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挿話84 呂布(ゼドラ国将軍)

 熱が来た。


 そう思った次の瞬間には、その熱は痛みを持って全身を駆け巡った。


「ぐっ、はっ……」


 胸が熱い。

 撃たれた。

 だが馬鹿な。どこからだ。

 最初に銃撃を受けた方向は警戒していた。だが今回はそれとは逆。背中側から来た。


「悪いな、呂布」


 声に首だけで振り返る。

 するとそこには銃を構えたあの羽織の男、土方と呼ばれた男がいた。


 どこに銃を。と思ったが、その銃。俺が最前に弾き飛ばした、高杉と呼ばれた男のものか。


「言っただろう。京の街には怖い輩が跋扈ばっこしてるって。しかしさすが新選組。奇襲、不意打ち、だまし討ち、暗殺、謀殺。卑怯なことはなんでもござれだな」


「抜かせ。あんな形で銃を投げよこしやがって。暴発したらどうするつもりだ」


「その時は京に平穏が訪れるだろう。壬生狼みぶろの狂犬がいなくなってせいせいするって」


 男2人の軽快なやり取り。

 そうか。この2人。口では罵り合いつつも、そこまで繋がりがあったというのか。


 人との繋がりなど俺にはなかった。

 2人の義父も所詮はその場限りのもの。部下たちも対等な付き合いなどなかった。

 唯一の例外は貂蝉ちょうせん……いや、もう1人いたか。


 あの手長の男。気が付けば俺の懐に入り込み、あの手この手でよいしょしてくる変な男。だが嫌いだったかと言えば、それは違うとも思う。

 あの男の2人の義弟。関羽と張飛とは反りがあわなかったが、それを含めてあの男の魅力というのだろう。


 目がくらんだ。


 血を失いすぎた。

 イリスの傷。そして今の銃創。ここまでか。

 できればあのクソ生意気な長髭とは決着をつけたかったが……まぁいい。あいつの顔を見なくてせいせいする。


 だからこそ1つだけ。


 もうひと暴れして、100人くらい道連れにしてやろうかと思ったが。1つだけ心残りがある。


『カイヤと、オルトナの……パパの仇』


 先ほどの少女。

 その暗く沈んだ瞳。そして敵わぬと知って向かって来る蛮勇。


 ……ああ、貂蝉ちょうせん。分かっている。


 赤兎から降りた。

 これまでの戦いでも傷1つない。本当にお前は見事な馬だ。対して俺はそこまででもなかった。こうも傷ついたら、もうだめだ。


 ぶるん。


 赤兎がいななく。少し悲しそうな瞳で、こちらを見つめる。


「お前と共にいれてよかった。あとは……そうだな。あの髭の方の赤兎と仲良くやれ」


 少したてがみを撫でて、俺は赤兎と別れた。

 悲し気な視線を感じながら進む。先ほど、吹き飛ばした少女の方へ。


 俺が歩くと、その前から兵が距離を置いてさがる。

 臆病者どもめ。俺にそんな力が残っていると思っているのか。…………いや、あるな。あと数十人は道連れに薙ぎ払う余力はある。だがその後はなます切りだ。それは俺的によろしくない。


