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第80話 新たな出会い

 図書館に通い始め、様々な文献から必要情報を抽出して頭に叩き込む。

 そんな作業を続けていれば、根も詰まる。


 そんな時にショカ先輩から話しかけられた。


「西地区にある本屋。そこにも色々あるからショカもたまにそこに行く。行ってみたら?」


 というわけで気晴らしに、でも情報収集を忘れずにということでその日は西地区へと1人で繰り出した。

 前に制服のまま行ったら、良からぬ輩に絡まれたこともあったので、私服に着替えていくことに。


 一応国内では相応の地位にいて金持ちに部類するグーシィン家の娘なわけだから、それこそお嬢様みたいな服装しかないかと思ったけど、意外にもチェック柄のシャツに地味な色合いのパンツスタイルというのもイリスは所持していたらしい。

 それにハンチング帽をかぶれば、下町の子供にしか見えない。


 というわけで自宅に帰って着替えてこっそり出かけた。

 ラスは、今日は都合が悪いというのが残念だった。ただ前回のこともあったので、まずは1人で行った方が安全だろう。


 家を飛び出して、そのまま数キロを徒歩で進む。

 ただ逆に質素な服装が目を惹いたのだろう。東地区の貴族街には似つかわしくない姿に、一時は捕まりそうになった。逃げたけど。


 そんなこんなで西地区再び。

 前に来た時も、道行く人々や商売に精を出す人々でにぎわっていたが、今日はそれ以上の賑わいだ。

 というのも――


「ほら、どいたどいた! ここはパレードの通り道になるんだからな! しっかり整備しないといけんだろ!」


 目前に迫った凱旋祭。その準備に追われているらしい。

 今更こんな準備、という泥縄どろなわな対応に思えるけど、そもそもがこのお祭りも突然言われたことだ。現場の混乱も目に見えるほどだろう。


 けど町の人たちはたくましく、来るべき祭りに向けて店を拡張したり、歩道を整備したりと余念がない。


「活気、あるんだなぁ」


 他人事のようにつぶやく。

 こういった祭りとかはあまり縁がなかった方だ。というか人混みが嫌いだから、こういった準備の状況というものを知らない。

 祭りは準備が一番楽しいというが、ここに汗を流す人たちを見れば、そういうものなのかとも思ってしまう。


 ただし人が集まれば、そして急ぎの仕事をすればトラブルが起こるのは自然の摂理。

 どんな世界でも、それは起こりうることなわけだと、この日、改めて僕は思い知った。


 始まりはとある人物を見てからだった。

 いや、人物というよりはその服装。


 ピンク色の着物に、えんじ色の袴に茶系のブーツ。

 さらに髪のをあげたその姿は、なんというか大正ロマン香る女学生といった雰囲気。

 ただ腰に差した刀が、その印象を一気に物騒なものへと変えていく。


 ただすれ違っただけで、なんとなく気品の漂う空気を感じたわけで、あんな人もいるんだなぁとちょっと感心。


 それから数メートル、ショカ先輩に言われた本屋の方へと足を運んでいたわけだが、


「はぁ!?」


 ちょっと待て。今、何を見た!?

 大正ロマン香るとか、てか着物!? 和服!? 刀!?


 ありえない。ここは中世ヨーロッパ風の世界感だったはず。いや、でも明治時代には海外へと渡る日本人もいたそうだから、それもありえなくもない……いや、だからこの世界に日本ってあるの!?


