第8話 ありのままの世界
「じゃあもうちょっと拡大して見てみよう」
「できるのか?」
「当然、ほい」
グリムが手を叩くと、僕の目のまえにレバーとボタン2つが現れた。
なんというか。ゲームセンターでよくみる形だ。あの物体を操って何かを確保する系の老若男女に愛される景品獲得型のゲーム。ただそれを指摘するとなんか色々めんどくさそうなのでスルー。
「レバーでカメラを動かして、Aボタンで縮小、Bボタンで拡大だよ」
言われた通りレバーを動かす。
すると眼下の地図の中心が移動する。
Aと書かれたボタンは反応なし。これが最大縮小なのだろう。
というわけでBボタンを押す。
地図の見た目がぐんぐんと大きくなって変化していく。
それに合わせてレバーを動かす。
「おお……」
なんかストリートビュワーみたいで面白いぞ。
もちろん目指すは当然、西の大国だ。
東以外を山で囲まれているというのは見えるが、実際は土地がどんな感じか見てみたい。
というわけで焦点を合わせてみると、なるほど。
中央やや北にある周囲を壁で囲まれたデカい、シンデレラ城みたいな塔が目立つ場所。これが首都だろう。
その周りは何にもない。
いや、ないのはこの都市みたいなものであって、田畑と小さな集落が広大な大地に広がっている。
ところどころ、何もない荒れ果てた土地になっているけど、それは逆に言えば開墾できる余地があるということ。
さらに小さいながらも川が山から流れ出ているから、肥沃とはいかないけど枯れて痩せた土地ではないだろう。
これはかなり強いぞ。
そんな思いを抱いていると、あることに気づいた。
田畑のある場所に小さく動く炭みたいな何か。
首都の方に移動してみると、そこでも何かこまごまとしたものが動いているのが見える。
「まさかこれって……」
「もちろん、ちゃんとリアルタイムの画像だよ」
リアルタイム。この世界に暮らす人たちが動いているのか。
数字じゃない、ちゃんとした人間が……。
そこでさらに気づく。
小さく動く人々、その周囲の状況。
どこにも自転車、もとい自動車がない。電柱とか電線もないし、建物もコンクリートではなく土や石(一部や郊外では木)を使っている模様。
田畑の方でもトラクターはないし、風車とか水車があるくらいで基本手作業。
移動にはもっぱら徒歩で、たまに馬車とか馬に乗って進む人がいるくらい。
東にある河を見ても、蒸気船などなく、櫓で進む船があるだけだ。
のどかな田園風景。
排気ガスや光化学スモッグなどない澄んだ空気。
近代、いやもっと古い。
それこそ日本で言う戦国時代レベルの時代背景だ。
しかも日本じゃない。どこかヨーロッパ風の雰囲気を感じる。
「不満かい?」
僕の心を読んだように、グリムが聞いてくる。
「不満、といえば不満かな。ゲームがない、アニメもない、電気もない、たぶん漫画もない。電気もなくて夜も暗く、冷蔵庫もないから食物の保存が難しい。交通機関も発達していないから移動や輸送がすごいかかる。電気、いや蒸気でも発明させれば、大幅な改善が見られるぞ」
「相変わらずコストカットの鬼だねぇ」
む、ここまで仕事が出てきてしまうか。
まぁ仕方ない。ゲームでも効率とコスト重視でやって来たんだ。これをそう見ても仕方ない。
「一応、この世界感を説明しておくと、テーマは中世ヨーロッパ。けど、蒸気機関の発明も済んでるから、18から19世紀くらいのものと思ってもらえるといいんじゃないかな」
「蒸気があるのか」
それは大きい。
要はエネルギー革命の起きた後で、これまでの天然資源から科学技術による人類の発展が加速した状態ということ。
「ん、ってことは? えっと……おお、あった。これ、線路だろ。それにこれは、蒸気機関車か? かなり小さい。だからプロトタイプだ。ってことはこれを平地につなげれば輸送計画に大幅な改修が見込めるな。いや、でも待てよ。車両があるってことは、兵士の輸送も簡単になるってことか……いや、今は乱世っていうから車両での輸送ってのは難しい、いやいや、自国内ならそれは可能だ。自国の西から東、北から南と、兵士を輸送するだけで防衛力は格段に跳ね上がる。多方面から進行されても――」
「あー、聞いてるー? 蓮くーん? あー……だめだ、これ。てかもうやるでいい? いいよね? じゃああとは所属地域を選んで、スキルを決めて、あとは転生方法の選択だね。新しく生まれるところから始めるか、アバターを作ってすぐに始めるか。あるいは―ー」
グリムの言葉を聞き流しながらも、僕の手はレバーとボタンで他の場所を見て回るのに余念がない。
東部の繁栄、山中の国家、大きな湖など、日本にはない風景が広がって少しならず面白い。
「ねぇ、聞いてる? あ、それとこれは重要なことなんだけど。実は妹が色々やらかしてね。この世界を色々エディットちてくれちゃって、本当滅茶苦茶なんだ。せっかくの実験――あ、いや。平和な世界だったのにね。傷病兵の回復速度が倍になってたり……もうゾンビだよ。それから何より異分子を投入しまくってさー」
なんかどうでもいいことをぐちぐち言っているモルスは無視。
適当に地図を見回りながら、最大に拡大したりして遊んでいると――
『きゃあああ!』
悲鳴が聞こえた。
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