第132話 対峙
上級区画に突入した。
最初はアイリーンが前に出ようとした。すでにここは彼女たちの庭だ。
「ここから先はワタシに任せて!」
「馬鹿! 陛下がいるんだぞ!」
「あ……」
それをすっかり失念していたらしい。
皇帝はこれでもうちらの旗頭だ。彼が死ぬ、ないし捕まることでもあれば僕らの戦いは終わる。全ては皇帝に奪われた帝都を取り返すという大義名分があったからここまで来たのだ。それがなくなれば各国を繋げるものはなくなり、反ゼドラ連合は消滅する。
それは僕らの負けで、あとはゼドラ国に蹂躙する未来を待つしかない。
なのにあの馬鹿娘は、自分の見せ場と言わんばかりに前に出て。
「ふふ、マシュー行く」
というわけでマシューと八重が先行することになった。
マシューが手綱を握って道案内として、後ろに乗った八重が銃でカバーする。
対して騒ぎを聞きつけた敵兵が、前方にわらわらと出てくる。
その数は一般区画よりは多くない。居住区として狭いこともあるし、何より貴族様の住処。広いように見えて、意外と居住区画は広くない。つまり戸建てが少ない。
だからそこに常駐する人間はそれほど多くないということ。
それとこれはずっと思ってたんだけど、なんでゼドラの太守はここ帝都にい続けるのか。
こんなところ、まだ不安定な上に敵との最前線だ。皇帝を名乗るなら、ゼドラの本国でやればいい。
けどそうしなかった。
その理由はいろいろあるだろうけど、1つは正当性というものがあると思っている。つまりアカシャ帝国に変わって世界を支配するというのを示すにはこの帝都がいい。それほどこの都は巨大で威圧感がある。
さらにゼドラの本国だと各国がひしめく中央の情勢が分かりづらい。
皇帝を称したことで各国がどう反応するか。敵と味方を見極め、素早く手を打っていく。それができるのはこの帝都をおいて他はない。
話がずれた。
けど兵が少ないことにこれはつながる。
つまりゼドラはここを首都にした。それはつまり行政府がここにあるということ。そうなれば兵よりも必要なものが出てくる。
そう、文官だ。
戦場で体を張る武官や兵とは異なり、書面と格闘して今後の政府の運用を決める文官。
それを本国から呼ぶないし、帝都に残っていた人材を登用して使わざるを得ない。
そして彼らの仕事場は政庁でもある皇帝区画。当然、そこに住まわすには色々問題が出てくるとなると、通うにも管理するにも容易な上級区画にするはず。
そこでようやくさっきの問題に話が戻る。
つまり兵が少ないという理由。
上級区画には警備のための兵はいるが、その分、文官を住まわせてもいる。つまりここにいる全員が兵ではない。つまり一般区画より兵が少ないのは当然のことで、それはつまり、
「一気に突破する!」
ということ!
銃声が鳴った。
八重が続けざまに銃を放ち、目の前に群がる数人が倒れた。
さらに雷が落ちた。比喩ではなく、文字通りの落雷。
敵に直撃こそなかったものの、近くにいた敵がその衝撃で吹っ飛び、あるいは動きを止めた。
「誾千代、スキルは抑え気味に! ここは一気に突破する」
「分かった!」
というか馬で疾走しているのに前に落としたら、自分から当たりに行くようなものだし。怖すぎる。
「抜けた!」
群がる敵を抜け、あとはそのまま宮殿まで一直線。
ここまで来ればあと少し。
そう希望に満ちた思いが胸に広がる。
――だが
「槍兵、前へ」
ざっと揃った足音が響く。
その重々しい音に、浮かれた気分を一気に叩き落された。
宮殿があと1キロもない場所で、道を封鎖するようにして並ぶのは槍を構えた兵。ぱっと見、300から500。
そしてその中央にいるのは、これまで何度も矛を交わしてきた相手。互いに仲間を失いながらも、止まらない闘争に身をゆだねていた相手。
「白起」
「イリスか」
冷淡な声にゾッと肝が冷えた。
止まるしかなかった。
前は壁のように歩兵が展開し、槍をこちらに向けて突き出している。
あそこに突っ込むのは自殺志願者でも躊躇する。さっきみたいに馬が跳んでくれれば、とは思うが博打に過ぎる。
「太守……いや、皇帝の命を狙いにきたか」
白起が告げる。何の感情も籠っていないような、そんなぶっきらぼうな声で。
太守もとい皇帝の暗殺、ね。
まぁこうやって忍び込めばそういう風に思うのも仕方ないっちゃ仕方ない。
けど僕らの狙いはそこじゃない。そういう案もあったけど、結局、最終的にこれで落ち着いた。
「戦いを止めに来た」