 あまりに唐突過ぎて、さすがの僕も頭が混乱してしまった。


 だからすぐにあの可能性に至らなかったのは、不覚と言うべきか。

 小松姫や風魔小太郎といった、イレギュラーの存在。


 まさかという思いと、なんでこんなのところにという思いがないまぜになって、もういてもたってもいられなくなって来た道を駆け足で戻り、和服姿の彼女を探した。


 ピンク色ということもあり、かなり目立つ。何より背が高い。

 この世界の人たちは、160センチほどが平均的な身長という感じだ。その中で、あたま1つ抜けているのだから、必然目立つ。

 すぐに彼女らしき姿を遠目に見つけ、何やら店に入っていったのを発見した。


 そこは飲食街らしく、おいしそうな匂いや腹を満たす満足の声が飛び交う賑わしい場所。

 彼女が入っていった店も、出入り口は大きく開け放たれていて、中ではテーブルについて人々が少し遅めのランチに興じているところだ。

 中からは酒でも飲んでいるのか、ぎゃーぎゃー騒ぐ声も聞こえてくる。


 少し迷う。

 基本、食事は学校か家でしか食べたことがないから、この世界の飲食店の勝手がわからない。お小遣いを少し持ってきたから足りるだろうけど、なんとも入るのが億劫になる。


 けど今は文句を言ってられない。

 彼女がイレギュラーなら、是非とも話しておきたい。彼女がどこかに所属しているのか、それともまだなのか。


 そして一番の関心。

 彼女は誰なのか。


 与謝野晶子よさのあきことか樋口一葉ひぐちいちようとかか? めっちゃ文系じゃん。あとは……おりょうさんとか? 坂本龍馬の嫁の。

 あまり近代女性の偉人は知らないんだよなぁ。


 だからこそ、はっきりとさせておきたい。

 彼女が味方なのか敵なのか。


「…………よし」


 意を決して、彼女の入った店に入る。


「らっしゃい、何人?」


 入った瞬間に威勢のいい女性の声が響く。

 聞いてきたのは、手にお皿を山盛りに乗せたお盆を持った、目元がきりっとしたはつらつとした様子の美少女。年齢は同じくらいで、ここで働いているのか、エプロン姿に城の手ぬぐいを頭に巻いているのがなんとも似合っている。


「えっと、1人、です」


「じゃあ勝手に座って。注文があったら呼んで」


 それだけ言うと、少女はバタバタと去っていく。

 机を片付けたり、奥の厨房に引っ込んだりと忙しそうだ。


 店内にはもちろん蛍光灯どころかガス灯もない。

 その代わりに窓がふんだんに取り入れられ、外からの陽光が店内を照らしている。


 客席は10数席ほどと、カウンターが5席。そこまで大きくないが、なんとなく活気があって、小料理屋というか居酒屋というのがぴったりくる感じだ。

 酒を飲んでるのか、うるさいおっさんたちもいるし。


 と、本来の目的を見失うところだった。

 和服の彼女は……と、いた。そこまで探すまでもない。あの目立つピンクは、店の奥。2人がけの席の奥側に座っていた。刀は外しているのか、ここからは見えない。

 幸い、その横の2人がけの席は空いている。


 だから僕はその彼女の隣に座り――どうしよう。


 そう、どうしよう?


 追いかけてきたものの、彼女になんて話しかければいいのか。

 あなたは誰ですか? あなたは別の世界にやってきた人ですか? あなたはイース国の敵ですか、味方ですか?


 ……初対面の会話としてはヤバい人間だろう。

 それにもし、本当にこの世界には日本みたいな世界があって、そこから着物を着た人がここに来ているという可能性は否定できないのだ。

 もしそうだった場合、僕はもう、二度とここら辺を歩くことはできないだろう。外してのうのうとここらをぶらつけるほど、神経は図太くないつもりだ。


 だからどうするか、なんて声をかけるか、ひたすらじっと悩んでいると、


「ボクになにか用かい?」


「え?」


 思わず声の方を見た。

 すると、隣に座っていた和服の女性が、こちらに黒々と尖ったまつ毛と凛とした瞳をこちらに向けていた。


 どうやら考えながらちらちらと彼女を盗み見ていたのを気づかれてしまったらしい。

 あまりに初歩的なミスに、頭を抱えたくなる。


 ただ、その頭を抱えたくなる悩みは、別方向から上書きされた。


「いや、天を焦がすほどの真摯しんしの眼差しを受けたのだから。ボクではないだろうと刹那の間思考を闇の彼方へ飛ばしたけど、ここにはボクしかいないわけだし、ありあまる熱情を思慮に込められた混迷の波動は、ボクに向けられたのだと悠久ゆうきゅうの謎に答えを出したのだよ」


