情報を抽出して頭に叩き込む。

 そんな作業をして数日が経った。


 その間、土日を除いてずっとショカは放課後に図書館にいた。

 いつも僕より先に来て、図書館を開いて待っていた。


 いや、待っていたというにはちょっと増長しすぎか。

 彼女はずっと本を読んでいるのだから。


 けどたまにこちらに近づいて、


「デュエン国のことならこっちの方が詳しい」


「アカシャ帝国の成り立ちなら、これ読めば」


 などと、世話を焼いてくれたのだから、少しは心を開いてくれたのかとホッとする。

 さすがの僕も人見知りなところがあって、こちらから積極的に話しかけないし、他人というのが同じ空間に(たとえ広いといっても)いるのは息苦しい感じもするから、その微妙な距離の縮め方はとてもありがたかった。


 そんなこんなで得たのは、最低限の国の文化と情勢。


 ただ、やはり足りない。

 徹底的な数値が。この国の予算と支出入。どういった産業が生まれ、どこと貿易を行い、どうなって今に至るのか。


 分かりそうなところはあらかた見尽くした。

 ということは残るは……あの奥の部屋か。


 けど奥の部屋に入るには許可がないと入れない。

 イリスの父さんか、インジュインか、あるいはあの太守様の。


 父さんに聞くのははばかられる。僕らを目の敵にするインジュインに頼めるわけがない。

 となると……はぁ。気は進まないけど、しょうがない。


 凱旋祭も週末に迫っているその日。

 僕は理事長室を訪れた。


 政庁に行っても入れてくれないかもしれないし、父さんに見つかるとややこしいから、ここであの爺さん経由で会える方法を考えようと思って、その扉をノックしたわけだが。


『開いてるよーん』


 いたよ。いちゃったよ。この間の抜けたパリピ声。

 いやいてほしかったんだけど、それはそれでめんどくさいというか、気が重いというか。


「失礼します」


 意を決して中に入る。

 すると、


「おおおおお! イリスじゃん! やっべ、もしかして会いに来てくれた!? さ、入って入って!」


「うほほーい! イリスちゃんじゃ、イリスちゃんじゃー!」


 頭が痛くなる。

 1人でもそうだってのに、爺さんもいるんだから騒々しさは2倍、じゃなく2乗。帰りたくなってきた。


「あら、お客様ですか。それでは失礼いたします」


 と、聖堂に響くアカペラのような音楽的な声が響く。

 見れば部屋の中には馬鹿太守と理事長の爺さんのほかに1人、お客がいたらしい。


 それは女性で、黒で統一されたブラウスとロングパンツというスタイリッシュな格好。体のラインが強調されているという点では、クラーレの私服と互角。いや、こっちはまともなんだけど。

 女性が振り返り、こちらを見て微笑む。


 そのしぐさに、少なからずドキッとした。同姓――いや、僕は男だから自然な反応なわけだけど、たとえ女性であっても魅惑的に思えてしまうほど整った顔立ちは、誰が見ても美女であると断ずるに足りるものだった。


 コツコツとヒールの音を響かせ僕の横を通り過ぎると、ふと振り返り、


「ああ、そうそう太守様。ところで先日もご提案させていただきました、スペシャル補給プランですが、いかがでしょうか?」


「あー、いや、まだいいべ。俺様、人見知りだし」


「ですか。では、入り用の時にはぜひご連絡を」


「うーい」


 女性が頭を下げ、扉を開ける。

 その際、僕の方をチラとみて、くすりと笑ったような気がした。


 その瞬間、体が反応した。一歩、だけじゃなく、大きく3メートルほど後ろに跳躍。

 危なかった。いや、何も起こっていない。けど、あのままあの場所にとどまっていたら殺される。そんな直感がした。


「くすっ……それでは」


 魅力的――いや、蠱惑こわく的な笑みを浮かべ女性が出て行く。それでようやく息がつけた。

 なんだったんだ、あの女。殺気、とかじゃない。上手く言えない何かがあるような気がしてならない。


「どうしたべ? イリスちゃん?」


「…………今のは?」


「今度の凱旋祭の運営を任せているネイコゥ女史じゃ。一応、今の進捗とか打ち合わせとかちょっと、な」


「あの人、美人だけじゃなくて企画力と実行力ハンパないから! こないだも俺様の連続くしゃみ回数100回突破記念大宴会を3時間で宴席も食事も飲みものも手配しちまったからなぁ」