「なに」
それ以上は僕は言わない。僕が語るべきことじゃないし、資格もない。
僕の隣を一頭の馬が悠然と前に出た。
それはアイリーンの操る馬で、そこにいるのは当然――
「吾輩は99代、アカシャ帝国が皇帝。ユーキョ・アカシャである! ゼドラに組する者たちよ! 道をあけよ!」
おーおー。さっきまで帰るだなんだ泣きわめいてた人がよくもまぁ。
ま、いいけどね。
ただ対する反応は、僕にとってちょっと予想外だった。
僕らの前を塞ぐ槍。びっしりと埋め尽くすようにして並んだそれが、それが右に左に動いたのだ。
槍が自動で動くことはない。それを持っている人間が右往左往させている。つまり、相手に動揺が見えたのだ。
いかに皇帝に反逆したとはいえ、去年までは皇帝の下に900年もまとまっていた国だ。いきなりその尊ぶべき対象が現れて、それが子供だとしてもその名に恐れおののく者がいてもおかしくはない。
「貴様ら、動くな」
「し、しかし大将軍。相手は皇帝陛下です!」
「だからどうした」
「う……」
「それに今の皇帝は我らが背後におわす方。それ以外は逆賊。違うか?」
「は、はい……」
やはりというかさすがというか。アカシャ帝国の威光なんて白起には関係ないからね。
「ハクキ将軍。ゼドラ国太守ゴーヨ・クダールとの面会を求める。これ以上の戦いは無意味だ。我が民が死ぬのはもういいであろう。だからその話をしたい」
ゆっくりと。訴えかけるように皇帝はその言葉を口にした。
その声はよく通り、確かに人の上に立つべき者の才能があると感じた。さらにその慈愛に満ちた言葉に、敵の槍が再び揺れる。
対する白起は、皇帝を睨みつけるようにして微動だにしない。
いや、というかなんか視線が合ってるような気がするんだけど。僕に。なんで? なんで僕を睨みつけてるの?
待つこと数秒。
口を開いた白起は、
「断る」
「なっ!?」
断った。いや、そりゃそうだ。
そうなんだけど、想いは別。それが口に出る。
「白起! もう終わらせよう! これ以上、この戦いに意味はない! そっちだって分かるだろう! 失うものの辛さ、悲しさを! だから――」
これまで何万人が死んだ。何人の親しい人が死んだ。こんなことにこれ以上意味はない。だから終わらせよう。その思いは僕にだってある。
だが白起は。
「意味はない? 誰がそれを決めた」
「っ!」
言葉を失う。
僕の声は届かない。それをはっきりと突きつけられた。
そもそもいきなりトップ会談を申し入れたところで、この状況――帝都に押し込められたゼドラ軍とその外で半方位する連合軍を考えれば、降伏勧告とみられてもおかしくはない。
それをはいそうですか、と現場の判断できるはずもないのだ。
いや、それ以前に。この状況、この状態。
劣勢のゼドラ軍が打てる起死回生の一手。
それに白起が気づかないはずがない。
「全軍、あの男を捕縛せよ。滅びゆく旧世代の象徴の男を捕斬する。それでこそ、この戦いは終わりだ」
「し、しかし大将軍!」
「我が命を退けるか?」
「い、いえ……」
やっぱりそうなったか!
ここで皇帝を捕えて殺せばそれでゼドラは逆転大勝利だ。
どうする。
そう悩む僕をよそに、皇帝は澄ました顔で白起に対する。
「そうか。だが無理やりにでも会わせてもらうぞ。これ以上の人死には無意味だからな」
「ああ。貴様が死ぬ。それでこれ以上の人死にはない」
絶対殺す宣言してるし!
くそ、前は白起と槍。後ろからは続々と敵が集合してくる。
突破するか。動揺している兵たちならあるいは……いや、無理だ。万が一がすぎる。それに白起なら、あの兵たちを無理やり戦わせるレベルまで士気を引き上げることも可能だろう。
なら逃げるか。けどどこへ。上級区画からは逃げられない。かといって前にも進めない。となるとあとはどこかに身を隠すだけど、僕はここにもそこまで詳しくない!
そんな時だ。
この状況下で、もはや戦うしかないと覚悟を決めた僕らの道を示したのは、この人物。
「イリス、こっちだ!」
「え、ちょ」
皇帝がアイリーンに指示して馬を左へと向ける。あろうことか、そのまま先頭を走り出した。
「あれを迂回して宮殿に入る!」
「え!?」
「ちょくちょく上級区画に出かけて怒られた吾輩を信じよ!」
いや、そんな武勇伝で信じる人は1人もいない……あぁ、けどもうそれを信じるしかないか!
迷いを振り切り、僕は皇帝の後を追った。
その先に未来があると信じて。