「…………え?」


 同じ言葉を二度発したのは、驚いたからではない。

 何を言ってるか、ちんぷんかんぷんだったからだ。


 うん、1つだけ分かった。

 この人。変人だな。


「さて、どうかな? 世界を照らす真実の炎は、君のその美しい唇を焦がすのかい?」


「いや、ごめんなさい。やっぱり意味がわりません」


 なんだろう。この感じ。

 すっごいめんどくさいぞ。


 だから僕は何を答えようかと困っていると、


「いやぁ、ようやく休みになれたよ、コトさん。はい、いつもの」


 どかどかと床を鳴らしながらこちらに来たのは先ほどのエプロンの少女。

 見た目とは裏腹に、乱暴に和服の女性の前の椅子を引くと、そこにどかりとふんづけるように腰を降ろし、手に持っていたプレートを和服の女性の席に置く。

 ランチセットなのか、野菜炒めにグリルチキンにカツに焼き魚にパンと、茶系一色でさすがの僕もちょっと引いた。


「やぁ、トウコ。今日もお疲れだね」


 それを全く自然のように受け取る和服の少女。

 どうやらこの2人は知り合いらしい。


「トーコだよ、コトさん。ま、いいけど……で、そっちは知り合い?」


 と、トーコと呼ばれた少女はこちらに視線を投げる。

 その敵意とも警戒ともとれる熱い視線に、僕は思わず身震いした。

 なんというか、レディースの頭という単語が浮かんですごいしっくりきた。


「いや、ボクの知恵は森羅万象を記録した天の帳簿ではないからね。あいにく会ったことのない人間を、旧知の友と凱歌をあげることはできないよ」


「ふぅん……てことは、なに? ガンつけられたってこと?」


「え、いや、そういうわけじゃ……」


 ガンつけられたって……完全に発想がレディースのそれなんですが!


「あ、ははぁん。分かったぞ。コトさんだな。目的は。そりゃ町でこんなカッコ可愛い人見つけたら、そりゃ後をつけたくなるよな。でも残念。赤の他人の、しかも異性の跡をつけるって。ストーカーって犯罪だぞ、坊主?」


 しかもなんかすっごい勘違いされたし!


「トウコ。その“すとぉかぁ”というのは? 何やら異国情緒とした雰囲気に、青空を駆け、地上を照らす天照大神あまてらすおおみかみのごときすがすがしさを感じるけど?」


「いや、残念。それとは全く別の言葉だよ。ストーカーってのは、他人のあとをつける犯罪行為で――」


「だから違いますって! それに僕は女だ!」


 言って、すごい後悔した。

 間違ってはいないんだけど、自分自身で女性だと認めるのはなんともなぁ。ショックだ。


 と、僕の必死の反論に対し、最初はきょとんとしていたトーコだが、


「あっはははは! ごめんごめん! そうだったのか! そんな格好してたから気づかなかったよ! あっはは!」


「なるほど。その真なる美はまさに境界に宿るということか」


 豪快に笑うトーコと、やっぱり意味が分からない納得をするコト(?)さん。


「いや、ごめんよ。あぁ、ちょっと待っててくれ。なにかつまむものを持って来よう。君は、ジュースでいいかい? 勘違いしたお詫びにおごってあげよう」


「あ、はぁ」


「トウコ、先日いただいた三日月の香ばしき揚げ物を熱望する」


「ああ、ポテトフライね。はいはい」


 コトさんの横からのリクエストに、トーコは苦笑いして頷く。

 まだ茶色系を欲するのか……。


「じゃあちょっと失礼」


 トーコは颯爽と席を立つと、奥へと引っ込んでしまった。


 残された僕と和服の女性。

 気まずい沈黙。いや、僕が気まずく思う必要もない。そうなれば、もう何も恐れるものはない。


 だから、聞く。


「あの……コト、さん?」


「うん? そうだが?」


 トーコに笑われて、なんとなく緊張が解けた僕はようやく本題に入ることができた。


「もしかして、日本ってところから来ていませんか?」

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