 それはすごい……つかなにその無駄遣い? 連続くしゃみ100回とか……どうでもよすぎる。


 いや、それよりあの女だ。

 要は企画運営会社みたいなものか。それなのに、あの背筋を凍らす恐ろしさ。一体、何者だ。


「ところでイリスちゃんや。何かあるのかの?」


 と、爺さんが話を戻して聞いてきた。


 そうだ。今はあの女のことはどうでもいい。

 やるべきこと、聞くべきことをするべきだ。


「お話があります。今週末の、凱旋祭について」


「まさか……そんなことが……!?」


 理事長が急に口に手を当ててわななく。

 一体何を感じ取ったのか。まさか、僕の覚悟が――


「俺様もちょうど、イリスを誘おうと思ってたんだよ。一緒に特等席で酒でも飲みながら見ようってね。いやー、これこそ以心伝心、気持ちが伝わっちゃったってやつかなー」


 はい、全然伝わってなかったー。

 てかこないだも同じ感じで期待を裏切られたよな。期待することなんて何もないのに。

 あ、でも酒は飲みたい……いやいや、色々ヤバそうだから自粛だ。


 というわけで話の通じないのは無視して話を進める。


「1つ、賭けをしませんか」


「ほぅ! 分かったぞ、賭けで負けたら恥ずかしい格好をして――」


「僕が凱旋祭のイベントで障害物競争に出ます。それで条件はクリアってことになると思うんですけど……」


「うむ、そういう話じゃったからのぅ」


「もし、僕が1位になったら。図書館の奥の部屋にある蔵書、それを閲覧できる権利をくれますか」


「え、1位になったら? てか図書館……てなんだっけ?」


 心底意味不明と言わんばかりに首をひねる太守。

 本当に頭までパリピだな、この男!


「それだけでいいのか? 俺様と夜のアバンチュールを過ごす権利の方がよくないか?」


「その気持ち悪いくらいの自己肯定感はどこから来てやがるんですか? あ、えっと、自分にはもったいないです」


 思わず本心が出てしまった。ま、別に聞かれたからっていいけど。


「ほっほ、テベリスはまだ甘いのぅ。図書館は、ほれ、学校の地下の。普段誰もいないからの、まさに逢引するにはもってこいのシチュエーション! つまり、そういうことじゃろう?」


「全然違いますよ、エロ爺。そろそろセクハラで訴えますよ?」


「それだ! さすがじっちゃん!」


「それだ、じゃない!!」


 もう、なんなの、こいつら。

 本当にこんなのが国のトップでいいの?


 こういう思い付きで動かれるのが一番つらい。

 しかも内容が自分本位で周囲の目を気にしないのが一番たちが悪い。


 本来なら真っ先にカットの対象なんだけど、今の僕にその権力はなく、権力を握っているのが相手というのがもう……。

 だからこそ。ここで自分が力を得るため、彼らを頼らなければならないわけなのだが。


「分かった、要求を呑もう」


「じいちゃん!?」


「何も言うな、孫よ。男には、条理を通さなければならん時があるのじゃ」


 眉間にしわを寄せ、なんだかいぶし銀につぶやく爺さん。

 ほっ。そこらへんは物分かりは良いみたいだ。


 だが、僕はまだこの爺さんを楽観視していたらしい。


「ところでイリスちゃんや」


「なんでしょう」


 いきなり猫なで声になった爺さんに、少し警戒心を抱く。

 そして知る。この男が、かつて太守として権勢をふるってきた、その力の一片を。


「お主はこう言ったのじゃな。賭けをすると」


「はぁ」


「賭けというのは、双方が身銭を切って、勝者は敗者からすべてを奪うことができることが醍醐味じゃな?」


「まぁ、そうですね」


 なんだろう。なんだか、すごい嫌な予感がする。


「そうか。イリスちゃんが勝ったら、図書館の扉を開け、奥に入り、書物を閲覧することを許そう。いいな、テベリス?」


「お、おぅじいちゃん。俺様は別に構わないけどよ」


「うむ。勝った場合はな。では――負けた場合は?」


「え?」


「まさか勝ったら報酬をもらえて、敗けた時は何もなし。そんなローリスクハイリターンの考えではないな、イリスちゃんや? 賭け事について、勝ちもあれば負けもある。その負けた時に、何を支払うのか。そのギリギリを楽しむのが賭けというものではないのかのぅ?」


「え? なにが言いたいんだよ、じいちゃん?」


 あぁ。なんとなくわかった。分かりたくなかったけど。

 海千山千というか、古だぬきというか……人の足元見てくるエロ爺。最悪だった。


「僕がそう言うからには、賭けで負けた時の代償があるのかってことですよね」


「その通り! さっすがイリスちゃん。話が早い」


「最低ですね」


「うん、でも他人の足元を見て話せって教わったからのぅ」


 いかにも純粋そうな瞳でそう語る爺さん。やっぱり最低だ。


 けど、まぁそれも仕方ない。

 賭けだと言っておいて、こっちに何のデメリットもないのも……いや、いいじゃん。図書館くらい見させてくれよ。これで太守の座を降りろなんて要求だったらこっちも相応のデメリット背負うのもわかるけどさ!


