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第84話 貴族と庶民と

「イ、インジュイン……まさか!」


 カタリアの名乗りに、男たちが蒼白になる。

 なるほど。インジュイン家はこの国の軍の統括。いわば大将軍と同格か、時にはそれ以上ということを鑑みると、その名前が持つ破壊力というのは圧倒的なものなのだろう。


 というか男たちを見下すカタリアの視線が、どこか愉悦が入っていて、完全にお嬢様モードだ。

 こういうの、好きそうだな、こいつ。


 と、その視線がこちらに向いた。

 男たちに見せるのと同じ、他者を断崖に蹴落として快感を感じるような、そんな視線だ。


「あーら、誰かと思えばグーシィンのできそこないじゃあありませんか。こんなところにいて何をしていたのか、どうせくだらない遊びでもしていたんでしょう。この不良娘が」


 あぁ、来たよ。この上から言葉でぶん殴ってくるの。変わらないなぁ。


「ちょ、ちょっとカタリア様! 隠れてたのに、なんで出て行っちゃうんですか!」


「そうっすよ。ショッピングを楽しんでたのをこっちに押し付けて。迷惑だし」


 あ、いつもの取り巻き2人もいた。

 しかも何やら両手にたくさんの荷物を持っているが、つまり……。


「買い物してたのか」


「ち、違いますわ! たまたま通りかかって、サンが欲しいっていうから買ってあげたのですわ!」


「あ、じゃあこれいただいちゃっていいんだ。ラッキー。この服、ちょっと欲しかったし」


「違いますわ! あとでわたくしのお屋敷に届けなさい! いいですわね!」


 とんだ暴君もいたもんだ。

 てかなんでここにいるんだ?


「えっと、で? 何しに来たの?」


「な、なにを!? ………………違いますわ! 心配だから見に来たとかそんなことありませんから!」


 あー、そういう。

 なんというか……ありがたいというか、微笑ましいというか。


「ええい、そんな笑顔を見せるんじゃあありません!」


 顔を真っ赤にして怒るカタリア。ぷんぷんという擬音が良く似合いそうだ。

 なんか最近、この感じを見るのも悪くないと思うようになった僕は変な性癖に目覚めてないよな?


「で?」


 カタリアがこほんと咳払いして、男たちに向き直る。

 その時にはこれまでのとは打って変わって、ごみためのウジを見るような視線になっていた。


「大将軍は先日の戦には王都の守りに入ったため出陣はなさらなかったのですが……その直属の兵が戦果をあげたというのはどういうことでしょう?」


「へ、へへ。それは……その。戦場についていったんでさ」


「つまり抜け駆けということですわね? それは重罪ということはご存じで?」


「え、いや、そういうわけじゃ……」


「では虚偽だと?」


「いえ! 確かにいました!」


「では大将軍直属の兵という方がかたりということですか? それすなわち身分を偽る。それもまた重罪になりますが?」


「ぐ、ぐぐ……」


 おお、みるみる間に相手を正論で追い詰めていく。

 相手はもう嘘まみれなのだから、弁解すればするほど状況は悪化していくしかない。


「よろしい。名前を申しなさい。お父様に申し上げて、所属と戦果とを照合してもらいましょう」


「ひ、ひぃぃぃ!」


「それがお嫌なら、二度とかたりなどしないことです! ましてや町民に迷惑をかけるなど笑止千万! 次にこの姿を見かけたら、その時はインジュインの名のもとに正義の執行をさせていただきます!」


