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第134話 新たなる脅威

 皇帝区画インペリアルエリアに突入した。

 といってもほぼ皇帝のいる宮殿だけ。ただそれは広大で、政庁の役割も果たすために昼は役人が詰める。また、皇帝を取り巻く親族の住処となっているので、常時100人以上の貴族が住む空間になっている。

 外の騒ぎのせいか、そこかしこにランタンが灯され、少し明るくなっているが人気ひとけはない。警備兵くらいはいるかと思ったが若干拍子抜けだ。


 ただそれは好都合。このどでかい宮殿を探索するのに邪魔はないにこしたことはない。

 そもそもこの中からゼドラ太守のいる場所に向かうのは、そもそも建物の中に詳しくないと不可能だ。


 だがそれは今回は問題ない。


「この吾輩に続け! なにせここは我が家みたいなものだからな!」


 いや、実際我が家だったんだろう。半年前までは。

 まぁいいけど。実際にこの男がいなければこの後がしらみつぶしで時間がかかって仕方なかった。


 背後の正門では、小松が作り上げた岩石が立ちふさがり、外部からの侵入を妨げている。それは皇帝区画インペリアルエリアを囲む城壁と同じくらいの高さにある。それほどの質量があれば、ちょっとやそっとじゃどかせない。

 しばらくは敵の追撃もやむだろう。


 とはいえのんびりしてられない。

 僕らが入って来た勝手口を破壊する方が先かもしれない。そこからは少人数ずつとはいえ、敵が増えるのは間違いないのだから。


 だから敵がここに充満するより先にゼドラ太守のもとへとたどり着くこと。それが最優先だった。


 皇帝が走り出す。

 その脇をラスとアイリーンが固め、マシューが斜め前を警戒しながら進む。その後ろに誾千代、小松、八重が進み、僕が最後尾。千代女が案内できる場所ではないので、彼女は少し離れて伏兵を警戒しながらついてきている。


「陛下、こちらでは」


「アイシャ、そっちはダメだ。我が神聖なる玉座からほど遠い。こっちの方が近道だ」


「陛下、あそこに扉が」


「あそこは普段から使わないところだ、ラス。代わりにここはいつも開いてるから……」


 なるほど、さすがは実家だけあって詳しい。


 そして人気のなさそうな端の窓にとりつくと、鍵がかかっていないらしく、すんなり開いた。

 アイリーンとマシューが先に入って安全を確認すると、皇帝、ラス、そして僕らが続いて入る。


 そこは調理場だった。

 深夜のこの時間、当然、ここに立ち入る人はおらず。外のランタンの明かりにぼんやり照らされてようやく室内が見えるくらい。ここは皇帝や貴族専用の調理場じゃないのだろう。そんなに広くなく、調理器具も結構乱雑に散らばっている。おそらく政庁の職員らの食事のための場所だろう。


「吾輩の寝室は、奥の奥だ。廊下をずっと行って、3つの部屋と謁見の間を通り過ぎたその奥にある。忌々しいが、ゼドラの太守もそこにいるだろう」


 なるほど。皇帝という尊貴の身分を守るために容易にたどり着けないようになっているのか。

 というかこの皇帝、そこまでの進路に詳しいし、あの勝手口もだいぶ慣れたような感じだったけど、


「もしかして、陛下めちゃくちゃ抜け出していた?」


「ふっ。庶民の暮らしを知るのは皇帝として当然のことだろう、イリス?」


「そのころに陛下とはお知り合いになったのですわ」


「ああ、アイシャ。あの頃は楽しかったなぁ」


 しみじみと言ってるけど、そしてなんか出来る為政者みたいなこと言ってるけど。嘘だからね。

 抜け出したといっても上級区画ノーブルエリアまで。しかも貴族様の厄介になってるということは、それなりに贅沢な暮らしはしていたのだろう。なにが庶民だ。

 そうツッコミたかったけど、ここで野暮なことを言っても仕方ない。


 この部屋、および隣に人気ひとけはない。それを確認して行動に移す。


「じゃあ行きましょう。千代女、それと八重。先鋒をお願いできるか」


「当然」


「分かった」


 この2人を指名したのは、やはり諜報に身を置く千代女の警戒心と、銃という最大の武器を持つ八重の組み合わせがいいと思ったからだ。

 広いとはいえ、外の路地よりは狭い廊下を行く以上、室内である以上、先を見通す目はいつも以上に大事だ。

 かといって後ろを粗末にすることはない。


 千代女と八重が先鋒。

 中央に皇帝を配置してその左右にラス、アイリーン、マシューを添える。

 僕と誾千代と小松は後ろだ。


 これでもし途中の扉から襲撃されても十分対処できる。そう考えた。


「行く」


 千代女の言葉と同時、調理場のドアを開いて廊下に出る。

 広い。さっき路地より狭いと言ったけど、それは取り消そうかと思うくらいだ。しかも下はふかふかの絨毯。天井にはシャンデリア風の照明があるのだから僕の知ってる廊下とは結びつかない。