「ふむ。じゃあ1つ、イリスちゃんが負けた時にお願いがあるんじゃが」


「なんですか」


 一応聞いてみよう。こっちに案はないわけだし。


「これを着てもらえんかの」


 と爺さんはソファから飛び降りると、ひょこひょこと部屋の端にある棚に向かう。

 そこで何やらごそごそと探っている。


「イリス……イリス……あった、これじゃ!」


 取り出したのは、何やら黒い布。いや、着ると言ってるから何か服か何かか。


 嫌な、予感。


「なんですか、それ?」


「帝都で今、流行りの“バニーガール”というものの衣装じゃ! イリスちゃんにはこれを着て――うぉ、危ない! ふっふ、イリスちゃんが鞄を投げるのは想定済みじゃい!」


 予想以上の最悪最低っぷりだった。

 もう、こんなのがかつての太守って、ほんとこの国終わってるな。

 さっさとこの爺さんとバカ孫を追放したいんだけど。それが一番この国のためになるって。


「ふっふっふ……この学園にいる女生徒の身長とスリーサイズはすべて調査済み! そして全員分の衣装も当然発注済みよ!」


「すっげぇ! さっすがじいちゃん! マジパネェ!」


「この変態爺! いい加減にしろ!」


 え? てか今何て言った?

 色々問題発言ばっかりだったけど、特に……調査済み? さらに、発注済み? 衣装を? 何着?


 果てしなく無駄金が使われてる感じだった。


 てかバニーガールってあのバニーガール?

 肩を露出させたピッチピチのボディスーツに、網タイツという、あの全年代の男子が羨み夢見るあの? カジノとかによく生息しているあの?


 ヤバい、自分が着るのを想像して……超絶萎えた。寒気がした。


「絶対断る!」


「いいではないかー! あの図書館の扉を開けるのは結構大変なんじゃぞ? 一応、アカシャ本国に問い合わせて、さらに書類の発行手続きと、稟議りんぎを通さないといかんのじゃ。もちろんアカシャ本国への問い合わせには、贈答品もかかるからの」


「ぐっ……」


 そんな手間なのか……。てか金もかかるとか、これで何も得られなかったらまさに無駄金。


「ま、わしにかかればそこらへん省略してやってもいいがの。一応、それなりに危ない橋を渡ることになるからのぅ。ちょっとはやる気だしたーい」


 まずいな、完全に爺さんのペースだ。こっちから頼みごとをしている以上は、それもまた仕方ないわけだけど、それにしてもというところはある。考えろ。どこかで妥協ラインはないか。この最悪の提案に対し、カットすべき部分があるんじゃないか。


「考え込んでもこれ以外の案は認めんぞい? ん? それともあれか、イリスちゃん? もしかして1位になる自信がない? それなのにいきっちゃってるってこと? 恥ずかしくないかのぅ?」


 この爺さん……言わせておけば。


「そんなわけない! 僕は絶対1位を取って見せる!」


「ほい! じゃあ決まりじゃの!」


「あっ……」


 しまった。売り言葉に買い言葉。完全に爺さんの手のひらだ。


「やった、やった! イリスちゃんのバニー!」


「やっべ、超緊張する! こんな格好で俺様に仕えるのかよ、イリスちゃん……。もう、マジ第2夫人にするしかなくね!? こんな格好で、『ご主人様、あーん』なんてことをされたら、俺様は……俺様はぁ!」


「わしはマッサージしてもらうんじゃー」


「つかじいちゃん。さっき全員分発注済みって言ったよな? ってことはだぜ? 女子の制服を全部それにするのはありじゃね!? やっべ、俺様、マジ天才!?」


「おお、よくぞその域に達した我が孫よ……わしは、わしは、もう言うことはない!」


 ん? ってことはまさかラスとかカタリアも?

 それは……ちょっと見てみたいが。


 いやいやいやいや!

 それはさすがにダメだろ、人として!


 くそ、こいつら……調子に乗って。

 けど、今のは確かに失策。完全に早とちりだ。


 かといってこの件を白紙にしたら、おそらく二度と図書館の奥には入れないだろう。

 再び条件を持ち出したとしても、バニーと同等か、あるいはそれ以上の要求が来るに違いない。


 ダメだ。あんな格好するくらいなら全国民の前で土下座して助命を願った方がマシだ。


 絶対負けられない。

 いつの間にか、そんなハードルの戦いになってしまっていた。


 切野蓮の残り寿命212日。

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