 だからただ悠然と、少女の元へと足を運ぶ。

 そしてその前に立った。


「…………」


 気づいたらしい少女がこちらを見据えてくる。


 いい瞳だ。


 本当にこの少女といい、イリスといい琴といい巴といい。この世界の女はどいつも格別だ。


 少女を見下ろし、問いかける。


「名は?」


「……マシュー」


「マシュー。俺が憎いか」


「殺す」


 少女は自分の折れた刀を手に、こちらに向けてきた。


「そうか」


 右手の方天画戟。それをギュッと握りしめる。

 場の空気がピリッと緊張感を増した。


「そこまでだ。呂布」


「悪いけど、それ以上暴れられる前にとどめを刺させてもらうよ」


 背中に気配。土方と高杉か。

 抜き身の刀が背中に突きつけられている。少しでもマシューに危害を加えようものならそのまま突き刺すつもりだろう。背後の2人に向き直るのも、その前に刺される。


 そんな気など失せたというのに。


「ふんっ」


 と、鼻を鳴らし、方天画戟をマシューの前に放り投げる。


「それで俺を殺してみろ」


「…………???」


 マシューが困惑の瞳で俺を見て、方天画戟を見て、再び俺を見た。


「おい、呂布。どういうつもりだ」


 背中から土方が問いかけてくる。


「仇討ちなのだろう? ならばそれをげさせてやろうというだけだ」


「死ぬ気か」


「仇討ちというのだからそうだろう」


「いや、まぁ、それは、そうだな」


「土方くん。君は本当に頭の固い奴だな。それでよく組織をまとめられたものだ!」


「うるせぇ高杉!」


 背中でごちゃごちゃうるさい。


 だから俺はマシューに意識を集中させる。


「どうした。やらないのか」


「…………」


 黙ったままマシューは動かない。悩んでいるのか。決断をしかねているのか。


「ならこれはどうだ」


 足の力を抜き、そのまま地面に座った。あぐらをかいてようやく、マシューと視線が会うくらいの高さだ。この小さな少女が俺を殺す。それもまた、良しだ。


 だが少女はまだ迷った様子で動かない。動けないのか。


「どうした。俺を殺したいんじゃないのか」


「……わかん、ない」


「なにが分からん」


「殺したい……けど、殺したく、ない……」


 その言葉に、どこか失望していた俺がいた。

 けど同時に、それでいいとも思う俺もいた。


 もうこれくらいでいいでしょう。


 誰かの声。いや、聞き間違えるはずのない。俺の中の彼女。


 ああ。そうだな。

 仇討ちなんてろくなもんじゃない。そう思わせるだけでも、俺の命の最期に意味はある。


「土方、高杉。お前らが俺を斬れ」


「な……」


「もう十分戦った。そしてここに貂蝉ちょうせんはいない。なら、もういい」


「…………」


 沈黙が下りる。

 俺の言葉を虚言と受け取ったのか。あるいは躊躇いか。


「やれ。さもないと血の最後の一滴が垂れるまで暴れるぞ」


「分かった」


 意外なことに、応えたのは高杉の方だった。てっきり土方の方が応じると思った。


「土方、キミがやれ」


「って、俺かよ!」


「当然だろう? 僕にそんな汚れし……いや、恐れ多くてできない」


「今、汚れ仕事って言おうとしたろ」


「またまた。この手の粛清や処断はお手の物だろう?」


「なんだその理屈……だが、まぁ。そうだな。だが高杉、あとでぶん殴る」


「なんで!?」


「自分の言葉を聞き返してみろ!」


 やれやれ。最期まで調子の狂う。


 だが、なんとまぁ。少し愉快になったから伝えておこう。


「お前ら、覚悟しておけ。ゼドラが滅んだ後。その後に乱が起きる。今回の戦いがちっぽけにしかならない、本当の乱が」


「なんで知ってる」


「知らん、ただの勘だ」


「飛将の勘か。ゾッとするな」


 高杉がやれやれとため息をついた。

 特段、言う必要のないことだ。けどなんとなく、思いついたから言ってみただけのことだが、そうなるような気もしていた。

 別にいい。ここまでの俺には関係のないことだ。


「さぁ、やれ。それとも暴れる俺を相手にしたいか?」


「……分かった」


「ああ。最期に1つ」


「なんだ」


「赤兎を頼む。あの髭にでも渡しておけば無体むたいはしない」


「分かった」


 これでいい。


 静寂。誰もがこちらに視線を向けている。

 負けたとは思わない。

 勝ったとも思わない。

 俺は俺のまま、この世界を生き抜いた。そう思っただけだ。


 途端。何かが首筋に入って来た。

 痛いとも何とも思わない。もうすでにそういった段階は超えていた。


「…………」


 目の前のマシューは瞳を反らすことなく、こちらをジッと見続けている。


 そのマシューの瞳が琴に重なり、イリスに重なり、そして――


 最期に見た貂蝉ちょうせんの顔。


 それは眩しく柔らかく笑った。

 俺の貂蝉ちょうせんそのものだった。

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