 まぁ大陸を支配する皇帝の居城なのだからそういうものかもしれないけど。

 しかも数メートルおきにランタンが灯されていて、そこそこの明るさを確保しているのだから、贅沢の極みと言ってもいいだろう。


 そんな廊下を、千代女がすばしこく、八重が銃を構えながら走る。

 その後ろを皇帝とラスとアイリーンとマシューが続き、少し間を開けて僕と誾千代と小松が続く。少し距離を開けたのは、不意の強襲に対処するためと、爆破による一網打尽を防ぐためだった。


 ただそれも杞憂だったかもしれない。

 廊下を進むが、周囲に人の気配はなく、皇帝の指図で右へ左へと進んでも人っ子一人出会わない。


 あるいは全員逃げ出したのか、と思ったがそれは低いだろう。なにせ外では白起が警備しているのだ。逃げ出す理由はない。


 だとすればなぜ。

 こうも無警戒でいるのか。白起を信じ切っているのか。


 それとも――


 考えすぎかもしれない。

 けどここは敵の本拠地。考えても考えすぎではなかったに違いない。


「ここが最初の扉だ。行くぞ」


「待った、陛下!」


 皇帝に促され、千代女と八重が重厚そうな扉を蹴飛ばすようにして、転がり込む。

 僕の制止も届かない。


 その瞬間だ。


「ふっ」


 何かが飛んできた。

 黒い影にしか見えない何か。それが最初に転がり込んだ千代女の顔面に飛び――


「うっ!!」


 両手を顔面の前にクロスさせる千代女に対し、その影が激突した。

 ただ触れただけ。そう見えたにも関わらず、千代女はそのまま大きく後ろに飛ばされ、皇帝の脇を抜けて僕の方に飛んできた。左足を一歩引いて、踏ん張りを込めて千代女の体を受け止める。

 軽いはずの彼女の体だが、その加速のせいで体重が数倍にもなったように思えて、思わず倒れ込みそうになった。


「千代女、無事か!」


「油断」


 いや、油断って言うけど、あの影は……。


「このっ!」


 ようやく何が起きたかを悟ったらしい八重が銃を影に向け、警告もなく引き金を引いた。

 フラッシュが薄暗い部屋を一瞬照らす。


 その光に照らされた影。それが人の形となったが、すぐに丸まって離れていった。

 命中した様子はない。外した。いや、外された。


「これはこれは。危ないですな」


 年配の男の声が響く。

 周囲は闇に包まれて、その男がどこにいるか声が反響して分からない。それは脅威だった。千代女をいとも容易く蹴り飛ばした男の居場所が分からない。次にどう仕掛けてくるか、気が気でなかった。


 パチン、と指の鳴る音。

 すると、部屋にあったランプが一斉に点灯した。

 何かのマジックか、いや、スキルか。


 けど警戒心は一気にフルマックスへ。

 照らされたその部屋は、天井の高い大きな部屋。巨大な円形のホール。面積で言えば学校の教室4つ分はある。ただそれほど広さを感じないのは、左右に設置された巨大な柱だ。3人が抱えてようやく周囲となる円柱は、空高く、十数メートルの天井を支えている。


 そんな異様の空間に1人。いや、2人の男がいた。

 僕らと対するように、対面に見つけた扉の前に立ちはだかるように2人。

 1人は後ろの腰に手を当てた小柄な男性。30前後、いや、中盤から後半か。傍から見れば、ただの草食系男子。だがそのほがらかな笑みの奥に、一切の慈悲のない猛禽のような瞳を見てしまえば油断など二度とできるはずもない。

 ゆとりを持った長袖とズボンは和風、いや、お隣の中国の人民服ともとれる格好だ。


 そしてもう1人は半裸の少年。肩まで届かないほどの金髪に、涼し気な顔、憂いを秘めた瞳はまさしく天使のような美少年。反して身長は180くらいあるが、なよっとした感じで迫力は薄い。

 ただその最大の特徴は、トゥニカだったか、あのスキピオと似た白い布を腰に巻いて、足元はサンダルという点。古代ローマ。そのあたりの人間か。


 この2人。その姿かたち、格好を見て疑うまでもない。


 イレギュラーだ。


 まさか本当にいたとは。けど2人。ならなんとかなる、か。


 ただ僕の疑念を一気に払拭すべく、老齢の男が前に一歩進み出て、拝手はいしゅをしながらこう告げた。


「ようこそ、いらっしゃいました。旧アカシャ帝国の皆さま。私はゼドラ皇帝親衛隊四天王、黄飛鴻ウォン・フェイホンと申します。短い間ですが、お見知りおきを」

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