第144話 デス子の試み
思えば半年前。
この帝都に来たのは同時期だった。そこから僕と白起の因縁は始まった。
直接の対峙はあまりなかったものの、何度となく矛を交わし、そして大事な人を失う結果になっていった。
何のために戦ってきたんだろう。
何のために争ってきたんだろう。
何のために殺し合ったんだろう。
何もわからないまま、僕らは殺し合い、そしてその決着をつけようとしている。
けど元をたどれば、そもそもの発端を思えば。
その元凶は1つしかないわけで。
「せっかくのクライマックスだ、盛り上げてこーぜ?」
と、部屋に突如現れたのは青のピチピチのトップスにハーフパンツ、そして白のニーハイブーツという姿の金髪美女。
どこから来たのか、いや、それ以前に僕はその人物を知っている。
「デス――」
「それ以上、言ったら殺す」
「……ネイコゥさん」
「よくできました」
そう。この世界の元凶。あの自称死神の妹にして、この世界をひっかきまわした元凶。デス子もといネイコゥという死の商人。
帝都では僕に色々都合してくれたけど、果たしてどこまでがこいつの真意なのか。
「真意はねぇ。神意があるだけだっつーの」
「え? て、てかなんでレースクイーン?」
「そりゃ最後のタイマンにゃ、こうやって立ち合いするのが必要だろうが。はっ、なんだよお前。こういうのが好み? うわ、オタクくせー」
「ばっ、そ、そんなんじゃ、ないって!」
「ふん、どうだか。てめーの心に聞きやがれ」
ああ、そういやこいつ心読めるんだっけ。クソ、やりづれー。
「アタシへの興味と悪意だけな」
本当、最悪だった。
てかそれレースクイーンじゃなくて、ラウンドガールってやつじゃないか? つかこんな口の悪いレースクイーンもといラウンドガールとかテンション上がらないっての。
「うるさいよあんた。ってことで、白起ちゃんも久しぶりー」
え、白起とも知り合いなのか!?
「……誰だ」
「ちょ!? 秒で忘れるとかマジないっしょ!?」
「貴様のような女狐に会った記憶などない。もしあっても抹消している。もしそれでも私の前に立つなら、存在を抹消してやろう」
おお、さすが白起! もっと言ってやれ! デス子に一発かましてやれ!
「イリス、殺すよ?」
「なんで僕だけ!?」
不条理極まりなかった。
「な、なんで開かないの!?」
と、不意に騒ぎを耳にした。
それはアイリーンの声で、見れば部屋の奥で扉の前で悪戦苦闘している。アイリーンの他に、皇帝、マシューら吹っ飛ばされた面々も復活しているし、ラスもそこにいる。
どうやら無事で、この部屋から奥に逃げようとしていたところらしいけど。
「ふふふ。逃がさないわよ。こんなクライマックス、見ないなんてもったいないでしょ?」
「そ、その声……まさかネイコゥか!?」
「え!?」
ネイコゥの言葉に皇帝が、そしてラスが反応する。
あ、そういえばここも知り合いなんだっけか。
帝都でラスが皇帝にお呼ばれした時、そのままラスとネイコゥは2人して帰ってきた。確かその時、ラスが衝撃的な格好してたような気がするんだけど……くそ、色々ありすぎて思い出せない! こんな大事なことを忘れるなんて!
「なんか変態の臭いがするわ。ねぇ、イリス?」
「な、ななな、なんのことかな!?」
こいつの心読むのうぜー。
「あなたほどじゃありませんわ」
「な、それより! なんだ、ネイコゥ! どこから来た! 何しに来た! てか逃がさないとはなんだ!」
皇帝が矢継ぎ早に言葉を投げかける。
それをネイコゥは笑殺した。
「はっ、やるべきことは臣下に任せ、自分は裏口からこそこそと逃げ出す。器が知れますなぁ、陛下?」
「っ……!」
こいつ、底意地悪すぎだ。
そう言って挑発して、皇帝をここに留まらせる。僕が勝とうが負けようが、ゼドラ太守をもって皇帝さえ脱出すれば全て解決する。そのはずだった。
「やめろ、ネイコゥ! 陛下! すぐにこの場を去ってください!」
「逃がさないって言ったわよね。無駄よ、この部屋は全てロックした。誰も逃げられないの」
「くっ、ネイコゥ! 何が狙いだ!」
「あら、これはあたなのためなのよ?」
「僕の?」
意味が分からない。皇帝が逃げないことがなんで僕のためになる。
「分からない? 本当に軍師スキル持ち? ああ、もう寿命がないから使えない、使いたくないってこと」
「ネイコゥ!」
「え……イリスちゃん、何? もう寿命がないって……」
最悪だ。ラスに聞かれた。僕のこの後を。
そして、一緒に帰るという約束が果たされないのを。
「違う、こいつのホラだ。耳を貸すな!」
「あらあら、ホラとは心外な。アタシは嘘は言ったことはありません。真実でないことは言ったかもしれませんが。けどこれは紛れもない真実。だってアタシがそうしたから」
「口を閉じろ、ネイコゥ!」
「嫌、ですわ。クライマックスとも言ったでしょう? ここは全て、しっかりはっきりくっきりすっきりどっきりばっきりめっきりぱっくりばっくり、真実をさらけ出しましょう」
くそ、このとってつけたようなお嬢様口調。すっげぇムカつく!
「それは人間を馬鹿にするのがアタシの仕事ですし」
「こいつ!!」
もう構ってられなかった。
僕は手にした剣でネイコゥに斬りつける。
だが――
「あはっ!」
時と場所が違えば、ともすれば全人類にとって魅力的とも言える、満面の笑みを浮かべたネイコゥは、僕の渾身の斬撃を片手――いや、2本の指で抑えた。しかも人差し指と中指という、とんでもない形で。
「神に逆らう愚かな人間。あなたたちはアタシの手のひらの上だと知りな」
衝撃が来た。
腹。殴られた。いや、手のひらを押しあてられただけ。それでも車に轢かれたような、内臓が爆発したようなとんでもない衝撃が僕を襲う。
たまらず僕は膝をつき、そのまま崩れ落ちる。
「イリスちゃん!」
ラスの悲鳴。
ああ、クソ。なんだこの状況。
せっかく白起と全てを終わらせる、最後の瞬間だったのに。こうも邪魔をして何が目的だ、こいつ。
パチン
と、何かが鳴った。
指の音。
何が、と思ったが、
「あ……」
立っていた。
床に崩れた感触はない。ただ、さっきまでいた場所に、呆然と立ち尽くしていた。
目のまえには白起。そして少し離れて横にネイコゥ。その奥にラスたちがいる。
なんだ。今の。何が起きた?
「あなたの相手はアタシじゃないわよね、イリス?」
ネイコゥが意味深に笑う。
なんだ。僕はこの女に斬りかかって反撃を受けて……いや、その痛みもない。けどあの衝撃は本物だった。痛みも。なのになかったことにされている。
まさかこれが。これがこの女の本当の力なのか。この女というよりは、死神そのものの。
混乱につぐ混乱ですっかり頭が追い付かない。ラスたちも何が起きたのか分からず呆然としている。
今、白起に斬りつけられたら、僕は抵抗できないまま惨殺される。
ただそれは実現しない。
「1つ提案したい」
これまで沈黙を守っていた白起が、ゆっくりとその口を開いた。