「わ、分かりましたぁ!!!!」


「し、失礼します!!!」


 男2人はのけぞるくらい直立不動になると、伸びている男を抱えて我先に逃げ出していった。


 その後ろ姿に、誰もがホッと一息。ひと騒動起こると恐怖していた群衆も、落ち着いた様子で散っていった。

 なんでカタリアがこんなところにいるのか分からないけど、とりあえず収まってくれたようで安堵だ。


 ――が、


「カタリア・インジュイン……なんであんたが……」


 と、うなるような憎悪に満ちた黒い声が響く。

 誰だ、と見てみればそれはトーコで、


「あーら、あーら。誰かと思えば? 野蛮で貧相でみすぼらしい、料理しか取り柄のない山猿じゃあありませんか?」


「料理ができる時点でお嬢より上じゃん?」


「おだまり、サン!」


「え? 知り合い?」


 まさかのカタリアとトーコがつながっているとは思わず声を出してしまった。

 いや、知り合いというには、どうも溝が深すぎるように思えるけど。


「いえ、まったく知りませんわ」


 いや、知ってたじゃん。


「トーコさんは3年前に私たちと同じ学園にいたんです」


「そうそう1年でやめたから、イリスは知らないかもだけど。クラス、違ったし」


 丁寧に説明してくれたのはカタリアの取り巻き、ユーンとサンだ。


「へぇ、でもなんでやめちゃったの?」


「学費です」


「学費?」


「ええ、その……言いにくいのですが、彼女は平民の出。いわば外部組ですから」


「学校もボランティアじゃないからねー。それなりに学費もするし、寄付もないと肩身の狭い思いをすることになるから」


 まぁあんだけデカくて豪華なところならそりゃそうか。学食もタダだったし。


「ふん、あんなつまらない学校。どうでもよかったし。そもそも父さんが無理して手続しただけだから、やめて正解だし」


 トーコがつまらなそうに吐き捨てる。


「それで店がつぶれては元も子もなかったでしょうに。せっかくインジュイン家が援助を申し出たのにそれを断って体を壊すなど」


「それで一生、あんたの庇護を受けろって? 冗談じゃない。貴族とかそんなろくでもない連中に媚びへつらうんだったら、死んだ方がマシよ」


「プライドだけで食べていけるほど庶民に余力があって? ま、プライドだけでも食べていけるインジュインはそれだけ凄いということですが!」


 おお、一応自分のこと分かってるんだな、カタリア(こいつ)。プライドだけって。


「なんですの?」


「いえ、なんでもないです!」


 めっちゃ睨まれた。

 めっちゃ怖かった。


「まぁそんなわけで、在学中から色々犬猿の仲だったわけですが、それは今も変わらず、心配してたまに見に来る感じです」


「ユーン! 何を言うのです!」


「あー」


「納得しない!」


 本当、カタリアってこういうところあるよな。いい意味で。不器用というか。


「ふん、こんな奴の相手してるんだったら、まだ兵舎にいる犬に晩餐でも作ってた方がマシだよ」


「ぬぁんですってぇ!」


 怖い怖い。カタリア。


 なんか険悪そうな感じだったけど、一歩引いてみれば意外と仲がいいのかもしれない。

 セレブのお嬢様と下町の江戸っ子みたいな感じか。


「トウコ、そろそろボクの中天に集いし憩いの時間が落日に染まるから戻らせてもらうよ。狂乱の集いもたけなわのようだし、闇に染まり士血肉の代価は回天する黎明れいめいのちでよいかい?」


「ん、ああ。立て込んでるからお代は明日でいいよ」


「では、八幡大菩薩の加護があらんことを」


 あ、ちょっと!

 琴さんが颯爽さっそうと踵を返してこの場を立ち去ろうとする。それを止めようとしたが――


「そんなことより、あんた!」


 キッとこちらに向けて、その整った顔立ちの頬を赤く染めて、目が飛び出そうなほど見開いて睨みつけてきたトーコに、僕の言葉は封じられた。


「あんたが……イリス・グーシィン?」


「あ……はぁ」


 怖くて頷くしかできない。

 いや、別に肯定していいんだけど。


「その通りですわ。気にいりませんが、わたくしと同様、あなたなんぞとは比べ物にならないくらい住む世界が違うのです!」


 ちょっと黙っててくれないかなぁ、お嬢様!


「…………だましてたってわけ」


 いや、何もだましたことはないんだけど。

 とはいえ、彼女の貴族や兵隊を嫌う様子はさんざん見せつけられていたし、知らなかったとはいえ、話そうと思ってタイミングを失っていたとはいえ。

 それでも、出会いを喜んでくれた彼女に対する信義を踏みにじったというのは、僕でもさすがに分かるというもの。


「ごめん」


 だから謝る。

 彼女の期待を裏切ってしまったことを。

 彼女の心を傷つけてしまったことを。


 頭を下げてしまって、トーコの顔は見えない。けど、


「……ちっ、なんだよ、それ」


 小さく舌打ちするだけで、それ以上は言葉にならなかった。

 そうなればそこに割り込んでくるのはいつも通りのお嬢様。


「あーらあら。貴族がたやすく頭を下げるものじゃあありませんわ、イリス・グーシィン。庶民が何を思おうが、我が道を貫く。それこそがわたくしたちに定められた運命さだめですわ」


「ふん、高いところにふんぞり返ってるだけのお山の大将が。吼えるだけなら犬でもできる」


「ええ、ですが犬は犬でも選び抜かれた最高品質の純血種。そこらの雑種とはまったくもって、その声も気品が違いますわ」


「はん、てことは犬だって認めるわけだな。太守って金持ちの道楽に飼われている、哀れな子犬。せいぜい飼い主に捨てられないよう、尻尾を振ってご機嫌でも取ってな」


「何もしなくても温かい食事、温かい寝床が用意されているだけマシでしょう? 餌も寝床もない野良犬は、せいぜい冬の寒さに凍えながら、必死にゴミ捨て場でも漁っていればいいですわ」


 おいおい、いつの間にかただの口論になってるじゃないか。

 てか庶民を馬鹿にするようなカタリアの罵声。これ、他の人が聞いたら激怒ものじゃないか?


「問題ありませんよ。カタリア様のことはいつものことなので誰も怒りません」


「そうそう。お嬢、今日みたいにお忍びだってこっちに来ては、すごいお金落としていくからねぇ。なんだかんだいって、お得意様なんだよ」


 僕の心配を察したのか、ユーンとサンが教えてくれた。

 それってつまり、よくここに来てこうやって口論してるってわけか。


 ……仲いいなぁ。

 そんなことを言ったら、こちらに飛び火するだろうから絶対言わないけど。


 結局、この日は本屋に行くどころの騒ぎじゃなくなったので、このまま家に帰ることになった。

 けど、新しい出会いもあったわけで。何も収穫がないわけじゃなかったのは大きい。


 特に中沢琴さん。

 新徴組しんちょうぐみとか聞いたことないけど、彼女もイレギュラーなことは間違いない。

 サーカスにいるという話で、収穫祭に参加するというから今すぐどうということはないだろうけど、折を見て話に行った方が良さそうだ。


 イレギュラーといえば、そういえば小太郎はどうしているだろう。

 出発してまだ数日というところだけど、大丈夫だろうか?



 切野蓮の残り寿命214日。

 ※軍神スキルの発動により、2日のマイナス。

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